第四章 機械は夢を見ない(1)
先にペデュウムの中から帰宅予定日を連絡しておいたこともあり、ユーグ本部にクリスタルが戻った日、アルバートとサ・ジャラはロワーズ邸にいて、クリスタルを出迎えてくれた。
ロワーズ邸に帰ったクリスタルは、評議会から伝えられた結果をアルバート達には話さず、アルバート達も尋ねなかった。おそらくアルバートの所には既に評議会から連絡が入っているものだと確信していた為、聞かれなかったことにも疑問は感じなかった。
「最初は、あまり何度も来たい惑星だとは思えませんでしたが、去る時には、少し名残惜しくなっていました」
クリスタルは、いつものようにアルバート達と向き合って座ったリビングルームで、惑星ラゴンについての感想を、そう語った。無論、どうだったかを、アルバート達が聞き違ったからであった。そうやって座り慣れたソファーで会話に興じていると、クリスタルにも、日常に戻ったのだという実感が持てた。
「レサさんとは友達になれました。今まで大人の人達ばかりに囲まれていたので、とてもいい経験ができたと思っています」
「それは良かった」
アルバートは副理事長のレサのことも知っている。彼もそうなれば幸いだと思っていたように、嬉しそうに頷いた。一方で、評議会理事会のメンバーを知る立場にないサ・ジャラは静かにクリスタルとアルバートの会話を見守っていた。
「私の気のせいかもしれんが、クリスタルがまた一つ大きくなって来たような気がしてならないよ。送り出した時は心配だったが、良い旅だったようで、本当に何よりだ」
「金属製のポットで沸かした紅茶も飲みました。とてもおいしかったです。アルバートさん達にも飲ませてあげたかったです」
楽しかった記憶の中を続けるクリスタルが、紅茶について語ると、
「ほう」
と、アルバートは興味を示した。
「そんなに違うものか。コーヒーの味も変わるのだろうか。うちにも旧式の調理器を入れてみるかな。試してみたいな」
「良いと思います。きっとコーヒーも美味しいと思いますよ。機械の私が言うのもおかしいですが、やっぱり手で入れた方が、ほっとする味になる気がします」
クリスタルは、一瞬だけ、サ・ジャラに視線を送ってアルバートに答えた。その視線に気付いたサ・ジャラも、同意の言葉を口にした。
「確かにそうですね。料理も、手で焼いたものを頂いた後では、フードディスペンサーの物はまるで味気ない塊のようです」
「ほほう。成程。それは試してみない訳にはいかないな。どうせならどうだろう。いっそのこと、原始的な、火を使った調理器具にしてみても良いかもしれないな」
アルバートはそんな風に思い付きを口にするが、それは流石に部屋の隅に控えた使用人に反論された。ルティオではない。カラドニスではあるが、年嵩の女性であった。名を、セリュレといった。ルティオよりもやや背が低く、鱗の色が淡い婦人であった。瞳の色が、強い赤みを帯びている。
「それを面倒見るのは私達です。ガスコンロにしろ、薪の竈にしろ、手入れが大変なのです。ご勘弁くださいな」
「む、そうか。大変なのか。それでは仕方ないな」
アルバートはどういう訳か、このセリュレの物言いに弱い。というよりも、女性全般からの物言いに反論を控えるきらいがあるといってもいい。すぐに自分の思い付きを断念したように頷いた。セリュレは、アルバートの返答に満足そうではあったが、
「電磁式のコンロも年代物が多く、全くの安全という訳ではありません。思い付きで購入せず、必ず私どもに、ご相談くださりませ。わたくしでも、ルティオでも結構ですから」
と念を押しておくのも忘れていなかった。流石は、屋敷の一切の面倒を、ルティオと二人で見ているだけはあると、クリスタルも尊敬の眼差しをセリュレに向けた。
「嫌ですよ、クリスタル様。そんな憧れるような目を向けられるようなことでもございませんからおやめください」
視線に気付いたセリュレは、照れくさそうに顔を逸らした。何か悪いことをしている気分になり、クリスタルも、視線をそらさずにはいられなかった。
