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瞬殺からのお食事

 地下とは思えない程に天井の高い大広間に入った途端に、紫色に輝く迸りと共に敵が姿を現す。


「フローレンス、油断はあかんで」


「はいはい。うるさいわよ、ガインさん」


 フローレンス一行の展開は速い。扉の前で休息を取ったこともあるが、それでも、地下迷宮を踏破した疲れを殆んど感じさせない動きは並大抵の冒険者では難しい。


「来るわよ!」


 入ってきた扉の近くで動かずに、重装備のケヴィンの影に隠れて敵の様子を観察していたキャロルの声が響く。

 彼女が見たのは、黒い魔物の水平半径に一筋の線。それがゆっくりと上下に広がり始める。


「眼球型の魔物!」


 まだ全貌が現れる前に、キャロルは鋭く仲間へ叫ぶ。魔物は起き抜けであろう為か血走った眼が顕になるまでに時間があり、侵入者達に時間を与えることになっていた。


「経験は!?」


 未知の物と戦うのは危険が多い。過去の知見があれば教えて欲しいと彼女は端的に言ったのだ。


「残念やけどないわ」

『物語では光線を発する!』


 フローレンスとは逆方向に走っている2人が答える。


「ヤニック、部屋の隅に走れ!」

「ポールさん、任せましたよ! すぐに魔法を使いますから」


 ロックの言葉を聞いて、戦闘経験の浅いヤニックを敵の視線から離すべくポールが指示し、ヤニックも素直に従う。


 瞼は完全に開かれ、その瞳孔には既に充分な魔力が集まっていることをキャロルは察する。


「結構な威力よ!」

「任せろ! 俺の鎧は魔力を通さん!」


 白銀色の鎧と兜を身に纏うケヴィンは剣を構え、背中のキャロルに答える。アシルよりは頑強さに欠ける体格ではあるものの、その自負の高さは負けていない。


 敵の魔力が溢れ、キャロルの位置からは敵の姿が紫色の光の裏に隠れる。ケヴィンの力量を測りきれていない彼女は防御魔法の発動の為、手にする杖を掲げる。



 光線と表現されるけれども本物の光とは異なり、あくまで魔力の射出である。そうであるため、敵の攻撃は瞬時に襲って来るものではない。

 敵の真横に入っていたガインの眼からはケヴィンとキャロルの場所まで半分くらいのところに不気味に光る攻撃が到達しているのが見えた。合わせて、キャロルが頭よりも高くに掲げた杖を中心に半円型に半透明な何かを魔法で構築したのも確認された。



 瞬間、魔物が猛スピードで落下し、床の石板が砕かれて土煙が立ち込める。

 更に、魔物と思われる球体が壁に突進し、ぐちゃりと体液をぶち撒いて、ずるりと落ちる。


「フローレンスか!?」


「そうよ。うふふ、正面の2人が惹き付けてくれていたから楽ができたわ」


 土煙の中から徐々にシルエットを現す小柄な女はにこやかな表情で返してきた。彼女は誰よりも早く敵の背後に移り、跳んで叩き落とし、小柄さからは想像もできない苛烈な蹴りで仕留めたのだ。


『もっと厳しい戦闘になるかと考えていたのだがな』


「俺もやで。フローレンス、前よりつよーなっとる気がするわ」


『ふむ。頼もしいことだな』



 話題の主は小走りで全く動かない球体だった物に近付く。そして、ロックを手招きして言う。


「早く食べましょうよ」


 陽気に誘うフローレンスに対しては無言で佇んだロック。とは言え、この迷宮探索の目的は達成して貰う必要はあり、ガインはロックを促す。


「また生で食うんか? 腹を壊さんようにな」


『……気遣いは無用だ』


「今度はうまかったらええな」


『そんなはずがある訳ないだろッ』


 抑えているとは言え理不尽な怒気を含んだ物言いに、ガインは笑いを噛み殺した。



「へぇ、美味しいものですね」


 キャロルの火炎魔法で焼いた物を、恐る恐る口にしたヤニックの感想がそれだった。


『私はもういい。お前達で食え』


 一口だけで仮面を付け直したロックは立ち上がり、壁際に控える。


「まだまだいっぱい有るのに」


 両手に手掴みで半焼けの白目を持つフローレンスが、離れたロックを誘う。


「フローレンスさん、それ、味付け要らないんですか?」


「あるの?」


「ポールさんが塩と香辛料を振ってるところがありますよ」


「それ頂戴」


「あいよ」


 新調した槍の穂のすぐ下を持って、ポールは器用に魔物を抉って切る。


「美味しいわ」


 これぞ至福という表情でフローレンスは満悦していた。


「下賎な者共の舌には合う味なのだろうな」


「強くなれるらしいわよ。あんたも食っておきなさいよ」


「敵の攻撃から見事にお前を守った俺に言う言葉ではないぞ」


「はいはい。ポール、ケヴィンにもくれてやって」

  

 敵の光線は確かに防がれた。しかし、それはケヴィンの鎧の効果だったのか、キャロルの防御魔法のお陰であったかは不明である。確実なのは、ケヴィンの動きはガインよりも悪く、アシルよりも力強さに掛け、今回は役割分担のせいだったのかもしれないが、ポールよりも位置取りが悪いとキャロルは判断していた。


「ほい、ガインの分」


「自分で取るで」


 そうは言いつつ、ポールから受け取るガイン。一呑みで平らげる。


「ポールさんは成り行きで、キャロルさんは教会で出世するための修行のために冒険者になられたんですよね。ガインさんは?」


 場をより和ませるためにヤニックが質問する。


『私も知りたい。その男の強さなら、異国に来ずとも良かっただろう。妙な理由があるのか?』


 妙な理由があったとしても、言うはずないやろとガインは思う。


「なんやろな。最初は商会の下っ端やってたんや。ほんで旅のモンに色んな国の話を聞いてる内に、自分も憧れて旅をしたくなったんや。それだけや」


「本当ですか?」


『ほんまや。嘘やったとしてもヤニックには分からんやろ』


「まぁ、そうですけど。フローレンスさんは?」


「生きるためよ。色々あって、ガインさんに拾われたのは幸運だったわ」


 汚れた口元を手で拭うも、その手も汚れていた為に汚れが広がったフローレンスが、それに気付かないまま答えた。


「俺もフローレンスには助けられてばかりやで」


『色々とは何だ?』


 ロックが鋭く訊く。


「仲良くなった人達がいて、今と同じ様に冒険をしていたのだけど、追い出されたの。悲しかったわ」


「フローレンスでもそんなことを思うんだ?」


「思うわよ。だから、私は今の仲間を離さないつもりよ」


「いや、フローレンスさんが言うと怖いんですけど。死んでも物理的に離さないとか、そんなことになりそうですよ」


「やぁね。私は常識の塊よ。でも、ヤニック君が死んだら、背骨を磨いて指輪にしようかしら」


「縁起でもないし、本当にしそうなんで、この話は止めましょう。背中が寒くなってきました」


「うふふ。でも、キャロルさんの指輪は骨よね?」


「「え!?」」


 ポールとヤニックがキャロルの指輪を見詰める。


「は? 冗談もそこまでにしておきなさいよ」


「うふふ。大切な仲間だもんね」


 呆れ顔のキャロルにフローレンスは変わらず微笑み続ける。

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