壊滅的被害
下半身を無くした魔族が地べたに激しく倒れ込む前に、フローレンスは拘束する巨大な手からするりと抜け出して地面に降り立つ。
「まさか、そんな隠し手があったなんて驚きです」
魔族は生物と違い、大きな傷を負っても致命傷となることは少ない。彼らは血の巡りではなく魔力の体内循環を用いているため、血管の損傷や途切れによるエネルギーの不全が起きにくいのである。
「でも、無駄――」
魔力さえあれば魔族は傷を癒すことができる。彼も安易にそう考えていた。
白い大蛇は地上に全身を現す。
「まぁ、きれいなお手々が生えているのね」
フローレンスが独り言の様に喋った通り、鎌を上げる蛇の首の部分のやや下には人間と同じ腕が2本生えていた。
流れるように素早く動き、土の上の魔族に向けて口を大きく開け、一直線に襲い掛かる。
欠損した下半身の修復を急いでいた魔族は、抵抗する間もなく、あっさりと白蛇に呑み込まれる。魔族が喉から腹に運ばれるのが蛇の体の膨らみの移動で分かった。
「フローレンス、何よ、それ!?」
「知らないわ。聖竜様の御使いかしら」
「おい! 知らないって、敵の可能性もあるのかッ!?」
「アシル、下がるで!! ポールはそのまま死んだ真似や!!」
「盾になってやるから、先に行けッ!!」
「魔族はどうなってるの!? 食べられて死んだの!?」
他の者には目をくれず、白蛇は赤い舌をチロチロと出しながら、フローレンスを見詰める。そして、彼女も見詰め返していた。
背後の緊迫した雰囲気とは裏腹に、フローレンスの問い掛けは続く。
「助けてくれたのかしら? それとも、お食事したかっただけ?」
大蛇は舌の出し入れを繰り返しながら体を倒し、落ちていた小さな木の枝を手で拾う。
「筆談? 貴女、賢いのね」
ペンを持つのと同じ様に枝を手にしていたためにフローレンスはそう尋ねた。それに対して、大蛇も頭を振って頷く。
「居たッ! 蛇! 魔族か!?」
遠くからできるだけ短く情報を仲間へ伝達する意図を感じる声が森に響く。同時に矢が大蛇の腹に刺さり、赤い血が白い鱗に滲み垂れる。
フローレンスを追っていたケヴィン達が追い付いたのだ。
大蛇の反撃は速かった。まずは口から液を吐いて、追撃のために放たれた矢を巻き込みながら、射ち手の斥候を始末。液に含まれる魔力的な効果により、男は憐れにも煙を上げながら体が崩れ落ちる。樹の後ろから同じく弓を構えていた者も、木を貫通した2撃目でこの世から消え去る。
「フンッ!!」
何が起きたか認識はできていなかった。しかし、蛇の殺意に当てられて、優秀な戦士の性として反射的にアシルは剣を振るう。
剣が撓るほどの渾身の攻撃だった。並みの相手なら両断していただろう。
しかし、蛇はそれを素早く避ける。起き上がっていた胴部を後ろに反らし、彼の剣に空を切らせた。勢い余った剣先が土に埋まる。
次のアクションに移ろうとしたアシルの視界の上端で、真っ赤なもの、蛇の開いた口内と鋭い牙が自分に向かって来るのが見える。
「グッ!!」
気付いた時には、彼はうつ伏せに地面に倒れていた。頬に草が当たる。意識はまだ完全ではないが、敵を前にして地面に這いつくばる訳には行かず、果敢に立ち上がろうとする。しかし、半身しか起き上がらず、バランスを崩す。
「アシル、動いたらあかん! キャロル、止血の用意や!」
「分かったわ!」
「蛇はッ!?」
「フローレンスが対応しとる!!」
アシルを襲った大蛇は既にケヴィン達に向かっていた。
前に出てきたケヴィンら金属鎧の戦士3人は、蛇の長い体を横に向けての飛び掛かりで薙ぎ倒されており、動く気配はない。
魔法使いの一人は毒液で胸から上を消されており、別の者は丸呑みに食べられている。
「勝負は付いているわ。ねぇ、もう止めにしましょうよ」
最後の杖持ちに狙いを定めていた蛇へ、ケヴィンを守る位置に移動していたフローレンスがそう声を掛ける。
蛇に睨まれている壮年の男は尻もちを衝いて、魔法詠唱も忘れて、今にも自分を食そうとしている相手を震えながら見上げるだけであった。
「本当に聖竜様の御使いだったなら、ごめんだったわ。魔族を倒してくれた貴女を傷付けるつもりはなかったの。許してくださる?」
フローレンスの言葉は優しかった。一瞬で何人もの人間を殺した存在への語り方ではなかった。ただ、それだけに蛇には謝罪の気持ちが伝わる。
こくりと頷いた蛇の化け物は器用に両腕を使って地面に穴を掘り、そこに体を進み入れて消えていく。
残されたフローレンスは未だに体を小刻みに震わせる男へ拾った杖を渡す。
「速くて止めれなかったわ。ごめんなさい」
「あ、あぁ……」
「動けるようになったら、一緒にシャールヘ戻りましょうね」
淡々とそう言い終えると、フローレンスは男の前から立ち去り、片腕を千切られたアシルの救護に向かった。




