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第三章 突き付けられた条件(1)

 それから、クリスタルはその日のうちに募集内容を確認して、その瞬間に最初の難題に気が付いた。

 年齢である。

「私の年齢って、どうなるんでしょう」

「おお」

「あ」

 アルバートも、サ・ジャラも、ユーグの応募条件が、クリスタルのような、動き出した時から働く能力がある、という例外中の例外を考慮している訳がないことに、気が付いた。

「難問だな。〇歳児だが機械だから人員としては大人と変わらない場合の人物が、入隊試験に挑むなどというケースを、果たしてどう考えるべきか」

「んー、あ。クリスタル、ちょっと」

 アルバートに聞かせたくない、といった、悪い顔でサ・ジャラがクリスタルを呼び、二人は食堂から廊下へ出た。アルバートは怪訝な顔をしたが、女同士の内緒話に加わる物でもないとばかりに、座ったまま、二人を見送った。

「なんでしょう」

 サ・ジャラの思惑が分からないままに廊下に出ると、クリスタルは小声で聞いた。

「すこし、今日の意地悪な質問の意趣返しをしてやったらどうでしょう」

 サ・ジャラの提案に、

「あ」

 何が言いたいのかを理解し、クリスタルは短く声を上げた。

 銀河間連盟内でも、雇用に関しては、きちんとした共通の国際法が存在する。しかし、就労可能な適正年齢については、各星系種族で寿命も成熟に必要な期間も異なる為、各星系において就労可能な年齢に達していること、という条件しか存在していない。そして当然、機械生命体社会の星系など存在せず、クリスタルについては、該当する法律が存在しない。

 そして、銀河関連盟に加盟済の、すべての就労可能な知的生命体は、就労・不就労の自由が認められている。彼女は、銀河間連盟に認定された、つまり、銀河間連盟に加盟済みの唯一の機械生命体であった。その為、機械生命体の就労に関する法がないからという理由で門前払いすることは国際法違反であった。

「なんて送ったらいいでしょう。『銀河間連盟加入済みの機械生命体なんですが、何歳になったらユーグに応募可能でしょうか』とかでしょうか?」

「もっとはっきり言っていいのではないですか。能力はあるから今年の入隊試験に応募しても良いか、と」

 サ・ジャラが言いたかったのは、つまり、ユーグに質問を送れ、ということで、クリスタルも、それに同調した訳である。おそらく採用部でも判断できず、最終的に、アルバートの所まで報告が上がるであろう。誰にも判断できない為、最終的に総司令官判断になるだろうという、半ばアルバートへの嫌がらせである。だから、意趣返しなのだ。

「それは良いですね。『身元引受人はロワーズ総司令官です』って書いちゃいましょうか。身元不明で応募不可って言われないように」

 クリスタルもそんな風に提案する。

「そうですね。身元がはっきりしていることは大事です。そう書けば多分間違いなく、身元の確認も含めてアルバートに連絡が行くでしょうし」

 そして、その例外中の例外すぎる質問は、実際にクリスタルの人工頭脳内で文章として組み立てられ、内蔵されている通信機能を通し、ユーグへと送信されたのであった。

「明日が楽しみです」

「はい、回答を待ちます」

 質問を送り終え、おかしそうに笑い合ったあとで、クリスタルとサ・ジャラは食堂へ戻った。

「作戦会議は終わったかね? できたら、私も内容を教えてほしいのだが」

 アルバートが二人に声を掛けるが、

「明日になれば分かります」

 としか、クリスタルも、サ・ジャラも答えなかった。アルバートは不吉な予感を感じた顔をしてから、

「ユーグに質問したな」

 すべてを悟ったように呟いた。

「……しばらく時間をくれ。これは君の就労という単純な問題ではない。評議会との協議が必要なのだ。クリスタルに関する法律は何もない以上、人権があるかどうかという根本的な問題から考えねばならない。基本的に銀河間連盟における人権保護の国際法は適用されるが、固有種としての部分はすべて対応が必要だ……場合によっては」

