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1人の剣士の引退

 シャールに戻って2日目。

 街に戻り次第、腕を失ったアシルは街中の治療院に入っていた。場所はヤニックと同じ庶民にとっては最高峰の治療院。やんごとない身のはずのケヴィンもそこに運ばれている。

 ケヴィンならば貴族の為の治療院に入れたはずだが、彼の身分を証明する手段が思い付かなかったことと、彼の負った傷も至急を要する状態であったことから、彼の仲間の生き残りである壮年の男のアドバイスに従ったのだ。


 今日もフローレンスはいつもの食堂の同じテーブルで朝食を取っていた。


「早いな」


「えぇ。今日はアシル君のお見舞いだもの」


 飯を運んでいたポールにフローレンスは微笑みを浮かべて答える。


「ヤニックの時は大遅刻だったから、ヤツも喜ぶだろうな」


 アシルは肉弾戦を得意とする戦士で、隻腕の戦士というのも世の中に居ない訳ではないが、やはり両腕が健在な者と比べると、平均的には戦力としては明らかに劣る。仮にアシルが喜んだとしても、それは強がりだろうとポールは寂しく思った。

 フローレンスの横に座り、ポールは黙って飯を口に運ぶ。


 やがて、ガインとキャロルも席に着く。

 彼らはポールよりはアシルの離脱を悲しんでいなかった。それは2人とも過去に何度も似た体験をしているからであろう。



「フローレンスさ、やっぱりあの蛇は殺しておくべきだったんじゃ?」


 食後の茶を飲みながら、キャロルは問う。湯気の向こうの目は少しだけ冷たい。


「あの方はとても強そうだったのよ。戦ったら、皆をもっと巻き添えにしていたかもしれないの」


「あんたがそんな配慮を?」


「もぅ。私だって仲間のことを考えるわよ」


「嘘くさいわね」


「俺らが敵わんかった魔族を瞬殺したんやで。いくらフローレンスでもあかんやろ」


「そうだったかも。あんな強い人、初めて」


「は? 人? どう見ても魔物だったじゃない」


「おい。もう少ししたら、ヤニックとアシルの見舞いに行くぞ」


「せやな」


 ポールは軽く苛立っていた。薄情にも思える仲間達の会話にも、好敵手だった者が戦力外となったことを伝えられる場に居たくない自分の軟弱さにも。


「アシル君は長引きそうだからお花を買って行こうかしら」


「普通に食べ物の方が良いでしょ。それよりもさ、フローレンスが唾でも付けたら腕が生えてくるんじゃない?」


「うふふ。試しても良いけど自信はないわ」


「冗談よ。ヤニックみたいに熱を出すかもしれないからやっちゃダメよ」


「おい。行くぞ」


「そうしよか」


 のそりと全員が立ち上がり、店を出てシャールの街に入るための行列を目指す。



「え? 今度はアシルさんが入院なんですか?」


 薬草と魔法による治療によって、すっかり元気になっていたヤニックはベッドに腰掛けたまま、大袈裟に驚く。

 値が張るだけあって、ここの治療院は患者を雑居させることなく、一人一人に個室を宛がっている。だから、ヤニックはアシルの入院に気付いていなかったのだ。


「ヤニックよりも重傷やで」


「あはは、騙されませんよ。あの人、頑丈だから」


「お前を騙しても得しねーだろ」


 ポールの余裕のなさをヤニックは感じ取り、笑顔が引き攣る。

 自分の油断で金が必要となり、それを稼ぐ仕事でアシルが怪我をした。その因果を思うと、かなり気が重くなる。


「2日前の出来事なんでしょ。もっと早くに知らせて下さいよ……」


「着いたのが夜で、ヤニックは寝てたからよ。さぁ、アシルは隣の隣の部屋でしょ。行くわよ。ヤニックは歩ける?」


「えぇ、大丈夫です」


 寝巻き姿のヤニックは歩き出す。彼の傷は完全に癒えていたが、足取りは少し重い。



 ノックをすると、いつもの野太く尊大な声が返ってくる。それは幾分かポールとヤニックの気を軽くした。


「今まで世話になった。俺は引退するぜ」


 部屋に入った仲間へ、片腕で上体を起こしつつの開口一番がそれだった。語るアシルは悲しむ素振りを一切見せていない。


「魔族にも蛇にも剣が通用しなかった。才能がなかったってことだよな」


 きつく巻いた包帯は真っ白で、傷口は回復魔法により修復されていることが分かる。


「アシルさ、未練はないの?」


 キャロルは尋ねる。彼が朝晩に剣の修練を熱心にやっていることを知っていたから。


「ふん。ない」


 その眼には一点の曇りもない。


「何だか立派ね。はい、りんご」


 フローレンスも感じ入るものがあったのか、手に持つ籠からりんごを取り出して、片手で半分に割る。怪力なのか器用なのかよく分からなかったが、ここにいる者は特に何も思わずに、その光景を眺めていた。


「フローレンスともここでお別れだな。世話になった」


 差し出されたりんごを乱暴に口にしながら、アシルは礼を言う。


「俺が居なくても寂しく思うなよ」


「思わねーよ」


 ポールが代わりに答える。そして、少し間を置いて「まぁ、今はゆっくり休んでおけよ」と、戦友を慮る言葉を口にした。



 部屋の扉が突然開き、皆がそちらを見る。


「アシルさん、具合はどうかなぁ?」


 まだ話の途中だというのに、治療院の者が部屋に入ってきた。若い女性。服装からすると、怪我人の世話をする者だろう。


「チョー快調!!」


 満面の笑みでの絶叫。


「そっかぁ、嬉しいよぉ」


 こちらは、異様さに一切動じない鉄面の笑顔。


「俺もキィナちゃんに会えて嬉しいよ!」


「あとで、また来るねぇ」


「待ってるからね!」


 女性が去った後、室内には重い沈黙が続く。


「あの娘、優しいんだぜ! 運命の出会いに比べたら、腕1本くらいなら安いもんだよな!!」


 強がりではなかった。それだけに言うべき言葉を全員が探せなかった。

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