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遭遇

 森の植生は徐々に変化していき、背丈の高い草が生い茂るゾーンを抜けると、大きな湖に出た。

 空はまだ白むには早くて、月がまだ辺りを照らしている。遠くには街の灯りもぼんやりと見えるが、疲れも考えると今から歩いて向かうには遠過ぎた。


「お魚、取ってくるわ」


 フローレンスは背中の小さな鞄を投げ捨てて湖へと走る。彼女が素手であることから釣りではないことは明らかであった。


「おぅ、任せたわ」


 そんな彼女をガインは止めるどころか信頼している様子である。


「ガインさん、私は火を作ったたら良いですかね」


「頼むわ。俺とアシルは枯れ枝を探してくるわな」


「あ? 俺は草を刈るので腕が疲れてるんだぞ!」


「頼りにしてるよ、アシル」


「あぁ、クソ! ポールが行けよ!」


「筋力勝負はアシルに負けるからな。俺はフローレンスの魚取りを手伝ってくる。キャロルは串の準備をしておいてくれ」



 其々の役目を終え、6人は小さな火を中心として輪になり、真夜中の湖畔で暖と遅い食事を取っていた。


「ガインさ、よくあの森で方向が分かったわね」


 両手で木のコップを抱えるように飲みながら、キャロルが隣の男に尋ねる。

 彼女は、虫と日除けの為の白いフードを後ろへとやり、先程までは1つに纏めていた長い赤茶の髪を左右に分けてそれぞれを束ねていた。それは彼女にとって粗野な冒険生活の中での精一杯のおしゃれである。


「なんとなくや。昔から方向感覚だけは良いんやわ」


 服の下に着ていた鎖帷子を脱いで寛いでいた男は笑いながら答える。

 彼の体は小さい。しかし、硬く引き締まっていて、下着の上からでも筋肉が盛り上がって見える。日々の鍛練を欠かしていない証拠であろう。短く刈り込んだ黒髪は精悍な顔立ちをより一層凛々しくしていた。


「お前、何となくって迷ったらどうするつもりだったんだよ!」


 森の中では先頭を歩いていた男アシルだ。

 恋慕する娘が自分ではない男に興味を持った苛立ちも合わせて、咀嚼していた肉が飛び出さんばかりに隣に座るガインに怒った。

 剣士として体格に恵まれ、有り余る闘志を漲らせる彼だが、マナーも配慮もないその行為で対面の娘が顔をしかめたことには気付かない。基本的には頭が足りないのだが、やはり、それも前線で命のやり取りをするには適した性格だった。


