第一章 機械の存在意義(4)
眠ってしまった二人の向かい側で、クリスタルはぼんやりしていた。視界が定まっていないのは、無線通信で、ユーグのPRストリーミングを視聴しているからであった。彼女は、本来ならばコンピュータのモニターや、情報端末の画面で流すように作成されているストリーミング映像を、自分の視覚に直接投影して、ヴァーチャルリアリティーのように見ることが可能であった。考えてみれば、最初からこうすればよかったのだ。何故気付かなかったのだろうと、クリスタルは自分をやや疑った。
『我々の任務は過酷です――』
ナレーションの渋い声が流れ、宇宙の危険地域の映像が流れている。ある映像は磁気嵐が吹き荒れる宙域であり、ある映像は、これ見よがしにそれっぽく見せかけられた、違法な宇宙船の張りぼての映像であった。
「この張りぼて感は、ひどいですね。もう少し何とかしたほうが」
そんなことを呟きながらも、クリスタルは映像に魅入っていた。PR映像は三本あり、既に、概要紹介である一本目は視聴し終わっていた。今見ているのは、訓練の概要紹介のPR映像である。
確かに、ユーグとは、銀河間連盟内における、あらゆる宇宙で人命救助を行う組織であった。戦闘中の宙域に飛び込んでいくのがメインではあるが、遭難宇宙船の救援も行っているようである。その為、恐ろしく荒れた宙域に出かけていくこともある。ほとんど惑星内に出向くことはないようだが、戦災により焼けた都市から住民を避難させる訓練も行っている。要請があれば、可能ではあった。しかし、活動場所のメインは宇宙であり、戦災救助としては、戦争が行われている宙域の、宇宙ステーションからの住民の移送が中心である。つまりは、戦争をしている両文明の者というよりも、戦争に巻き込まれた無関係な文明の住民達を助けることが、ユーグに寄せられる主な依頼内容なのであった。要するに、戦闘に介入はしないし、どちらかの住民に肩入れもしないから、戦争は両文明間だけでやってくれ、というスタンスである。
戦争終結に向けた介入は、銀河間連盟評議会が持つ、連盟軍の役割という訳だ。もっとも、連盟軍からの要請を受けることもあり、それが起こり得るのは、明らかな侵略行為が認められた場合で、被侵略文明の住民救助は行うとしている。
「……思ったより、こう、何というか、話を聞くと怖いですね」
それが率直なクリスタルの感想であった。二本目の映像が終わり、三本目の映像を再生する。大仰な音楽と共に、音声と共に、タイトルの文字が飛び込んできた。
『ユーグの装備紹介』
三本目の内容であった。そして、映像が切り替わり、様々な艦艇や小型機の映像が次々に移っては消えていく。それを、クリスタルは初めのうちは何気なしに眺めていたのだが。
小型機がミサイルを撃つ一瞬の映像で、凍り付いた。思わず再生を止めて、立ち上がる。
そして、周囲を見た。間違いなく、ロワーズ邸のリビングルームであった。向かいのソファーで、サ・ジャラとグロッドは、毛布を掛けてまだ眠っている。
「……」
無言で、クリスタルはソファーにまた腰かけた。言いようもなく恐ろしいものを見た、彼女はそう感じた。人を殺す機械。人々の暮らしを破壊する為のシステム。クリスタルは、その現実に、激しく拒否反応を示したのであった。
ただ運搬車両に乗せられたミサイルの画像を、グロッドに見せられた時には何も思わなかったものの、実際に射出される機構を見た時、この世で最も恐ろしい場面を見た気分になった。置かれているミサイルには何処か現実味を感じなかったが、動作しているところを見ると、とてつもなく許されない光景を見たとしか思えなかった。
クリスタルは、自分も機械として、機械は人々の役に立ってこそ、存在意義があると信じている。だからこそ、それに真っ向から反する、人々を不幸にする破壊用兵器の存在は、理解の範疇を超えていたのである。
「怖い」
クリスタルは気が付くと、泣いていた。
「なんて怖い」
その声に、サ・ジャラが目覚めた。
「どうしたのです?」
やや乾いた、寝ぼけた声で、サ・ジャラが尋ねた。
「恐ろしい映像を見ました」
とだけしか、クリスタルには答えられなかった。思い出したくなかったのである。彼女が視聴した映像は、データとして保存されている。思い出せば、またそれが再生されると思い、怖かったのであった。
