第二章 結論と腕力比べ(6)
それから、さらに一〇日が過ぎた。
クリスタルはまたアルバートに連れられ、外出していた。ただ、今回の外出は、お勧めの場所をアルバートが案内するという趣旨ではなかった。
ユーグの一日体験である。ユーグの広報部は、輪状区画の外側にある本部区画ではなく、居住区画の中にあるということを、クリスタルは初めて知った。それでも、クリスタルが初めて足を踏み入れた広報部ビルは、商業施設や資料館等とは違う、氷のように澄んだ空気を感じる新鮮なものであった。
ユーグには、業務用の制服がある。上着は、暗赤色と紺のラインが入った白いブレザーであった。制服のデザインに男女の差はなく、女性もスラックス穿きである。靴には指定がないのか、各人まちまちなものを履いていた。
「ようこそ」
受付でクリスタルを対応したのは女性である。アルバートは受付の女性に二言三言挨拶しただけで、すぐに出て行った。ただ、出ていく際にクリスタルに、
「気を張ることはない。楽しんでおいで」
と、だけ伝えた。
彼が去ると、女性はクリスタルを小部屋へ案内した。館内の壁は白く、清潔感があった。床は弾力を感じる黒に近い灰色のカーペットであった。案内された部屋は、会議室になっていて、柔らかいソファーと、ダークブラウンの大きな会議卓があった。
クリスタルは案内されるままに、奥の方の席に座った。部屋には窓はなく、ただ、部屋の奥の隅に花瓶が置かれた台が一つあった。花瓶の花は赤く、造花であった。
クリスタルが席から造花を眺めていると、しばらく経った頃に、男性一人、女性一人が会議室に入って来た。二人とも、地球人類であった。クリスタルは、意外な気がして、少しばかり驚いた。
彼等は手に大き目の情報端末を持っており、それをテーブルに置くと、自分達も、クリスタルの向かい側の椅子に座った。その動作がとても品があり、クリスタルは、品位が大切にされる、とてもハイレベルな組織に体験に来てしまったのだと、震え上がらんばかりの緊張を覚えた。
「驚いた? そうよね。あまり地球人類は、銀河間連盟に広くは進出していないものね」
女性はクリスタルの驚きを、無理もないことだと認めた。黒髪と、綺麗な黒目の女性であった。背は高くなく、肩幅も細い。
「私はエリサ・サワミ。隣の彼は、ハンス・アンカー」
女性が自分と隣の男性の名を告げ、男性が軽く笑った。背の高い男性で、やや色の淡い金髪と、薄い青色の瞳の男性である。肌の色が、女性よりも白い。
「クリスタルです。今日はよろしくお願いします」
クリスタルも名乗ると、エリサと名乗った女性が短い笑い声を上げた。
「ちょっと硬いわね。緊張してる? ――ああ、そうよね、知らない場所で、ひとりきりで知らない大人に囲まれたら緊張もするわよね。でも安心して。ここにはあなたを傷つけるような大人は一人もいないから。そういう人物は、ユーグにはそもそも加われないわ」
「それは、理解できているつもりです。でも、皆さんの仕事の邪魔にならないかが、不安で」
クリスタルが正直な気持ちを答える。体験ということであれば、どのような作業が行われているのか等を、ユーグのメンバーと共に業務の幾つかを行うのだろうとクリスタルは考えていた為であった。
「大丈夫よ。実際に仕事をしてもらったりなんかはしないわ。そうね、シミュレーションみたいなものよ。いきなりじゃ何をどうすれば正解かなんて分かる訳ないものね。私達ユーグが、普段どんなことを考えて、どんな仕事しているかを知ってもらい、架空のお仕事に対して、どうやって進めるのかを実際に体験してもらうのが、今日の内容よ。だから、肩の力を抜いて頂戴」
当然のことであった。本当の業務を外部の人間に任せる筈もない。ユーグの内情を一欠けらでも漏らすことになるし、そもそも、一日体験に来た者に任せたところで十分な結果を残せるはずもない。エリサはクリスタルの勘違いを、優しい声で訂正した。
「もっとも、聞いた話が本当であれば、能力的には即戦力であるのでしょう。今日の内容は、お嬢さんには拍子抜けするくらい、簡単に感じるかもしれません。ですから、今日は、のびのびと、お嬢さんらしく、むしろ私達を値踏みするくらいのつもりで、楽しんでもらいたいのですよ」
