第四章 機械は夢を見ない(3)
そして、それから一〇日が過ぎた。
クリスタルはロワーズ邸から少し距離のある広場のベンチにひとり座り、造られた空を見上げていた。広場が面している通りには人通りがそれなりにあり、通りには他に様々な商店が並んでいた。
クリスタルは、人通りが目に入らない、通りに背を向ける格好になるベンチにいた。丁度広場の奥に体の正面を向ける格好であった。広場の奥には、花のひとつも植えられていない、土が丸見えの小さな花壇があった。
既に、入隊試験の審査結果のメッセージは、ユーグから届いている。結果は、不採用、であった。正直、何が悪かったのか、彼女にはまったく分からなかった。
さらにクリスタルにとってショックが大きかったのは、無事、グロッドは採用になったと聞いたことであった。そして、そのことに、素直におめでとうが言えなかった自分がいたことを知ったことであった。正直会いたい気もせず、それが一層情けなく思えた。
「ここだけの話だけどさ」
通りの方で立ち止まった若者の声が聞こえてきた。
「噂で聞いただけだけど、何でも今回の入隊試験、教養試験で満点、体力試験で断トツの一位を記録しながら不採用になった奴がいるらしいぜ」
クリスタルは、人通りが多い場所で、そんな話をするなと、喉まで言葉が出かかった。ユーグの関係者か、ユーグの入隊志願者しかいない居住区であっても、ユーグの内情を大声で話すのは、適切な行動だとは思えなかった。だが、彼女の腰は重く、注意を声に出す気分にもなれなかった。
「本当に? それで落ちるって、よっぽど人格に問題でもあったのかね?」
別の若者の声も聞こえる。そんな会話に、さらにもうひとつ声が加わった。
「通りでそんなことを公然と話す人物よりは問題ないかもしれないぞ。入隊取り消しになりたくなかったら、発言の場所には気を付けた方が良いな。せめて言葉をぼかすべきだ」
クリスタルにも聞き覚えがある声だった。出来れば、一番聞きたくない声でもあった。その声こそ、おそらく自分を不採用に判定した人物の声だったからである。
会話をしていた若者たちにとっても、声の主が自分達を面接した当人だったらしく、謝罪の言葉を口にして、居心地が悪そうに立ち去って行ったようであった。
それから、クリスタルがぼんやり空を眺めていると、隣に、誰かが座った気配があった。
「この間はお疲れ様だったね。屋敷にいないと聞いて、探したよ。どうしても話がしたくてね」
ライモーは、クリスタルが聞いているのか、あるいは、聞いていないのかも気にせずに、勝手に話をはじめた。
「本当は、特定の志願者に肩入れするのは良くないんだけど、これで君には腐ってほしくないから、来た。正直に言って、僕達は、君にとても期待しているよ。それだけは分かってほしい」
「でも私はそれに応えられなかったんですよね?」
クリスタルは立ち上がろうとした。逃げたかったのである。ライモーの声が届かないどこかへ。しかし、ライモーは、そんな彼女の、腕を掴んでもう一度座らせた。
「そうじゃないんだ。僕達は良かったんだ。でも、今の君に、僕は命を賭けろとは言えない」
「でも私は機械で――」
「ここでそれを言っては駄目だ。でもそういうところだ。 ――それじゃ駄目なんだよ君は」
反論しかけたクリスタルに、ライモーは言葉を被せて叱るように言った。
「良く考えてみてほしい。僕達はまた君がチャレンジしてくれるのを待っているから。君に足りないものはたった一つなんだ。そのことに気が付いたら、またおいで」
語り終えると、ライモーは椅子から腰を上げ、立ち去った。クリスタル自身、足りないものがたった一つといわれても、全く分かる気がしなかった。ただ、ライモーを追って問い詰めても答えてはくれないだろうことも分かっていた。そもそも、追いかけるだけの、気力が出なかった。
「そんなこと言われても、私には分かりません」
