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休息日

 大百足を打ち倒し、フローレンスらはシャールの街に戻った。疲れた体を休めるため、その明くる日は休息日とし、フローレンスは爽快な朝を迎えている。


「くぅ、楽しかったー」


 ベッドの上で上半身だけ起こし、それから力一杯の背伸び。そこから一気に弛緩して、腕の先まで血が回る感覚をじっくり味わう。


「1人旅も良いけど、やっぱり大冒険には仲間が欠かせないわね」


 ぴょんとベッドが飛び降り、それからタンスの中から服を取り出して寝巻きから着替える。


「今日はお休みなのね。んー、何をして遊ぼうかしら」


 部屋には誰もいない。独り言が多いのはガインと会うまでは基本1人で行動していた時からの癖なのだろう。

 フローレンスは扉を出たところで、ヤニックの見舞いに行く約束を思い出す。


「場所はどこだったかしら。分からないわね。キャロルさんに聞くしかないわ」


 フローレンスとキャロルの定宿は同じであり、部屋のフロアも同じである。しかし、キャロルの部屋を通り過ぎながらフローレンスはそう呟いた。無意識にそこには居ないと判断していたのだ。


 住民でない者がシャールの街に入ろうとすると、その度に費用が発生する。その為に野外での仕事が大半である冒険者達は、シャールを囲む壁の外に生活の軸を置いている。

 フローレンスも例外でなく、宿を出ると、道行く人の足で自然に圧し固められた舗装されていない大通りに出た。

 そこから、数件隣の仲間達との溜まり場にしているギルドの食堂を目指す。


「フローレンスさんだ……」

「誰?」

「3月ほど前にやってきた奴らの1人だよ。知らねーのかよ」

「知らないわよ」

「ったく、ふらっと現れていきなり大仕事して、今じゃあっちのギルドのエースパーティーだぞ」

「知らないわよ」

「東方王国から来たって話だぞ」

「知らないわよ」


 シャールの街外にある冒険者通りには複数の冒険者ギルドが存在する。フローレンス達と彼らは所属するギルドが異なるのだろう。


「あ、挨拶するぞ。どっかで出会ったら助けてくれるかもしれないからな」

「ちょ! いきなり悪いわよ」

「ちわーす。フローレンスさん、今日も良い天気ですね」


「こんにちは。えぇ、良い天気ね。気持ちいいわね」


 フローレンスは立ち止まり、短いながらも挨拶を返す。なおざりな感じはせず、むしろ頭も下げて丁寧であった。


「へぇ、腰が低い良い子じゃん」


 微笑みの後にペコリと頭を下げて、フローレンスはギルドへと歩みを再開し、声を掛けた若い冒険者は彼女がギルドに入っていくのを見届けた。



「キャロルさん、いないのかしら?」


「皆、もうヤニックの見舞いに行ったで」


 いつもの席に座っていたガインは、フローレンスの為にコップに水を挿しながら答える。


「ガインさんは何してるの?」


「フローレンスが来るのを待ってたんや」


「まぁ、気が利くわね。ありがとう」


「フローレンスの気が利かないだけや」


「うふふ、そうかしら」


 水とともにサラダとチーズの入った皿をガインはフローレンスに寄せる。


「パンが足りないわ」


「寝坊した奴が贅沢やわ。罰やと思いや」


 不満げに、ぷぅと頬を膨らませた後に、フローレンスは出された食事を平らげる。



「ロックさん、元気にしているかしら」


 大百足の討伐後に村を戻った後、ロックは村人に用意させていた馬に乗って、彼らよりも先に帰路に着いた。


「さぁ、どうなんやろな。しかし、何者なんやろ。金髪であれだけの剣技を誇るシャールの女騎士や貴族なんて数少ないやろうに調べても分からへんのが解せへんわ」


「綺麗な方だったわね」


「せやったな」


 シャールの街へ入る行列に並びながら、暇潰しの会話をする。


「あっ、ガインさん、あっち見て。並ばずに入ってる」


「あれは特別な人向けや」


「ずるいわね」


「入れるくらい偉ぁなったら、ずるく思わんで」


「そういうものかしら」


 フローレンスは壁を見上げながら呟く。


「そういや、大百足の味はどうやった?」


「そこそこね。ロックさんの口には合わなかったみたいだけど」


「えずくくらいなら食わんでえーのにな」


 大百足が倒れた後、ロックは『よりによって虫だとは』と愚痴りながら仮面を外して、百足の体液を飲み、体温が残る身を喰らった。


「ロックはあれを食うのが目的やったんやろな」


「そうね」


「なんでやろな」


「さぁ、私のような趣味ではないみたいだけど」


「趣味って、おまえ。下手物食いは信条って言っときや言うたやろ」


 やがて、街へと入る。



「どこに行くの?」


「やっと聞いてくれたんか。えー治療院やで。ロックの口利きって聞いとる」


 ガインは道筋を調べていたらしく、人混みを迷うことなく立派な大理石仕立ての病院へと辿り着く。


「貴族様向けやないけど、商人向けでは一番立派なトコらしいわ」


「まぁ。お高い感じがするわね」


 受付で名前を名乗り、ヤニックの部屋を尋ねる。連絡が行っていたのか、特に怪しまれることなく職員の案内付きで彼が留まる部屋へと着いた。


 ヤニックはベッドに横座りになって1人の年寄りと話していた。

 アシル達は壁際に並んで立っている。

 異様とは思ったが、ヤニックが思ったより元気そうで新たな訪問者2人は声を掛ける。


「ヤニック、大丈夫そうやな」

「いきなり倒れるからビックリしたわ」


「フローレンスさんのせいですよ。本当に痛みを消しただけで戦闘前に注意しないとか、鬼畜の所業だと思いませんか」


 洞窟からの帰りに意識を失った彼はアシルに負われ、村からはロックの馬に縛られて街へ一足先に戻っていた。

 獣に噛まれた傷口からの流血と傷口の腐敗が原因である。


「まぁ、そんなに大声まで出せるようになって嬉しいわ」


 フローレンスは動じない。


「普通に喋っただけで、大声なんて出して――」


 ヤニックの抗議は途中で遮られる。


「そうだぞ、ヤニック。自分の不甲斐なさを他人の責任にしてはダメだ」


 ヤニックの前で椅子に座る老媼(ろうおう)が叱る。

 しっかりとした口調の彼女は、皺の割には腰が真っ直ぐで、白髪混じりの髪も艶を失っていない。


 2人に挨拶するため立ち上がった彼女は、アシルには及ばないものの、ポールと同じくらいの背丈を持っていた。


「お初にお目に掛かる。ヤニックの師であるエルバ・レギアンスだ。これからもヤニックを頼むな」


 ガインは思い出す。ヤニックの師は確か魔法学校の教師だったと。

 その地位に相応しい長く立派な杖が向こう側の壁に立て掛けられていた。


「私はこれから10年後くらいに全盛期を迎える。覚えておいて損はないぞ。マジで」


 ガインはそれが冗談なのかどうか理解できず、また安易に返すと失礼になるかと答えに窮し、フローレンスに返答させようと目で合図する。それを素直に受けてフローレンスが応える。


「エルバさんは人間じゃないみたい。でも、今でも強そうね」


「ほぅ……。お前、見所あるぞ。弟子になるか?」


「お断りよ。私の方が強いもの」


 フローレンスに任せたことをガインは深く後悔していた。

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