「さて」
しばらくその様子を眺めるようにしていたアルバートが、ふと、真剣な声を、クリスタルにかける。クリスタルはアルバートに視線を向けて居住まいを正し、セリュレも、静かで控えるだけの人物に戻ることを示すように、姿勢を正した。ただ、サ・ジャラだけは柔和に座り、クリスタルを思いやる視線を注ぎ続けた。
「クリスタルには申し訳ないが、私からあらかじめ伝えておくことがある」
アルバートは、沈んだような低い声色で話し始めた。
「君は今年中に三度の採用試験を受ける機会を与えられたと理解しているが、生憎、ユーグの入隊試験は、年間二回しか行われていない。随時受付にしてしまうと、厳正な審査が困難になるのでね。年二回の一斉試験になる。半年に一度なのだ。つまり、君が再度の機械生命体の判定を受けることなく、ユーグの入隊試験に挑める回数制限が、二回ということだ」
やはり、アルバートは、クリスタルが評議会から提示された条件を知っていた。彼はクリスタルを心配するように、顔色を窺うようにしながら、ユーグの入隊試験について、そう話して聞かせた。もっとも、それは、クリスタルは既に知っていることであった。
「大丈夫です。帰路の途中で、ネットワークを通じて調べました。二回しかチャンスがないことは、把握しています。最初の応募の締め切りが三〇日後、身元を証明する書面の送付も必要だということも。試験の内容は、教養試験、体力試験、面接。どれか一つでも受け損なえば即不採用、合否の判定はメッセージにて送付されてくることも理解しました。辞退の場合は、確実に記録として残る方法でこちらから連絡を行う必要があることも確認済ですが……私に辞退している余裕なんてないですから、そこは、まあ、私にはあまり関係ないかもしれません」
クリスタルは、ユーグの入隊試験について、知っている限りを諳んじた。クリスタルは、ユーグ以外に彼女を受け入れてくれる先があるとは思えなかったし、それ以外の場所の採用試験に応募するという考えも持っていなかった。それで駄目なら、自分はやはりロボットなのだと諦めて良いとすら考えていた。
「そうか。自分でそこまで確認するくらい本気なら、もう何も言うまい。君自身で身元を証明することはできないことは分かっている。私が身元保証の書類を作成しよう。やれるところまで、やってみるといい。ユーグ総司令官として言えば、私達は、君を待っているよ」
アルバートは、頷いた。そして、クリスタルの、ユーグ入隊への挑戦は始まることになったのであった。
翌日から、早速、クリスタルは入隊試験に向けた学習に取り組んだ。
クリスタルには高度な人工頭脳があり、知識さえ不足がなければ、教養試験には失敗しようがない。知識を得る方法は、広大なネットワークの電脳世界に求めれば、幾らでも見つかった。体力試験についても同様である。エメラルドであった頃とは違う。クリスタルには、明らかに他の生命体を超えたポテンシャルがあった。
懸念があるとすれば面接である。クリスタルにはそう言った経験は欠如している。一体何を話せばよいかも分からず、ネットワークに、一般的な面接試験のテキストを求めた。それらにはだいたい似通ったことが記載されており、それはクリスタルにも十分対策が可能な内容であった。
しかし、彼女は何故かそれでは足りない気がしていた。ユーグは、高い理念と厳格な信念のもとで活動している組織である。生半可な覚悟で入隊されては困るであろうことも、クリスタルには理解できる気がした。
しかし、クリスタルには、自分の命を賭けるという意味が、まだ分からなかった。分からない分は、自分でも分かる何かで埋めなければならない。彼女は、自分がユーグで何をしたいのかを、自分に問い掛けるようになっていった。
応募受付が開始され、クリスタルのエントリーも無事受理された。それでも、クリスタルが自分の命を賭す理由はまだ見つからなかった。
そして、それがクリスタルには見つけられないまま、最初の挑戦の日は、訪れてしまったのであった。




