巫女長からのお礼とお願い
本当に座らない様子の巫女長であったが、シャールの支配者層のトップクラスを立たせたままにする程の度胸はアシルもヤニックも持ち合わせておらず、近くの椅子を2脚寄せることで席を作る。
「申し訳ないわね」
本当に済まなさそうに老婆は着席した。お世辞にも綺麗と言えない食堂の古い椅子なのに、高価な巫女服が汚れることを厭わなかった。その表情は穏やかで、その人物が竜神殿のトップに相応しい人格者であることをガインは確信する。
一方、仮面から靴まで黒い装いで統一した剣士は一歩も動かずに佇んでいた。
その様子に軽い苦笑を浮かべた巫女長であったが、好意を受け入れるように伝えることなく冒険者達に話を始める。
「今日、皆様をご訪問させて頂いた理由は2つ」
歳に似合わないしっかりとした口調で語り始める。フローレンスでさえ姿勢を正したのは、巫女長の佇まいに神性を感じたからなのかもしれない。
「1つは私の友の仇を取って頂いたお礼」
「礼?」
キャロルが聞き返す。
「えぇ。あなた方が倒した魔物の体から出てきた巫女服。あれは、28年前に湖の中に引き込まれて命を落とした巫女のものでね。彼女は私の友だったのよ。うふふ、野垂れ死んでも良いように服に名前を縫っておけって、この友人の言葉だけど、本当に役に立ったわね」
表情は穏やかであったものの、最後の口調は明らかに悲しみと寂しさを含ませていた。
巫女服については魔物の体内から発見されて、ギルドから神殿に連絡が行っていたのであろう。
「ありがとう。友と再会できたみたいで嬉しかったわ」
一転しての巫女長の柔らかい笑みの後に沈黙が続く。フローレンスの一行は誰もが言い出せなくて、しかし、期待して静かに待っていたのだ。
「もしも良ければの話なのだけど、皆さんにシャールでのお仕事をご紹介しましょうか?」
彼女が言った仕事とは冒険者への依頼ではなく、シャールでの職業を斡旋するというものであった。それは皆にとって期待外れでもあった。
このツィタチーニアという巫女長は人格者ではあるが、冒険者という職を他よりも下に置いていることも理解した。
「結構な申し出やけど、断るわ。こんな言葉遣いやから普通のは務まらんで」
「私も遠慮しとく。異教で申し訳ないけど、教会での就職が決まっているから」
「まあ、本当に残念だわ。でも無理強いは良くないわね。他の方は?」
「僕はシャールの魔法大学の生徒なんで……」
「まぁ、担当教官は付いてらっしゃる? 口利きできるわよ」
「……エルバ先生です」
「若返りの? あの方、本当に若くなっておられるわね。昔は腰が曲がってしわくちゃだったのに、今では私よりも若く見えるのよ」
「えぇ。先生からは来年から旅をするように言われていて、今はガインさん達に付いて、あと半年ほどは修行です」
ヤニックはシャールの冒険者ギルドに到着したばかりのガイン達に頼んでパーティーに入れてもらっている。1ヶ月ほど前のことだが、持ち前の柔軟性から、完全に冒険者生活に馴染んでいる。
「俺は自由に剣を振るえる今の環境で満足している。悪いな」
「そうなのね。貴方も?」
「俺は……まぁ、俺も皆といる方が楽しいかな」
最も迷ったのはポール。フローレンスの顔を見てから、答えた。
村を出て手ぶらでもできる職であったからやっているだけで、冒険者を続ける理由は彼にはなかった。断ったのは場の雰囲気に流れただけである。
最後、フローレンスが口を開く。
「何でも良いなら、私を竜の巫女にして頂けるかしら?」
「本当にごめんなさい。竜の巫女になるには聖竜様のお声が聞こえないといけないのよ。もしも聞こえたら神殿にいらっしゃいね。歓迎したいわ」
申し訳なさそうに断った巫女長は次の話題へと移る。フローレンスも続けての要求はしなかった。
「この方があなた方と御一緒したいらしいの」
巫女長が示したのは黒い剣士で、ガイン達の視線が集中する。
肩幅は狭い。装備で体型を隠しているものの、恐らく女性。黙ってはいたが全員一致の見解だった。
「えぇけど、仮面を取ってもらえへんか? 顔くらいは仲間に見せてもらわんと」
「ごめんなさいね。酷い火傷で他人に見せたくないらしくてね。魔法でも治せないの」
「そうなんか。それじゃ、仕方ないわな。皆はどうや?」
「良いんじゃないの」
「えぇ、仲間は多い方が嬉しいわ」
「しかし、そいつは一言も喋ってないぞ。喉も焼かれてるんじゃないだろうな? 声も出せないヤツが役に立つか不安だぜ」
アシルの精一杯の断りの言葉だ。自分達よりも圧倒的に地位が高い巫女長の機嫌を損ねないように、彼には珍しく気を遣った。
『大丈夫だ。喋れる』
仮面の為にくぐもっただけではない。人間ではない無機質な硬い声色を出したのだ。
「喉も焼かれているのは正しいわ。でも、魔道具で補正することで、何とかなっているの。その為の仮面でもあるわ」
信じるしかない。
「俺ら、結構な危険な仕事を請け負ってるぜ?」
「大丈夫よ。この方の腕は私が保証するから」
巫女長の物腰は柔らかい。しかし、黒い剣士を彼らに預けたいという気持ちは揺るぎそうになかった。
「お名前は?」
『……ロック』
「そう。ロックさん、今後ともよろしくね」
フローレンスが歓迎するなら仕方ないかと、アシルもボールもこれ以上はささやかな抵抗を控えた。