「何を、見ていたのですか? ゆっくりでいいです。教えてください」
「ユーグの……PR映像を」
途切れ途切れに、クリスタルが答えると。
「ああ、広報用の。――三本目、ですよね」
理解した、という顔を、サ・ジャラもした。
「はい、そうです」
大粒の涙が、クリスタルの目から溢れた。その涙は、本来、アイカメラの洗浄用ではあるが、不要な水分を、ボディー外に排出する機能も併せ持っていて、ある程度水分が溜まっている場合、クリスタルの感情に合わせて、『泣ける』ようにもなっていると、サ・ジャラは言っていた。
「あなたには辛い映像ですよね。あなたには受け入れられないでしょう。よく分かります」
サ・ジャラは静かに、ただ、頷いた。
「でもね、クリスタル。私達には、それが必要な時もあるのです。想像してみてください。動けなくなった宇宙船が、宇宙を漂っています。そこに、大きな隕石が迫っています。放置すれば、船はぺちゃんこに潰れてしまいます。そんな時に、ミサイルがあれば、隕石を砕いて船を助けることができるのです。破壊するもの、破壊するときをちゃんと選べば、それは人を不幸にするものではなくて、ひとを助けるものになるのです。勿論破壊する機械は怖いものです。だから、私達は、使う場所、使う相手を、間違いません。分かって、くれるでしょうか」
「理屈では……分かります」
クリスタルは頷いた。だが、恐怖は消えなかった。
「でも、怖いです」
「そうですか――そうですよね」
サ・ジャラの声は優しく、そして、もどかしそうであった。クリスタルが感じた恐怖は、取り除けるものではないと知っているようでもあった。
サ・ジャラは立ち上がり、クリスタルの隣に並んだ。そして、縮こまって座るクリスタルの肩を抱くように、自分も同じソファーに腰をおろした。
「その映像は、もう見るのはやめましょう。きっとあなたには、まだ早すぎたのです。あなたがもっといろいろなことを知って、いろいろな体験をしたら、理解できるようになるのだと思います。だから、今はそのデータには蓋をして、仕舞いこんでしまいなさい」
「はい。そうします」
そう頷いて、クリスタルは、サ・ジャラの手に自分の手を重ねた。そして。
何故か、次の瞬間、サ・ジャラの手を自分の肩から払いのけていた。
「あ……」
クリスタルの表情が固まる。
自分でも、何故払いのけたのか、分かってしまったからでもあった。
「ごめんなさい。私は……そんなつもりじゃなかったのに。あなたの手も、あれに触れているんだって、私の頭の中でそんな判定が、起きてしまって……それで」
弁解も、しどろもどろになった。まさに、その通りではあったのだが、サ・ジャラはユーグのメカニックである。ミサイルや、その射出機構の整備もする。優秀すぎるクリスタルの人工頭脳が、瞬時に、そのことを理解してしまったのであった。その瞬間、クリスタルの認識にとって、サ・ジャラの手は、忌避すべきものであった。
「あ……ああ。そうですね。分かってしまいますものね」
目を見開き、それから、サ・ジャラは自分の手の甲を、寂しげに見下ろした。
「あなたは正しいです。その通りです。私が軽率でした」
そう言って、サ・ジャラはクリスタルの隣から、席を離れた。クリスタルは申し訳なさそうで、同時にまた、怯えている目で、サ・ジャラの姿を追った。
「グロッド」
と、サ・ジャラはグロッドを揺り起こした。目覚めたグロッドが、彼女を見上げると、
「帰りましょう」
とだけ、サ・ジャラは彼に声を掛けた。
グロッドは状況が呑み込めないように、サ・ジャラを見て、クリスタルを見た。それから、何かがあったのだということを理解したように、彼も立ち上がった。
「分かった。邪魔したな、クリスタル」
何も聞かずに、グロッドは、サ・ジャラと一緒に出ていった。クリスタルは、そのことに何処か安堵している自分に気付いて、自分が何かを間違えているような気分にもなった。
しかし、何が間違っているのかは、彼女には分からなかった。
それが悔しくて。
クリスタルは、また、泣いた。
彼女には、自分が何かとても恐ろしいもののように思えた。




