第二章 結論と腕力比べ(4)
一通り展示物を見て回ると、最終的には、球状多面体の最上階まで登ることになった。そこは館内テラスのような展望ラウンジになっていて、景色を眺めながら軽食やドリンクも楽しめるスペースになっていた。外が見えるのとは反対側は下階との吹き抜けになっていて、一面の巨大な一般居住区の街並み模型が見下ろせた。ミニチュア街のように一般居住区の模型の間を歩けるようになっていて、目ぼしい施設も分かるような物理模型である。
ライモーが御馳走してくれるというので、その言葉に甘えて、クリスタルはラウンジの椅子に座り、紅茶を飲んでいる。一方のライモーは何も頼まず、クリスタルの向かいで座っているだけであった。
「楽しかったです。案内してくれてありがとうございます」
改めてクリスタルが礼を言うと、ライモーはバイザーしかない顔を傾げて右手を振った。
「いいんだ。僕も良い休暇になった」
「やっぱり、ライモーさんも、ユーグ本部で働いているんですよね?」
そういえば、ライモーのことはまったく聞いていない。そう気づき、クリスタルはティー・カップをテーブルに置いて質問した。
「ああ、勿論。君みたいな良い子が、将来ユーグのメンバーを目指してくれると嬉しい」
クリスタルの外見は一三、四才の子供である。ライモーもその外見相応の年齢として、クリスタルを見ているふしがあった。もっとも、実年齢ということでは、クリスタルは、より幼い〇歳児ということになってしまうのだが。
「どんなお仕事をされているんですか?」
クリスタルは、他人に対しては、基本的に、それならそれでいい、というのがスタンスであった。自分が機械であることをあけすけに話すのも意味があることだとは思えず、できるだけ早くどこかでひとの役に立つ仕事がしたいと考えているとも、訂正はしなかった。
「僕? 僕は、そうだね。ユーグの皆が円滑に働けるように、皆の適正と状況を把握する仕事、かな。それ以外にもいろいろあるけど、それがメインだ」
ライモーがかいつまんだ回答をした。実際、組織というものを少しでも分かっている者であれば彼がだいたいどんな配属であるかは、その答えで分かるものではあったが、クリスタルにはまだ組織というものが分かっていなかった。
「ユーグの方々が、実際にどの位の頻度で出動されているとかいうことも把握しているんですか?」
それよりも、クリスタルはユーグそのものの活動実績に興味があったのもある。彼女はライモーに、それを尋ねた。
「うーん。まあ、だいたいはね。とはいえ、詳細まではいちいち覚えていないよ」
と、ライモーは笑った。そこまでいちいち気にして覚えていたら仕事にならないとばかりに。
「それは、そうでしょうけれど。やっぱりユーグって、皆さん激務なんでしょうか? なかなか休暇がないとか、本部や現場に泊まり込むことの方が多いとか」
彼女はアルバートやサ・ジャラが家に帰らない、くらいしか知らず、他のメンバーの状況も知らない。クリスタルにとってはその二人しか判断材料がなかった。
「どうして? 結構、皆、しっかり休んでいる筈だけど……」
「アルバートさんが、全然家に帰ってこないので、心配なんです。サ・ジャラさんも家に全然帰らないって聞きますし。最初は、わ……惑星アミナスへ行くのに長期で休暇をとった為に仕事が溜まっているかと思ったんですが、それにしては帰らない日が長すぎますし」
「あー、あの二人の知り合いかー」
ライモーも、頷いた。
「ずっと前から勤務時間が長すぎて問題になっている二大巨頭だ。うん、あの二人は、ちょっと、違う。あの二人はユーグ内でも異常だからね。あれを基準にしてほしくはない。ロワーズ総司令官が休まないっていうのは、本当に問題ではあるけど。それ以上に問題なのはサ・ジャラチーフだね。若手メカニックが彼女のペースと耐久力についていこうとして無理して潰れるのが本当に困る」
「やっぱり。なんとか止められないんでしょうか。いつか倒れるんじゃないかって心配なんです」
クリスタルは分かってくれる人が現れたと、少し興奮気味になる気を持ちを落ち着かせる為に、ひと口紅茶を飲んだ。それを眺めるライモーは、
「まったくあの二人は。こんな子まで心配させて。それにしても二人纏めて知り合いとは災難としか言いようがないな」
