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第三章 突き付けられた条件(2)

 それから、また、一〇日が過ぎた。

 クリスタルは、案の定というべきか、ユーグの航宙艦、ペデュウムの一室にいた。理由は、当然のことながら、銀河間連盟評議会に招かれた為である。彼女の扱いについて、人権を保障するのか、保障するとして、どこまで認めるのかを、本人を直接確認して決定すべき、となったのである。

 ただし、クリスタルにとって、想定外なことも、ひとつ発生している。アルバートは同行していないことであった。タイミングが悪いことに、ユーグの出動要請が重なってしまい、アルバートは本部を離れられなくなってしまったのである。無論のこと、サ・ジャラが同行できる訳もない。一介のメカニックにすぎない彼女が、惑星ラゴンへの立ち入りを許可される筈もなかった。クリスタルは、単独で、評議会理事会へと赴くことになってしまった訳である。

 無論、不安である。むしろ、不安以外の言葉がない。クリスタルは終日、ペデュウムの自室の中で、悶々としていた。まず、どう挨拶をしていいのかも、分からない。特別な礼儀作法はあるのだろうか、何か言ってはいけないこと、してはいけないこと、等のタブーはあるのだろうか、まるで把握できていないまま、航宙艦に乗せられた彼女の気分は、まさに護送される生贄さながらであった。

 ユーグ本部を経って二日。部屋のモニターで外の景色を見て心を落ち着かせようにも、見えるのは星々の瞬きと、引き伸ばされたような銀河の渦、それに、ガス星雲の靄のような色である。色とりどりではあるのに、宇宙とはこれほどまでに心細く、寂しいものであったかと、クリスタルの鬱屈した気分は増すばかりであった。

 ユーグ本部の宇宙港で別れる時に、何とか見送りにだけは来られたアルバートに、同行できないことを何度も謝られたが、それも何の慰めにもならなかった。そも、彼が悪い訳でもない。文句を言う訳にもいかず、クリスタルも却って申し訳ない気持ちが募るばかりで、気分の重さが増しただけであった。サ・ジャラが連絡をくれると言ってはいたが、忙しいのか、今のところ一度もなかった。

 ただ、まったく誰も連絡を寄こしていないかといえば、そうでもない。まだユーグの入隊試験を受けられていないグロッドは、こまめに連絡をくれていた。そして、とりとめもなく、また、際限もなく続く、クリスタルの不安な気持ちを、ただ、聞いてくれた。それがクリスタルにとって、唯一の慰めであった。

 無論、艦内に乗員はいる。もともとペデュウムは総司令官用の航宙艦らしく、彼等は惑星ラゴンに立ち入ることも許されているベテランかつエリートたちである。ペデュウムには、クリスタルも、惑星アラミスからユーグ本部に移る際に乗ったことがあり、ある程度、彼等と顔見知りでもある。だが、航行中の航宙艦の乗組員というのは、意外に規律が厳しい。彼等と雑談に興じて、困らせたいとは、クリスタルも思えなかった。乗組員には、航宙艦内で、交代制で半休暇はあるが、それは彼等の短いプライベートな時間であるため、一層邪魔する気にはなれなかった。

 そんな訳で、憂鬱な気持ちが晴れるものではないが、クリスタルはモニターに映る、宇宙の景色を眺めていた。

 その映像が、突然、乱れる。そして、宇宙の景色が消えたかと思うと、突然、見覚えのない、青白い姿が画面内に映った。

 姿としては、銀河間連盟に多い、カラドニスであった。カラドニスは鱗に包まれた体の種族である為分かりにくいが、おそらく老人である。黒を基調とした、ゆったりとしたローブのような衣装を着ていた。

『はじめまして、クリスタル。私はバルファ。突然で驚かせてしまっただろう。すまないね』

 カラドニスは落ち着いた声で、名乗った。そして、続けて、自分の身分を明かした。

『私は、銀河間連盟評議会理事長だ。ロワーズ総司令官から、自分が同行できなかったせいで、君が泣きそうなくらい震えあがっていると聞いたもので。怖がることはないと伝えたくて、先に連絡を入れさせてもらった。どうだろう、緊張を解す意味でも、私の話に、少し付き合っては、貰えないだろうか』

