第二章 結論と腕力比べ(5)
それから四日後。
クリスタルは珍しく、アルバートやサ・ジャラ達と一緒に外出していた。クリスタルがライモーと出会った翌日に、久々に帰宅したアルバートに見せたところ、サ・ジャラにも届けてくれ、休暇を合わせて一緒に出掛けることになったのである。想定外だったのは、どこで知ったのか、グロッドまでついてきたことであった。
「記念館は行ったのだね?」
家を出ると、アルバートに確認された。クリスタルが頷くと、彼は珍しい場所を提案した。
「どうだろう、少し遠出にはなるが、運動公園へ行ってみないか?」
「運動ですか」
クリスタルは躊躇った。できれば、アルバートやサ・ジャラには、あまり体力を消耗しない場所でゆっくりしてほしいところであった。
「ああ。普段デスクに向かってばかりだからね。体を軽く延ばすのも悪くない」
「若い頃はもともと肉体派でしたものね。今ではロープ登りも難しいのでは?」
そう言ってサ・ジャラが笑う。
アルバートは若干機嫌を損ねた顔で、彼女に指を突き付けた。
「言ったな。今でもお前よりは速いことを教えてやる。勝負するか?」
「お、いいな。俺も久々にやってみるか」
その勝負乗った、とばかりに、グロッドも名乗り出た。グロッドも軍隊経験者だけに、体力勝負には強いのであろう。
「グロッドは無理な運動は良くないのでは?」
そんなことをサ・ジャラが気にした。しかし、グロッドは問題ない、と言いたげに手を振った。
「このくらい、軽く汗を流す程度の運動じゃねえか。リハビリ代わりに何度もやったわ」
「医者に内緒で?」
少年のような目でアルバートが聞く。まるで自分もやったことがあると言っているようであった。
「勿論」
同じような顔で、グロッドは頷いた。似た者同士ということであるらしい。
というより、クリスタルの意見を待たずに、行先が運動公園に決まってしまったような状況に、
「私は、まだそこで良いって言ってませんけど。私をそっちのけにして三人だけで盛り上がるのは酷くないですか?」
一応、クリスタルは文句だけは挟んでおいた。足を止めた彼女は、アルバート達から少し遅れる格好になった。三人が振り向き、
「あまり体を動かすような体験はしていないだろう? 一度やってみるといい。楽しいぞ」
アルバートが三人を代表するように言った。クリスタルは苦笑いしか出なかった。
「そうしましょう。ところで私はワンピースしか持っていません。見えてはいけないものが見えてしまうかもしれませんけど、問題ないんですか?」
クリスタル自身には、羞恥心というものは、今のところまだあまり良く理解していない。しかし、トラブルになるのは避けたかった。
「そこまで激しい運動をしなければ大丈夫だ。それとも本格的にスポーツでもやるかね? ただ、ロープ登りは、君はやめておいた方がいいか」
アルバートが、答えた。しかし、クリスタルはその答えを別の意味で解釈した。
「私だって加減くらいはできます。引っこ抜いたり引き千切ったりはしません」
「確かにそれは困りますね」
と、サ・ジャラは笑った。今のクリスタルのボディーが遺憾なくその性能を発揮すれば、容易く運動公園のアスレチックコースを破壊することは、サ・ジャラも理解していた。
「というか、クリスタルの場合、ロープをよじ登るより、ジャンプで一番上に飛びついた方が速いので、勝負に混ざられると誰も勝てませんね」
「何なら上に飛び乗ってもいいですが、多分そんなことをしたら、それこそ、係員の人が血相を変えて飛んできますよね」
クリスタルも、半ば首を傾げるようにして笑った。一般的なロープ登り用の、ロープの高さは、高くても一〇メートル以下であった。そのくらいの高さは、軽くジャンプでひと越えである。
「それこそやめてください」
頷き、サ・ジャラが答える。
「そういえば、あまり詳しくクリスタルのスペックを聞いていなかったな。そんなに運動性能が確保されているのか」
アルバートがそう唸り、それから、良いことを思いついた、とばかりに、悪戯前の子供のような顔をした。
「ロープか棒を買ってから行こう。広場でクリスタルと綱引きか棒引きをしてみたい」
「この子が本気を出すとあなたひとりでは放り投げられますよ?」
呆れたように、サ・ジャラが頭を振った。彼女は一対一では勝負にすらならないことを知っている為であった。
「例えば、私達三人がかりで勝負して、クリスタルがハンデで片手しか使わないというのであれば、ひょっとしたら動くかもしれませんが。そのくらいの差はあります」
