黒剣士ロック
明くる日、6人がいつものように朝食後のゆったりとした時間を過ごしていると、黒い剣士が遅れてやって来た。
昨日と同じく皆と卓を囲む意思はなく、ポールがわざわざ作ったスペースは無駄になる。
「話せてなかったが、今日は西の森へ行くぜ」
アシルが言う。
昨日の挨拶が終わった直後に、黒い剣士は巫女長とともに去ったため、今後の話が出来ていなかったのだ。
「そこで白い獣の目撃談があるんやわ。数日の滞在になるけど、準備大丈夫やろか?」
来ると言うなら拒まないが、剣士のための用意はしていない。そんな旨をガインは伝えた。
『ダメだ』
仮面の奥から剣士は短く声を発する。
火傷で酷い傷を負っているとは聞いているが、仮面の後ろにある肩までの金髪はとても綺麗に整えてあり、女性であろうと男性であろうと美形であったことが想像される。
「じゃあ、また次の機会ね。宿屋くらい教えて貰わないと、私達は連絡もできないからね」
キャロルが平気な顔で言う。了承したものの、黒い剣士が自分達の冒険に耐えきれる技量なのか確認していない現状では、置いていく方がお互いに安心だと判断している為だ。
『ここに行く』
黒い剣士がテーブルに広げたのは1枚の地図だった。まだ新しく、且つ、使用されている色も多く、地形も精微に描かれていた。
「これは……」
ヤニックが絶句する。明らかに一般には出回っていない軍事用の地図。口に出して指摘して、それを誰かに聞かれて密告されたら、見ただけの自分達さえ罰せられる恐れのある代物だ。
その驚きを無視して、剣士は続ける。
『この赤丸の場所に地下迷宮がある。そこに行く』
「あ? 勝手に決めんなよ!」
アシルの脅しに仮面の剣士は一切動揺しなかった。
『聖竜は地下に住む。竜神殿の古書にあった』
「あんたも聖竜を探しているのか?」
『そうだ』
「奇遇ね。私達もよ」
『知っている。だから一緒に行く。今回は違うものだろうが試したい』
ガイン達がギルドの依頼書に手を付けずに聖竜探しを続けていることは、このギルドの中では有名な話だ。シャールの数多い冒険者の中でも、間違いなく上から5本の指に入る有能な集団が遊んでいるのはギルド側としては手痛いことでもあった。
「ガインさん、ご提案を受けましょう。ロックさんと旅をしながら仲良くなりたいし」
フローレンスはニコニコしながらそう訴えた。
「しゃあないわな。森へ行くよりも可能性がありそうやしな」
とは言ったものの、軍用の地図を憚りなく見せ、竜神殿の巫女長とも繋がりのある無名の戦士。内心、ガインは剣士ロックを訝しんでいた。
場所はシャールの北方。シャールの属する王国と隣の帝国の境界付近である森林を曲がりくねって縦断する狭い街道に沿って、馬車で移動すること2日。その旅程で最も目的地に近い村に着いた。
その小さな村で食料などを補給し一夜を過ごす。そして、朝から徒歩で山に入って半日。
山肌を削って赤土まみれである崖崩れの跡地に、ぽっかりと穴が開いていた。入り口の高さはフローレンスの背丈くらいで低いが、中を少し覗くと、その先は大きな空洞になっているようであった。
「ンだよ、その地図、正確過ぎるだろ!」
アシルの指摘通りで、方角や距離を示す歩数の正確性が、自分達で入手できる地図の範疇を越えていた。
「金払いも良かったしね。何者よ?」
村で物資を調達する際に、全額を色を付けてロックが支払ったことをキャロルは言っている。
『何回訊かれても答えぬぞ』
4日間、この調子である。仲間に入りたいと申し出たのはロック側であるのに、自ら交流しようという気配はなかった。
高位の武官もしくは上級騎士だろうか。しかし、そんな連中がわざわざ冒険者と同行して、迷宮探索なんてことをする必要がない。
「でも、ワクワクするわね! 今からここに入るのよね!」
フローレンスは場違いに楽しそうである。感情を抑えきれずに両手を組んで跳び跳ねるくらい。
「フローレンスさん、子供みたいに喜び過ぎですよ」
「私、初めてなのよ! ほら! 小さな頃に読んだ物語の冒険みたい!」
フローレンスの歳は19。もう少女と呼ぶのは烏滸がましいかもしれない年齢ではあるのだが、年齢より幼く見える外観のお陰で皆に違和感は与えなかった。
「そんな楽しいもんとちゃうやろ。ロックはん、今から夕方になるさかい、戻って準備することを勧めるで?」
『私は忙しい。行くぞ』
「忙しいって、もう街を出てから4日目なんだけどさ」
『だから、もう時間がない』
聞かずに穴へ向かおうとしたロックをガインが慌てて留め、ポールに松明を用意させる。
「この先に何があるんや?」
『知らん。私も初めてだ。しかし、たまにこういう洞窟が出てくるらしい』
ポールから松明を受け取ってロックは再び歩みを始める。その傍らにはフローレンスが寄っていった。
次から隔日掲載とさせてくださいm(_ _)m
色々と仕事が集中してストックが貯めれませんでした……。