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雨宿り

 明くる日、約束通りにロックは夜明け前の門前で馬車を用意して待っていた。そして、言葉短くフローレンス達に挨拶をした後に、馬車はガインに任せ、自分は別に用意していた馬に乗って先導する。


「行き先くらい教えて欲しいんやけどな」


「お忙しいのよ」


 御者を手伝う訳ではないのに、ガインの横に座ったフローレンスがロックを擁護する。


「フローレンスはロックがお気に入りやな」


「そうね。何だか惹き付けられるのよ。あの人の人徳かしら」


「フローレンスを手懐けられるんやったら、シャールの英雄様はほんまモンやで」


「うふふ。私を魔物みたいに言ってくれるわね」


「魔物の方が大人しいで」


「何だか私への評価がおかしいわ」


 そう言うとフローレンスは頬を膨らませた。歳の割に、仕草に幼ぽっさが残るのは村を離れた頃のまま、深く他人と接する機会が少なかったからなのかもしれない。


「しかし……空模様がようないな」


「雨なの?」


「降る気がするわ」


 空に明らかな雨雲はなくて、ただ、風は冷たくなったように感じる。フローレンスはガインが言うことなら当たるのだろうと、幌のある荷台へ移った。



 大雨だったが、道がぬかるんで馬車の車輪が空転して進みにくくなるまで、ロックは馬を止めなかった。

 その為に、先導していたロックはもちろん、御者をしていたガイン、馬車の後ろを別のもう1頭で追っていたケヴィンは上から下までしっかりと濡れていた。


 巨木の根本を何ヵ所か見て回り、比較的濡れていない場所を選んで休憩とした。

 馬車でゆっくりしていた者達がすぐに夜営の準備に入る。


「おい! 火勢が弱いぞ!」


 雨に打たれた金属鎧は冷たくなって体温を奪っており、牢屋から解放された時のように下着姿のケヴィンは震える両肩を手で抑えながら、キャロルに命じていた。


「着火は魔法だけど、この先は木を焚くだけよ」


 近くで拾った乾いた枝を折って、キャロルは焚き火の中に放り込む。


「ケヴィンも馬車の中に入れば良かっただろ」


「うるせー。鎧姿で馬を駈るのが夢だったんだよ!」


「駈ってねーじゃん」


 馬車の速度に合わせての旅であったため、騎馬2人は徐行に近い速度であった。


「ケヴィンさんは偉い人だったんでしょ? 馬くらい飼っていたんじゃありませんか?」


「そりゃいっぱいいたけどさ。俺は15でシャールに追い出されたんだ。武具を付けては経験なかったのさ」


 ケヴィンは礼儀正しいヤニックに対してはそれなりの口調で返す。


「で、ロック。今回はどこを目指しているんや?」


 同じく下着姿のガインが濡れた鎧と仮面のままの彼女に尋ねる。

 自分を拭いていた布切れをガインの目の前に突き出す。


『せめて隠す努力をしろ』


「そりゃ、すまんかった」


 貴族様は繊細やなと心の中で苦笑いしながら、長い布を渡されたガインは首に引っ掛けて両端で胸を隠す。


『ここだ。発見されたばかりの洞窟がある。今日中に付近の村へ入りたい』


 懐から出してきた地図は、またもや色付きで精微な描写のものであった。

 前回は軍事関係者だと疑っていたが、まさかシャールで最も地位の高いお人だったとは。


「この奥にまた魔物が居るのね?」


 覗き込んできたフローレンスにロックは頷く。ポタリと仮面の裏から雫が落ちる。


「ロックさん、正体がバレてるんだから仮面を外しても良いと思うのだけど? 蒸れて暑くないの?」


『そうだな。暑い。外す』


 あっさりと自分の顔を隠していた仮面を外して、後ろへ放り投げたロック。雨に濡れて額に付く金髪も鋭利で美しい顔に映えていた。


「そこの魔物も食べるのかしら?」


「そうだ。急ぎたい」


 ロックは忌々しく空を見上げながら答える。


「もう少しで雨足は弱まるで」


「そうなったら出発だ」


「ロックさん、さ。何の為に私たちと洞窟に行くのよ。お城にお仲間がいっぱいいるでしょ」


 前回よりは会話をする気があると判断したキャロルが訊く。


「私を知らない者、知っても特に影響のない者、口の固い者。そんな条件で探させたら、ちょうど異国出身のお前達がいた。腕の立つ連中は戦争に引っ張ったから、正に僥倖だった」


「僕はシャール出身ですけど」


「お前の師匠のエルバは、幼い頃の私の家庭教師の1人でもあった。あれを通じて、お前などどうにでもできる」


「で、魔物を食べてるのは何なのよ。確かに、百足を生で食べる姿なんて領民に見せられないけどさ」


「キャロルさんも食べたかった? 意外にねっとりして美味しいのよ」


「食べないわよ!」


 フローレンスのちゃかしにロックは苦笑する。


「美味しいものではなかったぞ」


「泣きながら食べていたもんな」


 ポールが笑う。本来であれば、こんな口を聞ける相手ではないのだが、今は仲間として対等だと皆が思っていた。無論、ロックも。


「ダンジョンの最奥の魔物を食べれば強くなる。サラン家の秘伝だ」


「伯爵家の秘伝、ですか……?」


 ヤニックはそう言いながら、王家に連なるケヴィンを見る。


「お、俺は誰にも喋らんぞ! 王家を追放された者だからな!」


「ふん、サラン家が知ることを、にっくきブラナン家が知らぬはずがない」


 意外な程の敵意を込めたロックの鋭い眼光はケヴィンを冷えさせる。折角、火で温まり始めた体に身震いをさせたくらいである。


「シャールの英雄様でも強さを求めるんやな。そんなおとぎ話みたいなのを信じるほどに」


「私は強くなければならない。どんなことをしてもだ」


 表立っては病死であるが、彼女の父は王都の者によって殺されている。その悔しさが彼女の原動力であり、シャールの独立を夢見る原因である。


「それにお前達もおとぎ話を信じていると聞いている」


「聖竜様のことかしら?」


 ロックは黙ってフローレンスに頷く。


「聖竜様はいらっしゃるわよ。見たもの。そして、昨日から私に話し掛けてくれるの」


「……おかしなヤツだと聞いていたが、大丈夫か?」


「大丈夫やで」


「フローレンスが言うなら本当なのよ。詰まらない嘘は言わない娘だもの。聖竜様の方が気の毒よ」


「そうそう。聖竜様に『ドラゴンのお肉、美味しいわ』って報告したって言ってたもんな」


「そうなのよ。あれ以来、聖竜様が話し掛けてくれなくなったのよ」


「その続きはまた聞く。雨が止みそうだ」


 ロックが立ち上がる。


「火の始末してから出発やで」


『任せる』


 再び仮面をして、彼女は自分の馬に向かっていった。

※明日からタイに行きますので、来週の日曜まで休載しますm(_ _)m

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