「ほう」
と、アルバートが声を上げ、サ・ジャラが、しまった、という顔をした。自ら興味の材料を与えてしまったことに気付いたのである。
「面白いな。やってみようじゃないか」
アルバートの提案に、グロッドも、
「楽しそうだな」
そう同調する。サ・ジャラだけがクリスタルに申し訳なさそうな視線を向けた。
「手加減してあげてください。本当に仕様のない」
「あとで何かご馳走してください。そうですね、私、パフェってものを食べてみたいです」
それでクリスタルは手を打つことにした。流れを遮るのも悪い気がしたので、ロープを買いつつ運動公園に向かうということで、彼女も同意した。
運動公園までは、ロワーズ邸から一時間も歩いた場所にあった。クリスタルには、何か乗り物で来た方が良かったのではと思えたものの、他の三人もそれだけ歩くことに抵抗があるどころか、良い運動だと考えている様子だった為、問題ないという結論で納得した。
クリスタル以外の三人は、まずはウォーミングアップだとばかりに早速ロープ登りの競争を始め、その間、クリスタルは初っ端から放置されることに大いに疑問を感じながら、彼女は三人に頼まれ、順位を判定する役目をすることになった。何故か五本勝負である。
結果、最初はグロッドが一位、アルバートとの僅差であった。サ・ジャラは本数が五本と多めであることからペース配分を考えたのか、一本目の速度は控えめであった。
二本目はアルバートが一位、その勝負も、サ・ジャラはマイペースで、最下位になった。
そして、三本目以降は、圧倒的な速度で、サ・ジャラが三本続けて一位を攫った。最後の五本目まで達すると、最早勝負にすらなっていなかった。
「最初から飛ばしすぎるからスタミナが切れるのです」
男達にそうはいうものの、サ・ジャラのスタミナが驚異的であるとも言えた。ふと、クリスタルは以前にライモーというアプリシアの青年が、彼女のスタミナについていこうとして、若手のメカニックが潰れると話していたことを思い出した。何となく、納得した気がした。
それから、いよいよアルバート待望のクリスタルとの綱引きである。アルバートの話では、丁度いい広場があるというので、彼の案内で広場に移動した。通常運動公園にあるような芝生の広場でなく、土の広場であった。天気が良い為か、それなりの人出で、思い思いにジョギングや体操をしている姿を見ることができた。
そういった者達から距離をおき、目立たないように、隅の方で大人たち三人と、クリスタルは向かいあった。約束通り、クリスタルは、ロープを右手一本で握った。
合図もなしに、アルバート達はいきなりロープを引く。サ・ジャラが考えた作戦のようであった。そうしなければ勝負にならないと考えたのであろう。
無論、クリスタルは力など待った入れていない状態である。それでもロープは握っていたので、ロープがすっぽ抜けるということはなかった。
代わりに、クリスタルもまったく動かない。まるで根を張った巨木のように、平然と片手でアルバート達三人が込めた力を受け止めた。以前の、エメラルドの時のボディーでは考えられなかったパワーであった。無論、それだけのパワーを出しても、内部機構が自壊したりもしない。結果、
「やめましょう。血管が切れますよ」
クリスタルが涼しげに声を掛けたことで、アルバートも満足したようであった。これはどうやっても勝てないと納得したのであった。
「完全にやりすぎじゃねえか。いいのかこれ」
と、グロッドが地面に倒れてサ・ジャラを睨む。サ・ジャラは座り込んで、
「自分で言うのもなんですが、まさかここまでとは」
クリスタルのスペックが高すぎることに、驚いていた。
「すげえな」
「なんだありゃ」
いつの間にかギャラリーも集まっていた。皆クリスタルの怪力を見て、何とも言えない複雑な顔をしていた。
さらには、さも信じられないとばかりに、見るからに力自慢といった者達が、クリスタルに綱引きを挑んできた。正直、あまりクリスタルは乗り気になれなかったが、アルバート達の体力が回復して歩けるようになる前に、その騒ぎでさらにギャラリーは増えていき、辞退も難しくなっていった。受けざるを得ない。クリスタルは、諦めて勝負をすることにした。
そして、クリスタルはすべての挑戦者を、片手で返り討ちにしたのであった。
自分のパワーは、使いようによっては凶器で、使い方を間違えなければひとの役に立つ強みであると、彼女は勝負を通じて自覚した。




