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第三章 突き付けられた条件(4)

 惑星ラゴンに降り立ったクリスタルは、そのまま、評議会理事会の建物に案内された。彼女が通されたのは石造りの評議会の建物に入ってすぐの場所で、石造りの円形のホールは、寺院のようでもあり、演劇場のようでもあった。

「ようこそ、クリスタル」

 ホールの奥に、ひとりの老人が立っている。通信で見た、バルファに間違いはなかった。理事長自らの出迎えに、軽い驚きを覚えながら、クリスタルは彼の元へと、すり鉢状のホールを降りて行った。バルファも奥の扉の傍からすり鉢の中へ歩いてきて、ホールの一番低い場所、底と表現するのが最も納得できる場所で、クリスタルはバルファと出会った。

「ようこそ、クリスタル」

 バルファは、もう一度そう言って笑った。もともと背の高い人物が多いカラドニスにしては彼は小柄で、クリスタルとほとんど変わらない背の高さであった。

「お招き、ありがとうございます」

 ややつっかえながら、クリスタルも挨拶を返した。どういうしぐさで挨拶をするのが良いのかもわからず、バルファがそうしたように、クリスタルも動作を伴わない、言葉だけの挨拶をした。

「それじゃあ、奥へおいで。座ってゆっくり話をしよう」

 バルファに誘われ、今度は踵を返す彼と一緒に、ホールの奥の扉を目指してゆるやかな床の階段を登る。バルファは、クリスタルが何か聞きたそうにしている、と気づいたように、横目で彼女を見ながら首を僅かに傾げた。

「何か質問がありそうだね?」

「あ、はい。不思議な場所だなって。ここはどういう部屋なんですか?」

 クリスタルが促されるままに尋ねると、

「ああ」

 静かに笑い、バルファが納得の声を上げた。

「そもそもこの建物は古い議事堂だったらしい。この部屋は、その頃の議会場だ」

「そうなんですか」

 そう言われて、クリスタルは、その建物が由緒ある建物なのだと、より不思議な場所のような感覚に包まれた。

「いつの時代のものかは諸説別れていて、どの種族が使用していたものなのかも判然とはしていない。銀河帝国ディサイオンのものとも言われているが、それを示す証拠となるものも見つかっていない。様式も、各星系で見つかる彼等の遺跡とは共通しない部分も多い」

 歩きながら、バルファはそう語った。そして。

「だいいち、ではあるが。私が評議会理事会の何代目の理事長で、いつからこの場所が評議会理事会であったのかも、かなり不確かなんだよ。銀河間連盟にはそれだけ長大な歴史があり、その間に、当然、銀河間を揺るがすような大規模な動乱が何度もあったという。その度に貴重な資料は失われ、古い歴史は闇へと消えていったんだ。今では、最早最初の動乱の史実もあやふやになっている」

「長い長い時間をかけても、戦争はなくならないんですね」

 クリスタルは、それが悲しく、とても恐ろしい現実のように思えた。心が締め付けられるようで、呟いた自分がどういう顔をしているのか、それすら分からなかった。

「そうだね。この連盟の範囲内には、多くの種族がいる。その中には、歴史が古い種族も、若い種族もいる。古い種族達が、遥か昔に戦争で手痛い思いをして、彼等が争いをもし捨てられたとしても、その思いは、その悲劇を知らない、それよりも若い種族には伝わらない。より若い種族が侵略行為をすれば、戦争を捨てた筈の古い種族も応戦しない訳にはいかない。そして、古い種族が一度争いを捨てたとして、それは時代と共に世代が変わっていくうちに風化していく。そうやって新しい争いの種は撒かれて行くんだ。しかし、だ。それもまた宇宙の歴史のひとつなんだよ。争いが悲しいことであることは否定もしないが、私は、争いそのものを否定もしない。時には、そうなってしまうこともあるものだ」

 階段を登り切り、バルファは扉を開けて、クリスタルに先に入るよう、身振りで促した。扉の先は廊下で、そこをクリスタルと並んで歩きながら、バルファはクリスタルに語り続けた。