ただ、ベンチに座ったまま、拗ねた声を上げた。分かっているのは、このままもう一度挑戦しても、同じ結果になるだけであるということで、しかし、次で採用してもらえねば、生命体の権利が剥奪される羽目になるかもしれないということであった。
クリスタルは、それでも、ひたすら考えた。自分は、機械生命体である。それを否定しても始まらない。だがそれでは駄目なのだとライモーは言う。全く理解ができない思考であった。
しかし、ライモーは、またおいで、と言ってくれた。つまりは、失望させたという訳ではないということでもある。
「何か、しなくちゃ」
クリスタルはベンチから腰を上げ、ロワーズ邸へ帰る為に歩き出した。足取りは酷く重かったが、それでも、ふさぎ込んでいるだけでは時間だけが過ぎるだけだと、自分に言い聞かせようとした。もっとも、それで気力が再び湧いてくる訳でもない。ただ、とぼとぼと、歩いた。
どこをどう通ったかは、ぼんやりしていてあまり良く理解できていなかった。ロワーズ邸にクリスタルが帰ると、ルティオとセリュレが、二人そろって出迎えてくれた。
「ロワーズ様がお待ちです」
ルティオに促され、気が乗らないまま、クリスタルは彼に案内されるのに任せてついて行った。アルバートが家にいることに驚く元気もなかった。
先導するようにルティオが二階へ上がり、クリスタルもそれに続く。果たして、アルバートは、いつもであれば施錠されている書庫の中にいた。当然、入り口の扉も開錠されていた。
「おかえり、クリスタル」
アルバートは、今回の合格者の中に、クリスタルの名前がないことは、既に知っているのであろう。クリスタルは、顔を合わせづらく、まともに視線を合わせることができずに、床だけを見つめた。
「うまくできなかったみたいです。期待されていたことは聞きました。ごめんなさい」
小さな声で、クリスタルが告げると、
「いや、私は良かったと聞いているがね。今回の結果は、仕方なかったと思う」
アルバートからは、ただ優しげな声で、そう返って来た。
「今の君に、命の保証ができないユーグは危険な職場だ。私に判断を仰がれても、結論は同じだったろう。それがどういうことなのか、君には理解できないからこそ不採用になってしまった訳だが、実際にユーグに飛び込んでみないことには、君には理解できないだろうとも思う。私は、このままでは、君が腐ってしまうと考えた。それはユーグとしても、非常に勿体ない」
「……何が言いたいんですか?」
クリスタルには、その堂々巡りの、絶対に解決しなさそうな問題を聞かされても、どうにかできる気などしなかった。ただ、困る。彼女は、その視線はポジティブなものではなかったが、少なくとも、アルバートの目を見た。
「一日総司令官を、やってみないか?」
アルバートの提案は、およそクリスタルには想定外の発言であった。彼女は一瞬自分が何を提案されたのか理解できず、呆けることしかできなかった。
「――え?」
それから、ようやく、状況を理解した。
「先の採用試験の結果から鑑みるに、君であれば受理される筈だ。一日総司令官を体験し、ユーグの正体を把握することで、ユーグが君に求めている最後のピースが見つかるかもしれん。後は君の意思次第だ、クリスタル。私達は、できれば君に、君が持つべき最後の一片を見つけて、ユーグに加わってくれれば心強いのだよ。採用部からはそう聞いている。そして私も同感だ」
アルバートは、再度、クリスタルに、今まで一人たりとも受理されたことのない体験コースを、申請してみる気はないかと提案した。少なくとも、冗談で話している顔でも、声でもなかった。
「……」
しばらく躊躇った後、クリスタルは、苦笑いした。
「受理される気がしませんが、このまま何もしなければ、多分私はただのロボットに逆戻りです」
もともと、尻込みしている余裕などないことを、彼女は思い出した。駄目でもともとである。
「分かりました。アルバートさん、申請を、お願いできますか。受理されるようなら、やってみます。頑張ってみます」
クリスタルは、自信はもてなかったが、頷いた。




