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深夜の森

 満月が静かに木々を照らす。しかし、その光は鬱蒼とした森の中には殆ど届くことはなく、暗闇の中でランタンの灯りが心細そうに揺れ動いていた。


「ちょっと! 速すぎ! 後ろ2人がはぐれる!」


 若い女の鋭い声が先頭を進む男へ向けられるも、胴を皮鎧で守っている男はそれを無視する。


「アシル! 聞こえてる!?」


「チッ」


 闇の中に潜む魔物への警戒、一向に街道へ出ない焦り、体力に劣る同行者への苛立ち。

 彼の舌打ちは、そんな感情から来ているように思えた。


「速すぎるらしいで」


 2番目を歩く青年が見かねて皮鎧の男に声を掛ける。彼が手に掲げている魔導式のランタンは先程から明暗を繰り返していて、その寿命が程ないことを告げている。


「1人はフローレンスだろ! あいつははぐれても大丈夫だ!」


 ようやく先頭の男はやけになったように叫ぶ。


「それよりも早く森を抜けるべきだ! ガインのランタンも限界だろ!」


「イカれてもうてたなぁ。確認不足やったわ。堪忍やで」


 ガインと呼ばれた男は自分のランタンを見てから、先頭の男が振り向くことはないと知りつつも、雰囲気を和らげるために笑顔を作った。


「並びを変わりますよ、アシルさん」


 ガインの後ろを歩く長身の男が気を利かせる。


「ヤニック、お前、焼け野原を作りたいだけだろ!」


「そんなことないですって。今日はうまくやりますから」


 長く細い腕をあげて、自慢の杖を掲げる。


「やめてや。炎にまで追われることになったら大変やわ」


「えー、ガインさんまで酷いなぁ」


「前例があるからだろ!」


「アシルさんはいつも怒ってばかりですよね。だから、歳も行ってないのに禿げるんです」


「ハゲてねーだろ! 俺は!!」


「ガインさん、どう思いますか?」


「ノーコメントやわ」


「どういう意味だ! 否定しろよ!」


 遂に先頭の男の歩みが止まる。結果、後列を待つ形となる。


「待つわよね?」


 最初に声を発した女が3人の男へ尋ねる。彼女もまた杖を片手にしていたが、細身の優男ヤニックの木の枝と見違えそうな粗野な物とは違い、形を整えられた上で白く塗られていた。

 点滅も弱くなってきたランタンが彼女の美しい顔を照らす。黒い前髪が汗で額に張り付いているのを、無視したばかりのアシルは艶かしくも思った。


「誘き寄せるにしろ、いくら何でも離れ過ぎじゃない?」


「キャロル、あんま声に出したらあかんで。敵さんは慎重派みたいやわ」


「なら、作戦通りだな! このまま後列を引き離すぞ!」


「だから、声に出したらあかんて」


「ガインさん、ちゃんと釣れてます?」


「お前ら、俺の話を聞いてへんのかいな。声に出したら勘付かれるやろ」


 ガインは男としては背が低い。それこそ、清らかなる聖杖を持つ女キャロルと同じくらいである。

 大雑把に言うと体格が大きいほど戦闘で有利である。そして、魔物との戦闘を生業とする彼らは強さを尊ぶし、重要視する。また、訛りの強い彼は明らかに遠い異国の出である。

 そんな外見の悪条件を跳ね返して、実質的に彼はこの集団の中心にいた。



「ガイン! 声は聞こえるけど、どこにいるのか教えてくれ!」


 4人は顔を見合わせる。

 迫真の演技と思いたいところだったが、声の主にそんな器量はないはず。


「本当にはぐれてやがったのか!」


「ポールさんは間抜けだったんですかね」


「どうするの?」


「まぁ、ほんまにはぐれてるんやったら、敵さんも素直に襲ってくれるやろ」


「そうだとして、こっちもポールさんの居場所が分かりませんよ?」


「あいつの防御技術は天下一品やで」


 軽口を遮って、更に状況を伝える声が続く。


「後ろにいたはずのフローレンスがいないんだ!」


 ポールは最後尾だった者に起こった異変を告げたのだ。


「……まさかよね、あのフローレンスが……」


「まさか過ぎるだろ!」


「でも、一飲みで食べられたとか」


 彼らは旅人を度々襲っている魔獣を狩るために森へと入っていた。その正体は不明であったが、足跡を目敏く発見したガインの目算では、夜行性である蝙蝠豹。大きな翼で夜空を旋回し獲物を見付ければ上空からの急降下で捕らえる。知恵を持つ獣であり、満月の明るい夜には空を飛ばずに樹上に隠れて、獲物を待つ。


 そんな魔獣に彼らの仲間の一人が襲われたのではないかと危惧したのだ。


「ンな訳ねーだろ! あいつなんかを食ったら腹を壊すぞ!」


「ですよね。あの人、食べられても物理的に腹を破壊して出てきそうですし」


「そうだよ。あの子、色々とおかしいもん」


 それは明かな気の緩みで、隙だった。少なくとも魔物はそう考えた。

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