「もしそうなったら、アシルさんの草刈り職人っぷりに磨きが掛かったはずなんですが。残念でしたね」


 長身で線の細い魔術士ヤニックは、またもや仲間へ軽口を叩く。


「あぁ!?」


 対面に座る剣士の怒気に対して目を細めたヤニックは、明らかに剣士をからかうことを楽しんでいる。


「怒んなよ、アシル。俺なんか槍を持って歩いていただけだぜ」


 中肉中背で顔も平均的なポールが会話に混ざる。しかし、ガインが森の中で言った通り、我流の槍術は見るべきものがある。


「お前のことなんて、知るかよ!」


 ガインとは逆隣のポールへ振り向き、再び唾を飛ばしながら叫ぶ。

 しかし、怒鳴られたポールは怯まない。


「すまん。そうだったな。アシルが余り賢くなかったことを思い出した」


 努めて冷静に言葉を返す。


「あぁん!? ポール!! やるかっ!!」


「送ってやるから、死後の世界が有るのか教えてくれよ」


 睨み合う2人。お互いに恋敵だと知っており、張り合うのはいつもの事ではある。

 だから、ガインもヤニックも仲裁に入らない。大元の原因であるキャロルでさえ、自分が止めれば更にややこしくなることを理解済みである。


「はい。お2人ともお魚が焼けたわ」


「おぅ」

「悪いな、フローレンス」


 2人の間で静かに座っていた彼女から煙が残る串刺しの魚を差し出され、両人とも表情を一変させて受け取る。

 それは一撃必殺の拳を持つ娘への尊敬の念だろうか。それとも反抗した時に彼女の武が自分に向けられる恐怖だったのだろうか。いや、そうではない。


「フローレンス! 旨いぞ!」

「フローレンスの料理は繊細な俺の口に合うな」


 2人はキャロルだけでなくフローレンスにも恋心を抱いていたのだ。


「ちょ、私の焼いた肉はどうなのよ」


 フローレンスへの対抗意識でキャロルが尋ねる。


「生肉と焦げ炭が同時に味わえる! 凄い!」

「腐りかけが旨いって言っても程があるって学べて偉い」


 むしろ、2人の本命はフローレンスであった。次点のキャロルへの誉め言葉が褒め言葉になっていないくらいには。



「こんなに賑やかで、我々は仲良しですね」


「うるさいって言っていいんやで」


「私へのフォローを誰もしてくれないとか有り得ないんだけど」


「ヤニックに頼みや。フローレンス、俺にも魚をくれへんか?」


 ガインの要望はフローレンスに聞こえていなかった。心ここにあらずと言った様子で夜空を見上げていたのだ。


「ん? どないしたんや、フローレンス?」


 穏やかに言いながら、ガインも空を見る。近くに置いた自分の短刀を静かに掴みながら。


「凄いわ……」


 フローレンスの口から出たのは感嘆。視線は上のまま。


 全員が空を見上げる。



 そこにいたのは、月光に光る白い巨体。大きな翼とずんぐりとした胴体、それから、長い首と尾で竜だと分かる。



「でかいぞ……」


「……そうやな」


 ポールの呟きに、遅れてガインが反応する。

 圧倒的な存在感の為、アシルに至ってはいつもの大声を出せずに息を飲む。


「ガインさん、撃ち落としますか?」


「阿呆。届かせんし、落とせへんやろ。穏やかな性格なヤツであることを祈ってやり過ごすんや」


「ヤニックさん、ダメよ。あれは竜だもの。私の大好きな竜。さっきの紛い物とは別よ」


「ねぇ、あれってシャールの聖竜様じゃないの?」 


 シャールとは近くの街の名前であり、彼らの当面の宿もそこにある。


「……伝説のですか?」


 竜騎士を中心とした英雄一行が2000年前に大魔王を討伐した。大小の相違はあっても、シャールのある王国だけでなく隣国にまで残る伝承であり、幼い頃には誰しもがその物語を年長者から聞くものである。

 そして、その騎竜をシャールでは神殿を構えて崇めていた。


「だってさ、あれ、人が乗ってるよね?」


「っ!? ほんまやな……」


 竜に遭遇したのは初めてではないが、あれだけ立派な個体は見たことがない。ましてや、竜の背に乗る武人など、各国を旅した彼でも物語でしか聞いたことがなく、夜空を飛ぶそれが誰にも未知の存在であったのだ。


「あれが聖竜様なのね」


 心を奪われるとはこの事なのだろう。

 フローレンスは決意する。


「私も聖竜様に乗りたいわ。ガインさん、暫くシャールに滞在して聖竜様を探しましょう」


「あれに乗るの!?」


 いつもキャロルはフローレンスの突飛ない言動に驚かされるが、今回は飛びきりだった。


「あんなのに近付くだけでも怖いだろ」


「ふん。俺が連れていってやるよ。腰抜けポールは宿で寝とけよ」


「どうします、ガインさん?」


「探そか。フローレンスの希望は兎も角、聖竜様はお宝をぎょーさん持ってるって話やしな。見つけて歴史の書に俺らの名前を刻みたいやろ。それが冒険者冥利につきるってもんやわな。皆もえーか?」


 保守的な思考傾向のポールでさえ、ガインの提案を否定しなかった。最終的な目的は違えど、彼らは皆、未知を探求する一線の冒険者であるからだろう。

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