森を歩きつつ
全員が森を見る中、フローレンスだけがやって来た馬車を振り返る。
「あら?」
「フローレンス、どうしたんや?」
「ケヴィン君の気配がするわ」
彼女がそう言った時は外したことがない。ガインは抑えようとしたものの、少し眉を動かしてしまう。
「まだ仲間がいるんですか?」
よろしくない雰囲気を察した依頼人の青年が尋ねる。
「仲間じゃないわね。できれば会いたくない」
キャロルは今日も率直だった。
「そうですか。じゃあ、お会いする前に進みましょう」
青年はキャロルの言葉に乗って、努めて朗らかな笑顔で告げた。
「せやな。先頭はアシルに任せたで」
「俺かよ!? ポールでも良いだろ!」
「たまにはいいぜ」
背負った槍を片手で器用にヒョイヒョイと引き上げる。彼が四の五の言わずに引き受けたのは、青年への見栄だった。
「フローレンスは依頼人の隣やな」
「はいはい」
向き直したフローレンスは背負った鞄を揺らしながら青年に近寄る。
「うちのエースや。あんたの護衛に付けるんや」
「あはは。自分の身は――」
「あん? クセーと思ったらお前らかよ!」
真っ先に馬車から飛び降りてきたケヴィンが開口一番に喧嘩を売ってくる。
「まぁ、元気そうで良かったわ。休まなくて大丈夫なの?」
フローレンスの声色は全く悪びれるところがなく、彼女の完璧な演技にキャロルは感心する。
「ふん! どこも悪くない! 昨日は……少し眠かっただけだ!」
彼の強気の発言同様に、昨日の出来事はなかったように白銀の鎧が太陽に煌めく。
「そうなの。良かったわ。顔色が良いから、よく眠れたのね。じゃあ、私たちは出発だから。アシル君、後ろは任せたわ」
「おう」
長引いても面倒事が増えるだけ。依頼人の青年でさえ、そういう思いが伝わり、彼らは森へと入っていく。
草木の成長が早い土地柄といえど、シャールの冒険者達がよく立ち入る場所であるため、踏み固められた小道が多く存在し、アシルが懸念していた草刈りのような重労働をポールがする必要はなかった。
「どこまで行くんだい?」
ポールは振り返らずに青年に尋ねる。
「いつもの狩り場はもう少し奥ですね」
「分かった」
「でも……彼らも一緒の方向なんですかね?」
青年が後ろを気にする。木々に隠れて見えはしないが、人の気配を感じ取っているのだろう。
勘が良い人ね。そう思ったフローレンスは微笑む。
「聞いてくるわ」
不思議な顔をしたポールを置いて、フローレンスはガインに青年の護衛を代わってもらってから下がる。
「手伝ってくれるのかしら? 感謝するわ」
金属鎧で森を歩くケヴィンと並んで歩きながら、フローレンスは話し掛けた。
「行き先が同じだけだ! 邪魔だから退け! 俺たちが先に行く!」
ケヴィンの仲間は8名で、ケヴィンを含めて剣士が3人、杖持ちが同じく3人、弓持ちの斥候が2人。装備はバラバラで資金力の有るパーティーがよくやりがちな全員を同系統の防具で揃えることはしていなくて、それぞれが自分に合った道具を使っているようだ。
その点でケヴィンをフローレンスは評価している。唯我独尊的な性格ではあるものの、仲間の命を優先していると判断した為だ。
「それはごめんなさいね。何のお仕事かしら?」
ケヴィンはまだフローレンスの実力を見誤っていた。それは彼女が大きな鞄を背負っていて、ガイン達の荷物持ちだと認識してしまっていたから。それ故に喋る義理のない事を口にする。
「ほう、知りたいのか? 教えてやるぜ」
彼は顎でしゃくって仲間の斥候の1人に何かを指示する。そして、彼が自分の鞄から出した物を受け取り、フローレンスに見せる。背の高さもあって、彼女は見上げる形になる。
「白、いえ、透明な鱗かしら?」
「そうだとも。しかし、魚とは違うぞ。きっと蛇だな。森の中で拾ったヤツだからな」
大きさとしては掌大。
「その持ち主を狩りに?」
「お前達のせいでろくな討伐案件がないせいだぞ。聖竜の眷属の皮として、高く売ってやる」
王家の人間としては安っぽい発想。でも、フローレンスはまたケヴィンを見直す。王家もピンキリだと思うが、少なくともこの男は国や親の財産を当てにして生きていない。
「最近、この先で白い大蛇の目撃情報がある。それに冒険者の失踪も増えている。魔物に喰われる前に、お前の仲間達にも伝えてやれ」
「聖竜様の眷属を殺したら、シャールの人に怒られる気がするわ」
「む……。そうだな……」
「ケヴィン、簡単に説得されんなよ」
フローレンスとの会話を聞いていた仲間の1人から諭される。
「そうよ。ケヴィンは顔だけで頭が弱いんだから」
「待て。事情があって言えないが俺はやんごとなき身だぞ。お前ら、それを踏まえて口を聞け」
「うっせー。お前が国を率いる日は来ねーから」
「俺の兄ちゃんが率いる!!」
「じゃあ、お前は関係ないだろ」
あら、現王の息子? かなりの大身なのに、こんな遠方に来て冒険者気取りか。
フローレンスはケヴィンに強めの興味を持つ。
「あー、あんた。悪いな。こいつ、頭が良くないんだ。面白くて良いヤツなんだけどな」
「そうなのね。昨日、頭を打ったばかりだし仕方ないわ」
フローレンスの言葉に、剣士の1人が頭を掻きながら返す。
「とは言え、俺達の大事な仲間なんだ。あんたがやった事は見ているんだ。こっちから突っ掛けたのは事実だが、少しの謝罪くらいは要るだろ?」
「そうね。ごめんなさい」
フローレンスは申し訳程度に頭を下げる。彼女が悪いと思っていないことは間違いない。
「本当に軽い謝罪ね。良いけど」
「ケヴィンが気にしてなければそれで良いじゃない。でも、こっちに非があったとしてもケヴィンに後遺症が残ったら全面戦争だったわよ」
魔術師の内2名は若い女性だった。彼女からもケヴィンを全面的に庇うという感じはしない。
「待てって。このチビ女は何を謝罪してるんだよ!?」
「お前が覚えてなきゃそれでいーんじゃね」
ケヴィンは気の良い仲間に囲まれていたようで、フローレンスは微笑む。
「どうやら、私達の方は止まったみたいね。お先どうぞ」
前方を進むガイン達は見えない。しかし、フローレンスは把握しているように告げる。
「ひょっとして魔力感知できるの?」
「勘よ。昔から勘だけは働いて」
「他人に手の内は晒さない方針ね。有効範囲とか知りたかったんだけどさ」
「そうなのね」
フローレンスは素っ気ない。意識は前方に向いており、仲間との合流を早めたいのだ。
「分かった。で、援護いる?」
「要らないわ。何とかなるもの」
親切心からの杖持ちの提案をフローレンスは断り、足を速めてケヴィンの前へ出る。
「健闘を祈るわ」
「ありがとう」
先を急ぐはずのフローレンスが振り向いて礼を言う。
「おい、ローザ、何の話だ? 魔物でも出たのか?」
「魔物じゃなくて魔族よ」
「早く言えよ! 大事じゃねーか!」
顔色を変えてケヴィンが叫ぶ。
「言ったら逃げそうだったから」
ケヴィン達は素早く戦闘の準備を終える。
※明日からベトナムに行って参ります。次回更新は金曜日になりますm(_ _)m