地下水路
シャールは水の豊富な街であり、至る所から水が湧き、それらは街の背後にある湖に流れ出る。古代より治水に関連する魔法技術が発展し、地下にも水路が張り巡らされていた。
この街が独立国家であった時代の終焉期には、市街を占領した現在の王都タブラナルの軍勢に対して、この地下水路を根城にしてシャール側が激しく抵抗した経緯がある。
迷路のように複雑な構造であるのも、隠し部屋が存在することも当時の名残であり、また、独立志向の高い歴代のシャール伯爵がそういった事態に備えさせたことにも由来する。その様な場所を探索するのは、慣れた冒険者達であっても骨を折るものであった。
暗く湿った空間に足音が響き、薄く照らす松明の揺らぎが段々と明るくなってくる。
「おい、どこまで行くんだよ」
先頭を進むフローレンスの後を歩む金属鎧の男がうんざりした感情を隠さずに尋ねる。
「お腹が空くまでかしら」
点検用の通路が水路の両側に設けれているが、その狭さから一列に並ぶしかなく、不意に何かに襲われても対処できるように、最も戦闘能力の高いフローレンスを前にしている。
その背後は治療を終えたケヴィン。仲間の大半を白い大蛇に仕留められたことを遅れて知った彼は荒れたが、ガイン達の説得を受けて、一緒に行動するようになっていた。
「1週間ずっと水路巡りだぞ!」
「聖竜様への道を見付けるまではずっとだもの」
「はぁ!?」
大声が反響して、それに驚いた何かが水面の下に潜った音がした。
「うるさいわね。地味な仕事ほど丁寧によ」
3番目を進むキャロルは首に掛けた紐で胸の前に薄板を支えており、そこに載せた紙に水路の地図を描いていた。
「そうそう。今まで誰にも発見できなかった聖竜様への道のりだからな」
ポールは槍の代わりに長い木の棒を持っており、水路の中を探っている。たまに叩いて、水路の下に空間がないかを調べているのだ。
彼に続くヤニックも壁を叩いて、同様に隠し部屋を調べている。
「誰にも、じゃないわよ。ロルカ巫女長が辿り着いたはずだもの」
「誰だよ、そいつ!」
「アシルさんがいなくなっても騒がしさは一緒でしたね」
「まぁ、黙って暗いところを歩くよりマシやな」
殿はガイン。ロックに連れられた洞穴探索で最後尾のヤニックが負傷したことを反省し、経験の浅い彼をサポートすることにしたのだ。
「あれ?」
自分の杖で壁を叩いていたヤニックが疑問を口にする。
「またやな」
「えぇ。昔の人はよく作りましたねぇ。見た目じゃ分からないですよ」
そんな感心を口にしながら、ヤニックはガインと共に立ち止まり、フローレンスを呼ぶ。
「隠し部屋がまたありました」
「まぁ、嬉しい。分かったわ」
松明をケヴィンに手渡してフローレンスは身軽に翔び跳ねて、水路の向こう側に一旦行き、それから、ヤニックとガインが後退して作った空きスペースに目掛けて再び跳ねた。
勢いが良すぎて壁に激突するとも思えたが、それが彼女の狙いで、鋭い蹴りの一撃で壁を崩壊させ、新たな空間が生まれる。彼女はそのまま真っ暗な室内に飛び込んでいる。
「照明魔法ね」
キャロルが手短に詠唱して、部屋の中の視野を確保してやる。
破壊したばかりで瓦礫が散乱する室内は、長く封印されていたこともあり異臭がひどく、フローレンスでさえ思わず鼻を押さえていた。
「おい。何かあったか?」
順番的に入るのが最後になりそうなケヴィンが尋ねる。
「な、涙が出るわ。くさい、くさいの」
珍しく泣き言を口にしたフローレンスが慌てて出てくる。
「おわっ! 本当に強烈だな!?」
フローレンスと位置を変え、部屋に顔だけを入れたポールが叫ぶ。
「キャロルさん、水。水を頂戴。目が痛いの!」
「分かっ――うわ! こっちにも漂って来たわ。すっごい臭い。ケヴィン、退いて! そっちに逃げるから!」
「うわっ! バカヤロー! ぶつかるだろ!」
「あんたが寄ってくるの、おかしいじゃない!」
「俺も凄い臭気ってのを確認したいんだよ!」
「キャロルさん、キャロルさん! 目が痛いの!」
大混乱だった。その後、ポールとフローレンスが水路に転落したこともあり、この日の探索は打ち切られる。
「うー、ひどい目に遭ったわ……」
着替えと水浴を終えたフローレンスが宿屋に併設された食堂で口を尖らせる。今日の夕食はいつものギルド内の食堂ではない。シャールの街の地下を探索しているため、宿も街内に取ったためだ。
「お前でも失敗することはあるんだな!」
ケヴィンは愉快さを隠さずに言う。
「妙な物を食べてフローレンスが腹を壊しているのは、よく見るわよ」
「よくじゃないわ、たまによ、たまに」
酒を飲まないフローレンスは、その代わりに絞った果汁を喉に流し入れる。
「しかし、あんたもだいぶ明るくなったじゃん」
笑い顔を止めないケヴィンにポールが言った。
「俺か? あぁ、いつまでも引きずってられないからな。死んだ奴等には悪いが、俺は止まってられないんだ。強がりだけどな!」
グビッとケヴィンは酒を一気に煽った。
「俺が本当に偉くなったら、あいつらの家族にはちゃんと報いてやる!」
多くの兄がいるため、本当に偉くなる日が来るとは思えないことも彼は理解していた。それでも、自分にできる限りの弔いと詫びをしたいと考えている。
「そうかいな。しかし、飯時くらい、その立派な鎧を脱いだ方がえーんちゃうか?」
「ふん、お前らには手が届かない逸品だから知らないんだろうな。これは魔法により軽量化されている鎧なんだぜ。俺のような身分が高い者でないと装着できないけどな。ワハハ。おう、触ってみても良いぜ!」
「この人、偉さが鼻に付きそうで付かないのが本当に凄いですね。これも人柄が良いって言うんでしょうか」
ヤニックの指摘の通り、ケヴィンは彼らに馴染んでいた。そして、ケヴィンも前の仲間達と同様の心地よさを感じていた。