と、苦笑の声を漏らした。
「あの二人を止められる人がいたら、僕も是非紹介してほしい。多分、今のユーグに一番必要な人材だと思う」
「そんなにですか」
呆れて言うクリスタルだが、分かる気もしていた。言って聞くような二人でないことだけは間違いない。誰かが完全にスケジュール管理を掌握でもしない限り無理であろう。
「そんなにだよ」
それはライモーも感じているようであった。クリスタルとライモーは、互いに、自分の心配や苦労を分かち合える仲間ができた、とばかりにシンパシーを感じていた。
「なんとかならないんですかねえ」
「なんとかしたいねえ」
同じような言葉が、クリスタルとライモーから漏れた。どうにもならないという諦めの境地も似通っていた。
「ひとの命を守る仕事は尊敬しますが、自分達の命も守ってもらいたいです」
紅茶を飲み干すと、クリスタルは立ち上がった。その目は、最後の順路である、一階へ降りる直通エレバーターの傍を見ていた。
「売店がありますね。ちょっと覗きたいです。良いですか?」
「いいけど、何か気になるものが?」
ライモーも立ち上がり、尋ねる。いきなりすぎた為か、クリスタルが何を考えているのかは、彼に伝わらなかったようであった。
「はい、ちょっと。多分こういう所なら売っているんじゃないかと思って。何故かこういうところには、たいてい必ず似たようなものが売っているって」
クリスタルはライモーを引き連れ、売店に足を踏み入れた。売店のラインナップは観光地の土産物屋やテーマパークの売店とだいたい似通った商品が置かれているようであった。
菓子類、ぬいぐるみ類、昔ながらのジグソーパズル、ロゴや文字入りの衣服類、帽子等々――
それらが陳列された中を歩き回り、クリスタルはにっこり笑った。目当ての物を見つけたのである。
「ありました」
と、彼女が手に取ったのは、液晶パネル式の壁掛け型のメッセージボードであった。タッチペンでメッセージを書けるものである。フレームにはユーグとは無関係に思える、半分擬人化された犬のようなキャラクターが描かれていた。そのキャラクターのことはクリスタルも良く知らないが、可愛らしいと、彼女は気に入った。
それを二つ買い、クリスタルは、エレベーターホールで立ったまま、早速それぞれにタッチペンでメッセージを書き始めた。そして、出来上がると、内容をライモーに見せた。
『三日に一度は家に帰ること。破ったら一日クリスタルに付き合う日を作り、お気に入りの場所に案内すること』
それがメッセージボードに記入された内容であった。それを読み、ライモーは笑った。
「それは良いね」
「あとはこれをサ・ジャラさんの家と、アルバートさんに見える場所に掛けておきます。アルバートさんへの効果は自信ありませんが、サ・ジャラさんは破ったら飛んで来ると思います。問題はわざと破りかねないことですけど」
クリスタルも笑い、二人は記念館を出る為に、丁度上がってきたエレベーターに乗った。
「サ・ジャラとはそんなに付き合いがあるんだね」
一階に向かって降りていくエレベーターの中で、ライモーが不思議そうに言う。サ・ジャラは本部内では付き合いが良い方ではないのかもしれない。
「はい。私もサ・ジャラさんは大好きですから。だから心配です。勿論アルバートさんも」
クリスタルが頷くと、またライモーは苦笑いの声を上げた。
「本当にあの人達は。なんでこんな子にそこまで心配させてまで働くんだか」
一階にエレベーターが着く。クリスタルとライモーは、そのまま記念館を出て、門を出るとどちらからともなく、道に立ち止まった。
「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました」
クリスタルが礼をまた言うと、
「本当に礼儀正しいな。それじゃあね」
ライモーは愉快そうに挨拶をした。クリスタルもライモーに、
「はい、それじゃあ」
と、挨拶をし、踵を返して歩き始めた。背中に、眼のないライモーの視線を感じながら、彼女は歩いた。
「ちょっとは気にかけてくれると良いんですけれど」
購入したメッセージボードを胸に抱えて、帰路を急ぐ。
「倒れてからでは遅いです」
それだけを、本当に彼女は心配していた。