エリサに続いて、ハンスと呼ばれた男が口を開いた。クリスタルはもっと太い声を予想していたが、予想は外れ、優しげな静かな美声であった。
「値踏み、ですか」
クリスタルには、何故自分が評価する側なのか、理解に苦しんだ。彼女はまだ自分に何の適性があるのかも分かっておらず、また、自信もない。自分がそれ程の立場には思えなかったとしても、仕方のない話であった。
「そうです。すぐの未来かもしれませんし、ずっと将来の話かもしれませんが、私達ユーグが、あなたの能力を貸すのに、足る組織かどうかを、今日はどうか存分に見て、評価してください」
ハンスは落ち着いた様子で答え、テーブルの上の情報端末をひとつ手に取ると、クリスタルの方へ差し出した。
「ありがとうございます」
クリスタルが礼を言ってそれを受け取る。電源は入っていた。何かのメニューが並んでいる。組織概要、活動内容、総司令官紹介、映像資料、などと言った文字がメニューには並んでいた。
「PR映像を見たことはある?」
並んでいる文字をクリスタルが眺めていると、エリサが質問を投げかけた。クリスタルは躊躇いがちに、嘘偽りなく答えた。
「三本目の、最初まで。その、三本目は、ミサイルの発射映像がとても怖くて。それでやめてしまいました」
「ああ、装備紹介ですね。私もあれだけは好きになれない映像です。こんな兵器を保有していますなんて、声高に喧伝して格好良いことだとは思えません。むしろ」
ハンスが捲し立てるように、クリスタルの感想に同意の意見を述べた。そして、彼は、途中で言葉を止め、まるで言うべきことではないことを言ったと考えているように、エリサの顔をちらっと見た。
しかし、エリサは彼を責めなかった。肩を竦めるように上げ、笑顔で、先を促すようなジェスチャーをした。
「あー。うん、あんなものは、恥ずべきものだと、思っています。そう。本当は、あんなものは必要ないと言えたら、どんなに良いか」
彼はそう、言葉の先を続けた。
「はい。ユーグの皆さんがそう思っていることは、私も聞きました」
クリスタルも頷いた。ハンスの言葉は本心だと、クリスタルのボディーのあらゆるセンサーが、告げていた。
「私も、それが実現できるようであったら、宇宙はどんなに綺麗だろうかと思います。だからといって、兵器の破壊の為の活動をするのは単なるテロ行為で、それはそれで、やっぱり断じて許されてはいけないことなんだって、そんな気もします」
クリスタルは、自分の意見を答えた。求められてはいないかもしれないが、ハンスの熱弁に、自分の気持ちも話しておきたい心境になったのである。
「立派な意見だと思うわ」
そうエリサは笑った。彼女はハンスに頷き、さらに、言葉を続けた。
「実際、あなたのことは、ロワーズ総司令官から、ある程度は話を聞いているの。総司令の評価通りの子なのだと、私達も確信したわ。つまり、あなたは平和を愛し、戦争を嫌う心を持っていて、それでも、戦闘行為をする者達に対し、第三者が安易に攻撃することも、また許されるべきではないという分別も持っているってこと。それは、私達の理想とも、一致するわ」
「そうだったら嬉しいです。敵を破壊できる兵器を抱えて出動して、でも、ひとの命を奪うということの重さを考え、本当に必要なとき以外は撃たないという判断をすることは、とても重いことなんだと、想像はしています。そして、助ける者を助ける為に、やむなく撃つという判断も。それができるユーグの人達を、私は、尊敬できる自分でいたいと思っています」
クリスタルは、本心をさらにエリサ達に話した。エリサとハンスは、それを聞いて、静かに、笑顔になった。
「あなたの気持ちが聞けてとてもうれしいわ、クリスタル。今日は体験に来てくれてありがとう。私達ユーグは、あなたを歓迎するわ」
そして、エリサが、大きく頷いた。
「君のような子に、尊敬してもらうに足る組織であり続ける為に、私達ユーグの、良いところ、気になるところ、そういったところを、たくさん見て行ってください。そして、君が見た私達を、たくさん教えてください」
ハンスも、そう言って、笑った。




