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おかしい

 どれだけの時間を歩いたのか、どれだけの距離を進んだのか、選んだ進路は正解だったのか。そんな迷いが進む者を知らずの内に緊張させ、体力を奪っていく。

 視野や空間が狭く、地上とは違った取り回しが必要なことも彼らに余分な労力を課し、足取りも重くなりつつあった。


 崖に開いた洞窟の中は魔物の潜む迷宮となっていた。打ち倒して進み続けたが、最後衛だったヤニックが背後から獣に脚を噛まれたところで治療兼休憩となっている。

 普段の彼らなら受けることのない奇襲だったが、勝手の違いと疲れが明確である証拠であった。


 それまでの松明は壁に立て掛け、キャロルの照明魔法で視界を確保した。彼女の魔力を温存するために移動中は控えていたのだ。



「なんて間抜けなんだッ!!」


 アシルが吠える。本人としては鼓舞するつもりなのだが、そんな意図は誰にも伝わらない。


「イタタ……。きっついですよ、アシルさん」


 幸いに傷は深くない。牙は肌を突き破った程度で止まり、大切な筋肉や骨には達していないようだった。

 異変を察したガインが素早く振り向いて、獣を蹴り飛ばしたお陰である。



 ヤニックの魔術師らしいローブはたくし上げられて、魔法使いらしい貧弱な太股を露にしていた。


「きついかもだけど、どう?」


 止血のために探索用の綱を短く切り、それを強く縛ったキャロルがヤニックの様子を観察しながら尋ねる。


「いや、痛いのは変わらなくてですね。……ちょっと困りましたね」


 立とうとはしたが足に力は入らず、彼は途中で諦める。


『回復魔法を使えるヤツはいないのか?』


「おらんで」


 ロックが他人の心配をしたことに意外に感じながらガインは答える。


『回復の秘薬は?』


「貴族様じゃあるまいしやな」


『では、どうする?』


「撤退やろ」


 ガインの言葉にロックは黙る。仮面で表情は読めないが思案している様相である。


「唾を付けたら痛いのも飛んでいくわよ」


 周囲の警戒から戻ってきたフローレンスだが、会話はきこえていたのであろう。にこやかにそう言った。


『そんな訳はない。そんな汚いものを傷口に付けたら化膿するだけだ』


「酷い。汚くないわ。試してみましょうよ」


『止めろ。仕方ない。後で回収の前提で負傷者は捨て置き、前へ――』


 この発言で「本職は軍人さんやな」とガインは心の中で呟く。


「ロック、俺達が仲間を見捨てる訳ないだろ。言葉に気を付けろ」


『仲間だからこそ、他の仲間の足を引っ張りたくないものであろう。この者の悲痛な願いを聞いてやるのだ』


「そ、そうなのか、ヤニック? お前、すげーな……」


「いや、僕は助かりたいんで置いていかないでください。アシルさん、おんぶ。キャロルさんでも良いです」


「ふざけんな! 根性で歩け!」


「一番非力な私を選ぶのはおかしいでしょ。フローレンスに頼みなさいな」


「いや、たまにですけど、フローレンスさんには狂気を感じる時があるんで。いや、たまにですよ」


「もぉ、ヤニック君たら冗談でも女の子に狂気なんて言っちゃダメだわ」


 ヤニックの勘は鋭い。だから、フローレンスが近寄った時には体を軽く震わせた。


「はい、痛み止め」


 手のひらにペッと唾を吐き出し、ヤニックの傷口に刷り込む。


「ひゃっ! 痛っ!! ……くない?」


「痛み止めだもの、うふふ」


 フローレンスはヤニックの太股を確かめるようにペチペチと叩きながら笑う。


『……本当に進めるのか?』


「行けそうですね。痛くない」


 ヤニックは立ち上がり、数回の屈伸の後にそう答えた。


「無理せえへんでえぇんやで」


「捨て置かれたくはないですからね」


 ヤニックの直接的な皮肉にロックは反応せず、フローレンスが壁に手を当てて自分の唾とヤニックの血が混ざった液体を拭いているのを見詰めていた。


『信じられん。しかし、民間療法は私には合いそうにないな』


「フローレンスがおかしいだけだから。そんな民間療法ないからね」


『おかしいという気持ちを共感できて安心した』


 寡黙で、口を開けば自分本意な発言を繰り返すロックから人並みな言葉が出たことにキャロルは笑みを浮かべた。

 フローレンスがどんな技を使ったのか、一々理屈を考えていては頭が痛くなる。



 奇襲を反省し、最後尾を交替しながら彼らは進み続け、やがて最深部と思われる場所に彼らは辿り着く。

 別れ道がなくなり、アシルの背丈よりも高い両開きの鉄扉を前にしていることからの判断である。


「やっと終わりかよ!」


「中は金銀財宝? 分け前は均等に人数割りよ」


「なんで、こんなもんが地下にあるんですか。おかしくないですか」


「ヤニック君、これが冒険よ」


 他の者が喋っている間に、ガインとポールは慣れた様子で扉に取り付く。それを見て、自然と自分達の配置へと移動する。取り決めは必要なく、それぞれの思った位置が最適解へと繋がっていた。


「ガイン、そっちは任せた」


「分かったで。何が出てくるか分からへんから、戦闘準備は忘れんといてな」


 ガインの言葉は念のためであり、言われることもなく、既に彼らは準備を整えている。

 特に、フローレンスとロックは一気に部屋へ飛び込む意気込みを見せていた。

 フローレンスについては以前から認められていたが、ロックの能力も今までの戦いで前線を任せるに値すると判断されていた。


 扉は両側から引くタイプで、親切にも持ち手の輪っかが左右に取り付けられており、それをガインとポールが担当する。

 扉正面から後ろに下がった所でヤニックとキャロルは魔法詠唱に入り、キャロルが先行して照明魔法、ヤニックは敵を認め次第に得意とする火炎魔法を射つのだろう。その段取りは視線だけで行われた。

 この2人の魔術師の前にはアシルが配置され、逆に先制を受けた際に守護する役目を担う。

 そして、落ち着きなく屈伸するフローレンスと鋭い剣を静かに抜いたロックはアシルより前である。


「開けるで」


「あぁ、ガイン、行くぞ!」


 錆び付いた鉄扉は重いが、一旦動き出すと金属が擦れる音とともに勢いを増しながら開かれる。

 照明魔法が内部を照らす。同時に剣士と拳士が中へと突入した。

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