依頼人との会話
フローレンスは朝食を取りながら、仲間の到着を待つ。休みの日は一番最後になるのだが、仕事の日の朝は早い。日が出ると同時に食堂へ向かったくらいである。
「まぁ、ガインさん。待ちくたびれたわ」
「昨日は胆が冷えたで」
湯気の上がるスープの皿へ直接にパンを入れて運んできたガインは、フローレンスの隣に座りながら言う。
「ケヴィンは王家の人間らしいわ」
「まぁ、本当にやんごとなき身の方だったのね」
「ほんまやで。王都から留学に来とるらしいわ。わざわざ、あいつの仲間から聞かされたんやで」
ガインは最後まで言わない。王都まで船と馬車で2ヶ月程度と聞いている。王家の人間がそんな遠くに来る理由が普通の教育であるはずがなく、王都での生活に体の良い追放だとか遠国の様子を探る密偵だとか裏の目的があるものである。何にしろ、あまり絡みたくない人物なのは間違いない。
「ご無事で良かったわ」
「一歩間違えたら死んでたわな」
幸いにもケヴィンは気絶していただけであった。しかし、あれだけの勢いである。床が木の板でなく石材だったら違った結果になっていたかもしれない。
「フローレンス、無茶はあかん。聖竜探しで暫くはこの街におりたいんやからな」
「はーい」
全く聞く気のない返事を彼女は返した。
「よぉ、フローレンス。昨日はよくやったな!」
次にやって来たアシルはガインとは逆側のフローレンスの横に陣取る。
「私は何もしてないわ」
「ガハハ! キャロルもそう言ってたぜ! あの優男がまた来たら、俺も言ってやるぜ!」
いきなり喧嘩を売ってきたケヴィンに非がある。そこに身分の差を考えないのは単純なアシルの長所であり欠点であった。
「勘弁してくれよな。あいつ、帰り際もスゲー睨んでたんだからな」
ポールもやって来る。呆れた顔をしていたが、内心、食堂中に響いたアシルの大声が誰かの耳に止まらないかを気にしている。
「逆恨みは良くないわね」
本当にフローレンスはケヴィンにやった事を気にしていない様子だった。キャロルがギルドに入って来たのが見えた為に、彼女は手を振って存在を知らせる。
「今日は西の森だったか?」
「そうなのよ。準備はできてる?」
そう言うフローレンスの足下にはパンパンに詰まった背負い鞄が置かれていた。
「あぁ、もちろん」
その答えに彼女はにこにこと明るい表情を作った。
昨日の内にフローレンスは依頼者には会って軽く話をしている。ただ、行き場所を聞いたのみで詳細については尋ねていない。
なので、朝食後、請け負った依頼書に書かれた場所へと皆で赴いた。
そこは冒険者の為の通りの端近くに宿屋のロビーだった。宿の主人に用件を伝え、依頼人を呼び出す。
「依頼を見て頂いてありがとうございます。僕だけでは探せないと思って、助っ人を依頼したんです」
自分達と同世代と思われる青年が頭を下げて礼を言う。ここに宿を取っていると言うことは、彼もいっぱしの冒険者で生計を立てることができる程度に、依頼で金を稼げる者なのだろう。
「その格好、私たちと同行する気?」
軽装ながら剣を腰に差している姿を見てキャロルが訊き、その言葉に依頼者の顔が曇る。
「ダメですか……?」
「えぇで」
ガインの即答に青年はホッと胸を撫で落とす。
「良かった。もう馬車を呼んでいますので、一緒に乗りましょう」
馬車も用意できるくらいに裕福な冒険者。居ないことはないし、自分達も先日の依頼で用意したのだが、違和感をガインは感じた。
「場所はシュリに繋がる西の森です」
シュリとは獣都とも呼ばれる街で、シャール伯爵領外の都市である。その辺りはガイン達も理解しているし、事前にフローレンスから聞いていた通りだ。
「あそこは深い森やったな」
「おい、ガイン! また先頭で草刈りとか勘弁してくれよ!」
「代わってくれるヤニックもいないしな」
彼らは幌付き馬車の荷台で揺られながら、依頼内容を確認していく。しかし、それはフローレンスから聞いている物と齟齬がないかの確認のみである。
「いつから行方不明なの?」
「3日前です。待っていたんですが、帰還しなくて。それで依頼しました」
「森に入って3日目なら普通じゃないの?」
「いえ。帰還予定から3日でして」
「そんなもんなの?」
3日程度の予定変更なんて普通だと思っていたキャロルはポールに尋ねる。彼が一番時間にうるさそうだったから。
「さぁ? ただ最悪の結果もあるからな。心配性なら探しに行くんじゃないかな」
ポールは魔物に襲われて食べられている可能性を暗に仄めかす。
「死んでいたら墓くらい作って弔ってやりたいです。魔物でも装備までは食わないでしょ」
根こそぎ奪う盗賊の可能性もあるが、本人も理解していると考えて、ガイン達は口に出さない。
「で、何の依頼で森に入ったんや?」
「狩猟系の依頼です。あの森には大型魔物が多いので、その皮を狙いました」
革鎧の素材調達だろう。今は戦争で需要が増えている。
「フローレンス、これ、今からでもキャンセルしたら?」
キャロルは冷たく告げる。
「魔物から返り討ちにあってないなら、地元のそれなりの冒険者が道に迷ったって状況よ。地理に詳しくない私たちよりも、適した人達が居るわ」
「ダメよ。この人が困っているもの。私たちは冒険者で、困っている人を助けてこそ冒険者だもの」
実際にはそんな思いを持つ冒険者は稀である。殆どは、日々の食事にも困って日雇い的に簡単そうに見えて危険で安価な仕事を請け負う連中。言い換えるなら、街に住む人々の生活の為に命を削っている者ども。
一握りの者達だけがその日暮らしから脱出して、自分の理念や野心に従って冒険できるのである。
街道は森の入り口で終端となっており、彼らもそこで馬車から降りる。
「不便ね。シュリって街へは馬車が行かないの?」
「この森は切り開いても、短期間で草木に覆われるんです」
「まぁ、不思議。アシルさん、そこの草を切ってみて」
「俺は草刈り役じゃねー!」
と言いつつも、アシルは鋭く横薙ぎに剣を走らせ、数本の草を鮮やかに切断する。
「……生えてこないわ」
「数日単位の話ですよ。切ってすぐに生えて来るような魔境ではないです」
「ふーん」
フローレンスは草の断面を触りながら残念そうに納得する。
シャールから徒歩で半日も掛からない距離であるこの森は採取や狩猟に適した場として人気なのだろう。何人かの冒険者が通り過ぎ、また、乗ってきた馬車とすれ違う形で新たな馬車もやって来るくらいだった。




