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第四章 機械は夢を見ない(8)

 採用試験から、一二日。

 評議会からの召喚を待つだけになったクリスタルの元に、彼女が想定していなかった場所からのメッセージが入り、彼女は混乱していた。

 大慌てでライモーに連絡を入れ、広場に何とか呼び出すことができたクリスタルは、ロワーズ邸を飛び出すうように外出していた。生憎その日はアルバートは不在であった。

 クリスタルが広場に着いた時には、既に、ライモーはいた。以前二度ほど会った時と同じベンチに座り、クリスタルを待っていた。

「やあ」

 転げるように走るクリスタルを見て、ライモーが笑う。クリスタルは挨拶も抜きにぶしつけに尋ねた。

「本気ですか?」

 クリスタルの質問にも、ライモーは静かに笑った。

「何のこと?」

 と、その質問は想定していたとばかりに、ライモーは笑った。

「ユーグからのメッセージです」

 クリスタルは、ベンチに腰掛けることも忘れたまま、ライモーに尋ねた。

「あー、それはここでは話せないなあ。ユーグに質問してくれないと。ただ、冗談でも間違いでもないよ。それだけは言っておこう」

 悠然と座りながら、ライモーが頷く。クリスタルがユーグから受け取ったメッセージは、紛うことなき採用通知であった。

「おめでとう」

「何で採用になったのか、全然分かりません」

 クリスタルは全く理解ができなかった。絶対自分なら採用していないと言える確信があった。

「そうか……んー、まあ、君の混乱は解いた方が良さそうなことは分かった。僕が、こんなことを話したなんてことは、秘密にしておいてくれよ」

 そう断ってから、ライモーはクリスタルに、理由を話して聞かせた。

「君がユーグでやりたいことを熱弁したじゃないか。自覚はなかったのかもしれないけど。彼等も、君が選んだやりたいことを知って、喜んでいるよ。本当は辞令が出るまで知らないことにしてもらわなきゃいけないんだけど、君が納得する為に、彼等にも、君がまだ半信半疑だと連絡しよう――すぐ、彼等からもメッセージが来ると思うよ? もっとも黙っていてくれよ。こんなことが明るみに出たら、僕も彼等も懲戒処分になってしまう」

「……」

 何のことか分からないでいるクリスタルであったが、そんな彼女に、二通のメッセージが、届いた。ライモーが宣言した通りのように思え、クリスタルは内部的に届いた二通のメッセージを読みだしてみた。

『うちの部を選んでくれてありがとう。採用おめでとう』

『君と一緒に仕事ができる日が今から楽しみです』

 その二通ともに、送り主の名には、クリスタルも覚えがあった。エリサ・サワミと、ハンス・アンカー。一日体験の一般コースでお世話になったひとたちであった。そのメッセージを受け取ってはじめて、クリスタルは、自分が面接の最後に何を言ったのかを自覚した。

『ユーグが人々の命を守って日々どれだけ命懸けでそれぞれの役目を果たしているのかは、理解できているつもりです。そして、私はできるだけ多くの人に、その思いを知ってほしいと考えています。その為に私ができることをする許可を頂いても宜しいですか?』

 一字一句間違えずに思い出すことができる。今思えば、確かにそういうことがしたい、ということを、確かにクリスタルは言っていた。

「あれだけ熱意をもってユーグの活動を、もっと知ってもらえるように広めたいって言われちゃね。能力があるのは最初から分かってるんだ。こっちも受け取らない訳にはいかないよ……今更入隊辞退とは言わないだろう?」

 ライモーも立ち上がり、クリスタルの肩に手を置いた。そして、また笑う。

「だた、大変なのはこれからだ。君の獲得を狙っている部署は多い。救助部隊から開発部、果ては司令官室からも注目されている。つまりはそれだけ能力を期待されているということだ。なんたって、一日総司令官をミスなくこなした程の大型新人だからね。手は抜けないと思った方が良いぞ」

