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大百足

 岩壁に囲まれた部屋は広い。そこへフローレンスとロックが飛び込む。そして、左右に別れた彼女らは高速で移動しながら、真ん中奥に位置する敵を見る。


「まぁ、大きいわね」


 フローレンスの率直な感慨の通り、敵は巨大な百足。無数の足を蠢かせながら体をくねらせ、その褐色の節の厚みはアシルよりも高く、オレンジ色の大顎の向こうに見える大きく開いた口は人間くらいなら一呑みにできそうだった。


 大百足がフローレンスに狙いを定めたのは、ロックは金属製の鎧で身を固めているために食べにくいと判断したからなのかもしれない。

 腹を擦らせる音を響かせながら、その体の大きさからは想像できない高速で地を這う。鋭い爪が生えている脚が固められた土の上を規則正しく上下する。


「うふふ。私の方が美味しそうなのかしら」


 フローレンスの退路を絶つように、一旦扉側へ移動してから長い体は曲線を描き、フローレンスの斜め後ろから百足が迫る。


 立ち位置を決めフローレンスが構えた瞬間、部屋が赤く染まり、続いて爆音が炸裂した。


「直撃させました!」


 一気に気温が上がった部屋にヤニックの声が響く。彼が火炎魔法で百足の中ほどを攻撃したのだ。


 しかし、百足は怯まない。無傷ではなく何本かの脚は焼け落ちたのだが、それくらいでは止まらなかったのだ。


 ロックの剣も同様で、部屋の中央付近をまだ走っている百足の後部に近付き、人の胴ほどある脚を一太刀で切断するも、百足の行動は変わらず、途中で先がなくなった脚も不気味に上下させてフローレンスへと進む。


『チッ』


 ロックの舌打ちは、斬った筈の脚の先が再生されるのを認めたからだ。


「ポール! 参戦するで!」


「あぁ、任せてくれ!」


 扉が勝手に閉まらないように背嚢を重しに置いてから、ガインとポールも部屋に入る。


「――其は(まこと)なる黒蟒(こくぼう)(ものう)い!!」


 キャロルの魔法詠唱が終わり、百足の脚や何個かの節に霜が付着する。


「全然効いてないじゃない!」


 本来であれば氷漬けにする魔法なのだが、百足は体内に持つ魔力でその効果を和らげたのだ。

 ヤニックはそれを確認しつつ、2回目の攻撃魔法の詠唱に入っていた。


 フローレンスは既に百足の(あぎと)を躱しており、その背に乗って下向きに拳を叩きつけていた。


「ガインさん! どうしよう! 割れなかったわ! もぉ! ツルツルして踏ん張れない!」


「そのまま叩き続けるんだ!」


 答えたのはポール。

 ガインは方向を変えた百足の次のターゲットとなっているロックの援護に走っていたのだ。


「こっちや! あの体やから急に曲がれへん!」


『退かん!』


「言うと思ったで!」


 迫り来る百足を正面にして、ロックは自信満々に上段へと剣を両手で構える。ドラゴンを一刀両断にする伝説の中の騎士の如く百足の突進を見据えていた。

 しかし、百足も愚かではない。


『むっ!』


 突然、複眼が光る。それは目眩まし。


「ありゃありゃ、ありゃありゃー!」


 ついでフローレンスのすっとんきょうな叫び。

 百足の上半身が立ち上がったのだ。その結果、乗っていたフローレンスは転がり、尻をついて百足の背を滑る。


 続いて、地響きが上がる。百足がその巨体をロックの立ち位置に落としたのだ。


『無礼者!』


「命を救ったんやで?」


 走りを止めていなかったガインは身を投げ出し、ロックに体当たりして百足の攻撃を凌いだのだ。

 先に立ち上がったガインは、外れた仮面を拾って渡す。その時に見えた顔はやはり女性のものだった。

 荒々しく受け取ったロックはこぼした剣を気にするよりも先に仮面を再装着した。



 百足は既に進路を変え、今度はポールに狙いを定めていた。


「ガインさん! 魔法は効果が薄くて、フローレンスさんの打撃も効きません! 撤退を勧めます!」


「だぁほ!! 分かっとるわ!」


『退かん!』


「ガインさん! 私も退かないわよ!」


「前2人がヤル気なんや! 後ろが逃げる気でどないすんや!」


 それを聞いたヤニックは肩を(すぼ)める。アシルはポールの助けに駆け寄った為、部屋の外にいるのはキャロルと2人。


「このままだと、部屋の中の人が死にそうですよね」


 百足は対象を変えながら、部屋の中を縦横無尽に駆け回っている。その攻撃方法は大したことがないものの、フローレンス達は急所を狙うことが出来ていない。


「あの虫がこっちに来ないとも限らないわよね。扉を閉めちゃう?」


「それは後で皆に殺されそうです。ってか、今の発言、清純たる魔術師とかいう自称に反しますよ」


「冗談よ。……って、扉をやっぱり閉めよっか」


 キャロルが何かを思い付く。


「は? ガインさんが怒ったら怖いですよ」


「フローレンスが怒るよりは怖くないって」


「いや、フローレンスさんも怒りますって」


 キャロルは扉の重しを外し、力一杯に押して自分が通れる隙間だけを残す。

 それから、中へと静かに入ってから、大声で告げる。


「フローレンス! 私が囮になるからよろしくね!」


「まぁ、キャロルさん、流石ね!」


 百足の突進を軽やかな空中回転で躱しながらフローレンスも叫び返す。

 キャロルの提案を機に他の者も入り口へと近寄り始める。そして、何回かの試行錯誤の結果、百足の進路の先に扉が来る位置に誘導して散開する。前面に残ったのは百足に投げキッスをするキャロルのみ。


 百足はそのままに土煙を上げながら突進。キャロルは百足の勢いを正確に計り、自分が逃げられるギリギリの距離まで引き付けた後に部屋の外へ、それから、出た瞬間に横っ飛び。


 外開きの両扉は百足に難なく破壊され、猛スピードで百足の頭部が通路へ飛び出てくる。そこへヤニックの特大の火炎魔法が炸裂した。

 巨体の大百足であったものの、その衝撃で体が反対側の壁に激突する。


「ひぃ……。本当にギリギリでしたよ……。扉もこっちに飛んできてたら大ケガじゃすみませんでしたし……」


 通路の幅的に、ヤニックと百足との距離は剣2本分もなかった。


「でも、動きが止まったわよ。よくやったわ、ヤニック!」


 足下で砂まみれの顔のキャロルが満面の笑みで褒める。


「止めてください。今、褒められたら、キャロルさんなんかに惚れてしまいます」


「あはは。冗談がうまいね」


 しかし、キャロルの愉快な気持ちは一瞬で転じる。

 部屋の中に残った体を誰かが破壊したのだろう。地面を緑色の体液が大量に流れてきた。


「嘘!? きもッ!」


 キャロルは慌てて立ち上がり、ヤニックに抱き付く形となった。


「いや、本当に止めてくださいよ」 


 整った顔が目前に迫ったのと、温もりを感じるほどに体が密着していることに驚いて、彼は顔を反らして呟いた。

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