 と、アルバートは困り果てた顔をした。

「君本人を連れて銀河間連盟評議会へ行くことになるだろう」

「評議会ですか……どんな場所なんですか?」

 無論、ある程度の知識はクリスタルにもあるにはある。銀河間連盟評議会は、その名の通り、銀河間連盟の最高機関であり、所属するすべての銀河連盟、および、それに属する星系文明、あるいは、銀河連盟に属さず単独で銀河間連盟に加盟した星系文明の政府機関を束ねる、政治における最高機関である。

 そして、評議会は、多くの資料では物理的には存在しない、仮想空間上で結成された組織である、と説明されている。それは、ある意味では正しかった。評議会のメンバーとて、当然、もともと各文明とは無関係な、神のような存在である訳ではない。銀河間連盟を構成するそれぞれの文明の者達である。ほぼ彼等の種族の文明の生息域の星系で活動しており、議会は仮想空間上で開催されるのが常であった。

 しかし、それと、評議会そのものが存在しないということとは同義という訳でもない。評議会の中心となる理事会は、実際に物理的に存在しているのである。理事会では、評議会で相談される議題について、事実上の決定権である拒否権を持ち、理事長、副理事長などの役員を筆頭に一五人の構成員で成り立っている。つまり、言い換えれば、その評議会理事会こそが、銀河間連盟評議会の実質的な実体と言えるのであった。

 そもそも、銀河間連盟に加入している銀河の範囲は、想像を絶する広さである。文字に起こすとすれば、天の川銀河やその伴銀河、アンドロメダ銀河やその伴銀河を含む、半径三〇〇万光年にも及ぶ局所銀河群、が所属する、おとめ座銀河団を中心とする、半径六〇〇〇万光年にも及ぶ、おとめ座超銀河団がほぼその範囲、と定義されていた(その範囲内のすべての銀河が加盟しているという訳ではないが)。現在の最も優れた亜空間ドライブをもってしても、その隅から隅へと無補給でたどり着ける宇宙艦船は存在しない。通常の個人では、途方もなさ過ぎて実感の湧かない話であった。

 当然、それだけの広大な範囲内には、地球人類がまだ名をつけられていない、英数字のみでナンバリングされただけの銀河も多数存在している。物理的な評議会理事会は、そんな銀河の一つにある星系内の惑星、ラゴンに存在している。とはいえ、実のところ、その惑星は、ユーグの艦船であれば、無補給で一〇日もあれば辿り着ける場所でもあった。逆に言えば、ダルトラン製の艦船を抑え、銀河間連盟内最速と謳われるユーグの艦船でも、片道一〇日も掛かる、とも言えるのだが。

「ラゴンって、どんな惑星なんでしょう」

 その惑星については、全く情報がない。名前以外の情報をクリスタルがネットワークを介して調べてみても、宇宙座標すら見つからなかった。

「それは、おいそれと話す訳にはいかん。行くことになったら、その目で確かめてみたまえ、と言っておこう」

 アルバートもそう言って語らなかった。

 その情報が隠されている理由は明白であり、銀河間連盟の範囲内の銀河が、すべて治安が良いという訳でもなく、おとめ座超銀河団の中には、非加盟の知的生命体すら存在している為で、そういった勢力の目から理事会の所在を守る必要があったからであった。場所を隠匿することで、評議会理事会が襲撃されないようにとの考えである。

「行くことになるんでしょうか」

 何となく理由が分かった気がして、クリスタルは聞く内容を変えた。

「分からん。が、その可能性は高い」

 アルバートは、煮え切らないまでも、頷きを返した。

「なにせ君は存在自体がおよそイレギュラーだが、いずれは考える必要があった存在でもある。その事実に目を逸らし、実在が先に現れたというだけの話だ。彼等がどのような判断をするかは、私にもさっぱりだ。しかし、悪いようにはしないだろう。彼等も銀河間連盟内の平和と、加盟するすべての宇宙種族の幸福を願っている。それが現実には難しく、困難な望みだとしても。それだけは間違いないよ」

「そのすべて、の中に私も含まれている、と思って良いんでしょうか」

 機械だとしても。クリスタルは、自分がそこに含まれるには、あまりにも異質である自覚はあった。

「当然だ。含むつもりがなければ、彼等も、君を生命体と判定はしなかった」

 と、アルバートは答えた。


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