「それでいいんでしょうか。諦観がひとを殺すとはいえませんか?」

 クリスタルは、バルファの話に、理解はできるが納得はできなかった。彼女は問い返し、自分が納得できていないことを示した。

「そうだね。良くはない。皆そう思っている筈だ。しかし、どうするかい? すべての争いの為の道具を、破壊して回るかい? それもまた、ひとつの争いだよ?」

 廊下を進む歩みを緩めずに、バルファは問い返した。その問いに、答えることは、クリスタルにもできなかった。自分の中にその答えを求めたが、クリスタルの人工頭脳の演算の中に答えはなかった。

「分かりません」

 クリスタルは正直に答えた。

「それで良いんだと思うよ。私にも、どうすれば争いがなくなるのかは、分からない。分かるものなどいはしないのだろう」

 穏やかに、バルファも頷いた。

 それから、二人の間には、沈黙がうまれた。廊下は長く、天井も、壁も、床も石であった。二人の靴音だけが、静まり返る廊下に響いた。

「皆さん、もうお揃いなんですか?」

 話題を変える為に、クリスタルは別の質問をした。理事会は一五人で構成されているという、一同に会するのは圧迫感がありそうであった。

「いや、君が話しにくいと思うのでね。ほとんどの者には遠慮願った。今日は、私と、副理事長のみだ。その方が少しは気が楽だろう」

 バルファの気遣いに、

「ありがとうございます」

 クリスタルは本気で助かったと思った。一気に質問されたらと思うと気が気でなかったし、混乱した自分が何を言ったか覚えていないことになりそうで、かなり不安だったのは間違いなかった。

「そうだね。かなり大変だったよ。皆、君と話をしたがっていて、なかなか納得してくれなかった。人気者は、辛いね?」

 冗談なのか本気なのか。そんな風に、バルファは笑った。

「お手数おかけしました」

 クリスタルは、もしバルファがそれに失敗して、全員の視線が集中したらと思うと、失神できない自分が恨めしくなる程緊張していただろうと思えてぞっとした。

「別に人気者になりたいと思ったことはないんですけど。人気者の理由も自覚もないですし。評議会理事会の皆さんに、話せるような実のある内容は、私にはないです。恐れ多いです」

「しかし、君は銀河間連盟唯一の機械生命体だ。その存在が公になっていくにつれて、否応なしに君の存在は注目の的になっていくだろう」

 バルファは告げ、一度だけ、クリスタルの顔色を窺った。クリスタルは、やや顎を引いて、考え込んだ。

「唯一の機械生命体であることにそんなに意味があるでしょうか」

「それはもう。機械生命体は、多くの種族がその存在を空想し、だが、発見できず、それは空想上の存在に過ぎず、実在はしないと結論付けた存在の一つだ。しかしそれがこうして実在したとなれば、それはもう大ごとだ。前代未聞の発見だ。注目されない訳がないよ。もっと、評議会にそう認定させたのは私なのだがね」

 バルファは、過去にクリスタルから多くを学んだという。だからこそ、理事長の権限をもって、評議会に、今のクリスタルを機械生命体と認定させたのであろう。

 そも、自分の前身たるエメラルドを作らせたのも、おそらくは、自分だ。今のところその根拠となる証拠はなかったが、クリスタルはそう確信していた。そしてまた、彼女自身を機械生命体と銀河間連盟評議会が認定するように、ずっと過去に種を撒いていたのも自分であった。いったい何のために。クリスタルには分からなかった。

「何故こんな手の込んだことばかり」

 その疑問が、口を突いて声になった。

「私には分からないが、おそらくそうしなければならない原因があるのだろう。例えば何者かがあのひとの存在を消そうと暗躍していることは考えられる。あのひとがこうしていなければ、君が君にならず、あのひとが消えてしまうのかもしれない。想像することはできる。しかし、あのひとは自分が消えることは恐れてもいないと思う。自分が消えることで起きる何かを恐れているのかもしれない」

 バルファは、目の前のクリスタルとは別の、ずっと昔に会ったというクリスタルのことを、思い出すかのように語った。

「だが、分かっていることはある」

「何でしょう?」

 クリスタルが問いかけた質問に、バルファは、複雑そうに、そして、申し訳なさそうに答えた。

「私が彼女から学んだこと、彼女と出会ってからの経緯のほとんどは、君には話してはいけないということだ。それは情報のループを引き起こし、情報の起源を喪失させてしまう。それは起こしていけないことだ」

「ああ、成程。理解しました」

 クリスタルは頷いた。

 それを試してみたいとは、今のクリスタルにも、思えなかった。


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