「え……あ。はじめまして、クリスタルです」

 クリスタルも、名乗り返した。すると、画面の中のカラドニスは、穏やかな声を上げて笑った。

『ご丁寧にありがとう。想像していた通り、素直でいい子だ。ユーグ本部の暮らしはどうだい? 気に入ったかな?』

 そう語る柔和な顔から、何故か懐かしいものを見るような雰囲気が伝わってくる。初対面であるクリスタルには、それが居心地悪く感じられた。

「はい……あの。もしかして、私を知っていますか?」

 クリスタルは、その居心地悪さの原因を知りたくなり、疑問を隠さずに聞いた。バルファはやや驚いたように口を開け、それから、頷いた。

『君は知らないだろうが、私は良く知っているよ。正直に言うと――不思議な気分だ。私が君を知っている理由になった時、私は、むしろ、教わり、導いてもらう方の立場だったんだよ。だから私の為にも、私は、君を保護し、すくすくと成長できるよう、手伝ってあげなければいけないんだ。いや、いけないんじゃない。私がそうしたいんだ。安心してほしい。私は、君の味方だ』

「まるで私が時間を遡れるみたいに思えてきて妙な気分ですけど」

 クリスタルには、もう何がどうなっているのかを、把握できない状態であることを認めるしかなかった。分かったことは、ただ一つであった。

「ひょっとして、私は、私に必要とされているんでしょうか」

『それは間違いないよ。今の君がなければ、間違いなく、私が覚えている彼女はいない筈だ。そして彼女は言っていた。自分があなたに手を貸すのは、いつか私自身を守って、導いてもらう必要があるからだ、と。それ以上は教えてくれなかったが、今は、こういうことだったんだなと分かるよ。私は、君を保護する為に、彼女に英知を授けられたんだと』

「最終的に、私は何をするつもりなんでしょう」

 そこまでして、自分が自分になる為の種を撒き続ける理由が、クリスタルには分からなかった。一体、自分は何になってしまうというのであろうかと、彼女は恐怖すら感じた。

『それは私にも分からないんだ。ただ知っていることはあるよ。彼女は宇宙を愛している。そして宇宙の為に命を掛けている。だからきっと、彼女は、宇宙の為に、何かをしなければいけないと思っているんだろう。それは彼女でなければいけないんだ。そう思っているから、彼女が自分で種を撒かなければ、君がちゃんと彼女になれない可能性があることを、危惧しているんだと思う。いや、むしろ、君が彼女であるなら、そうやって彼女になったのだということを、覚えているからかもしれない。彼女は機械だからね。故障でもない限り、一度覚えたことは、コンマ数秒のいつだったかということまで忘れない』

「それが悪いことだったらどうしましょう。私はそれが不安です」

 自分でもおかしいとは思ったが、クリスタルは、バルファの言葉に嘘はないと感じた。理論的でないにしろ、世界の理論のすべてを、クリスタルが把握している訳でもなかった。

『きっとそれはない。私は彼女を信じているよ。さっきも言ったが、彼女は宇宙を愛している。彼女がしようとしていることは、絶対に宇宙の為になることだ。あるいは絶対にしなくてはいけないことかな。彼女の考えは、私には遠大過ぎて理解できない。彼女のもてる科学技術も、私達には、その基礎理論すら理解できないものだ。だからこそ、彼女でなければできないことが何かあるんだろうと思う』

 バルファは笑った。ふと、この会話は、今の自分が聞いてはいけないものだったのではないかという疑問が、クリスタルには浮かんだ。しかし、考えてみれば、バルファの話が真実であるという証拠もなかった。核心については何も分からず、そもそも、すべてが勘違いであるかもしれなかった。

「今でも彼女とは会っているんですか?」

 分からないことを考えても仕方がない、とクリスタルは結論付けた。本人に聞けば分かるのだろうが、かといって会えるものなのであろうかと気になった。

『いや、彼女が私を傍に置いていたのは、ずっと昔、私がまだ若造だった頃の話だ。私が成人する前に、彼女は私を置いて去ってしまった。生きる道と、生活の糧だけを残してね。彼女は、私達の科学技術では探知できない。そのあとは、何処で何をしているものやら、だよ。でも、君を見て思う。口調だけは、そっくりだ。だから思わず、君と彼女を重ねてしまった。おそらく同一の存在なのだろうから、仕方ないのだと、許しておくれ』

 バルファはそう言って笑った。そういう事情であれば仕方がないと、クリスタルも理解できる気がした。

「いいえ、大丈夫です。むしろ、教えてくれて、ありがとうございます」

 クリスタルは何となく、いつの間にか、直接会うのが待ち遠しくなり始めている自分に気付いた。それはバルファにも伝わったようであった。彼は笑い、

「緊張はほぐれたみたいだね。連絡して良かった。では、到着を楽しみにしているよ。それでは、また、直接」

 そう挨拶を残し、バルファの通信は切れた。

 モニターには、再び、宇宙空間の景色が、映し出された。クリスタルには、もうそれが、寂しいものには見えなかった。


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