「それはもう。むしろ、手の抜き方なんて分からないくらいです。分かりますよね?」

 クリスタルも、笑った。間違いなく採用になったのだということには、まだ驚きを感じずにはいられなかったが、事実であるのなら、やるだけだという思いは固まっていた。

「あ、そうそう。君の発言だけどひとつ誤解をしているようだから、正しておくよ」

 ふと、ライモーが思い出したように言う。クリスタルは何のことなのか、首を捻った。

「はい……」

「君は自分に意思の力がないと言ったけど、それは間違いだ。むしろ、君の意思は、頑固だと言って良いくらい強い。それこそ、あのロワーズ総司令官を、こまめに家に帰らせるくらいだから相当だよ」

 ライモーの言葉は、クリスタルにはすぐに受け入れがたい言葉であった。彼女が理解できないでいると気付いた彼は、すぐに言い方を変えた。

「君は、こうであるべきといったことや、自分にとっての事実と違うことを否定されると、割合ムキになりやすいんじゃないか? 思い当たることはない?」

「……」

 確かに、惑星アミナスで、グロッドに言われたと、思い出した。そういうことなのだと、ようやく、クリスタルにも理解できた。

「あります。……でも、なんだか、思い込みが激しいって言われているみたいで、ちょっと恥ずかしいです」

「そうかもね。僕はそのくらいの方が可愛げがあって良いと思うけど」

 そう言って笑い、ライモーは手を振って去って行った。去り際に、こうも言って。

「多分夜にはロワーズ総司令官も帰ってくるだろうし、サ・ジャラも駆けつけて祝ってくれるだろう。早いうちに家にお帰り」

 確かにその通りであろう。クリスタルもロワーズ邸に戻ることにした。そして、彼女が屋敷に戻った時には、幸いと言って良いのか、まだアルバートも戻っていなかった。

 クリスタルは自室に入り、これから自分が活動する上で、何か参考になるようなものがあればと思い、ネットワーク越しに情報を探した。そして、一度見て以来、ユーグのPR映像を最後まで見ていなかったことを、思い出した。

 三本目だけをもう一度見ようかと最初は考えたが、どうせなら、と、三本のPR映像をすべて最初から視聴することにした。

 一本目を見て、二本目を見終わる。そこまでは以前見た記憶の中にもある映像である。ただ、以前視聴した時には何も思わなかったが、改めて視聴すると、時々映る人物の中に、ハンスがいることが分かって少しうれしい気持ちになった。これからは、同じ部隊の先輩である。

 二本目を見終わったところで、いったん休憩を挟んで、以前恐くてすぐに見るのをやめてしまった三本目のPR映像を、クリスタルは意を決して視聴した。

 装備紹介。身構えていたが、ミサイルの発射シーンが流れても、以前程は恐いとは思わなかった。全く恐怖を感じなかったわけではないが、それでも、拒否感で立ち上がってしまうようなことはもうなかった。

 航宙艦の紹介が始まり、ローセアが映った。クリスタルが知っている砕けた口調ではなく、硬い丁寧口調で艦艇乗りの日々の信条を語っている。それがひどく似合っていない姿のように見えて、クリスタルにはおかしく見えた。思わず、笑い声を上げてしまう。

 信条を語る様子と交互に、様々な艦艇が紹介される。一隻一隻の紹介ではなく、艦船の種類の紹介であった。そして、艦艇乗りの代表としてローセアの語りが途切れると、映る人物が変わり、次に日々の整備を行っている整備兵達のモットーが語られ始めた。映ったのは、サ・ジャラであった。随分前に撮られた映像なのか、緊張していて口調が少し怪しい。微笑ましい映像に、クリスタルには思えた。

 そんな風に視聴を続け、気付くとその映像も終わっていた。やはり忌避感は感じなかった。軽い恐怖は残るものの、何処か誇らしい気持ちが、それよりも勝った。

 余韻に浸っているクリスタルに、またメッセージが一通届いた。それは評議会からのものであった。

 クリスタルはそのメッセージを、すぐに人工頭脳の中で閲覧した。そこにはこう記されていた。

『ユーグに採用されたという連絡を受け取ったことをここに連絡する。ユーグでの入隊手続き完了時点をもって、評議会は、クリスタルを機械生命体として、永久に正式に認定するものとする。おめでとう』

 文面は硬かったが、差出人の名前だけで、クリスタルは温かい気持ちに慣れた。署名では評議会理事長バルファの名と、評議会副理事長レサの連名の形をとっていたが、差出人は、レサであった。

 私も頑張る――クリスタルは、レサに、そう言われた気がした。


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