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因縁を付けられる

 フローレンス達はギルドの依頼掲示板を眺めていた。


「報奨金の高いヤツがいいぜ!」


 体格の良いアシルが前に出ると他人が依頼書を読めなくなるために、彼は後方から指示を出す。本当なら自分がじっくり品定めをして選びたいところなのだが、ガインやフローレンスから小言を受けるので、彼は言葉だけだ。粗忽者に見えて、意外に己れの立ち位置を見極めていた。


「アシル君にピッタリなのが有るわね。美男子限定。紳士と出会うだけの簡単なお仕事よ。場所は街中の宿屋」


「何それ?」


「ほら、一晩で金貨1枚よ」


「一晩単位の報酬で宿屋とか完全に仄めかしてるやろ」


「そもそもアシルは美男子じゃないから、報酬を貰えないんじゃないか」


「ダメ?」


「んー、アシルに新しい世界が開かれるかもね」


「開いて良い世界なのか?」


「無理矢理にでも開かへんだら、それも分からへんで。天職かもしれへんし」


「開かねーよ! もっと魔物退治系の依頼があるだろ!」


 彼らは金策の必要に駆られている。ヤニックの治療費が思っていた以上に高く、と言うよりも、あの治療院を紹介したロックが負担するものと思っていたのに、自費での支払いを治療院から告げられたためだ。


「動けないヤニックをベッドごと、その宿屋に運んだら?」


「さすがにそれはヤニックの師匠さんに怒られるだろ」


「フローレンスの暴言にも怒らんかった人やから、許してくれるかもや」


「うふふ、できた人だったわね」


 彼らは会話をしながら、ゆっくりと掲げられた依頼書に目を巡らせる。


「物資の調達系が多過ぎるだろ! 動物の腱を持ってこいとか何だよ!」


「弓の弦にするに決まってるじゃない」


「お隣の国と戦争中だぜ。石材、木材、薬草、どれも足りねーんだろな」


 ポールの言う通り、現在、女獅子と異名を取るシャール伯爵が主導して、隣国へ果敢に侵出中である。しかし、王国の他地域からの支援は殆どなく、王国政府はシャールの動きをよく思っていないことは明らかだった。その為に軍事物資の調達に血眼になっていると思われる。


「討伐系も少ねーのはどういうことだよ!」


 戦争が始まると兵隊が必要である。常備軍で足らないとなると徴発が始まり、武具の扱いに慣れていて、他に仕事がなく、死んでも悲しむ者の少ない冒険者は格好の対象であった。

 幸い、今はまだ兵の数は逼迫していないようで、ギルドを通じて傭兵を募るくらいで済んでいる。

 しかし、冒険者の数は常時より減っているはずで、依頼を受ける者が少なくなれば処理される討依頼案件はも減って、結果、いつもより増えないとおかしいと、アシルは言っているのだ。



「お前らに依頼する仕事はない!」


 知らない男が横からそう指摘してきた。


「あん!?」


 アシルが即座に反応したが、紋章付きの金属鎧で全身を守る相手はアシルを一瞥しただけで無視して、このパーティーの中心と聞いているガインを睨む。


「別に自由に受けても構へんルールやろ?」


「異国の者が調子に乗るなよ。お前らが狩るから俺の獲物が少なくなる。とっとと国に帰れ!」


「それを言いに、態々(わざわざ)、このギルドに足を運んだの? 暇なのかしら」


 この見慣れない男を他のギルドに所属している者だとキャロルは判断していた。


「あぁ。お前らが居るって聞いてやってきてやったぜ。さぁ、俺の忠告を有り難く聞いて、去れよ。命は見逃してやるからよ」


 男は金色の前髪をさらりと指で流して、そう言う。


「何様よ、あんた?」


「ふん。俺の名はケヴィン。故あって詳しくは言えないが、本来であればお前らが頭を上げて俺の声を聞くこともできない程の、やんごとなき身だぜ」


 キャロルの反抗心を潰すために、堂々と彼我の身分差を利用する。

 装備の豪華さからして、実際にケヴィンは身分の高い出身なんだろう。変なヤツに絡まれたと、ガインは苦々しく思う。


 さて、ガインが黙った時は困った時。

 フローレンスはそう学習している。賢い彼は先々のことを考えてから動こうとする。それは利点ではあるものの、時と場合によっては最善手を逃すこともある。

 だから、彼女は親切心で選択肢を狭めるか、新しく作ってやることにしている。


「この依頼にしましょうね」


 紙を1枚剥ぎ取り、フローレンスは男の横を通り過ぎようとし、無視されたケヴィンは生意気な女を遮ろうとその前に移動する。


「おい。その耳は飾りなの――」

「えいっ」


 一瞬でフローレンスは相手の足を踏み抜き、それと同時に自分の頭より高い位置にある両肩を強く押す。足が固定されて踏ん張ることができなかったケヴィンは後頭部から目にも止まらない速さで倒れる。周囲にいた一般の冒険者では何が起きたか本当に分からなかっただろう。

 鎧が床に激しく打ち付けられた音がギルド内に響く。仰向けになったケヴィンは指先さえもピクリとも動かなかった。


「もぅ。足を滑らせたら危ないわよ」


「いや、あんた。思っきり『えいっ』って言わなかった?」


 倒れているケヴィンの横を通り過ぎたフローレンスを追い掛けたキャロルが小声で訊く。


「そうだったかしら。よく覚えてないの」


「じゃあ、仕方ないわね。覚えてないんだもん。でも、あれ、当たり所が悪いと死んでるかもね」


「まぁ、怖いわ。病気じゃなければ良いのだけど」


 2人はにこやかに話しながら、受付に依頼書を渡しに行った。

 その後ろでは、ガインとポールがケヴィンの介護に必死になっており、アシルは今見たばかりのフローレンスの技を習得しようとぎこちない動きで真似をしていた。



「で、何の依頼にしたのよ?」


「これよ」


「うわっ。森で行方不明者の探索? メンドーそうね」


「ごめんなさいね。よく見ずに選んだの」


 キャロルとフローレンスはロビーから続く食堂のいつもの席で懸命の救命活動が終わるのを眺めていた。

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