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第二章 結論と腕力比べ(3)

 ライモーに案内され、辿り着いた場所は、二階建ての建物の上に、無数の平面を組み合わせて限りなく球体に近い建造物をオブジェのように乗せた場所であった。入口の門には、確かに、ユーグ本部建立記念館というプレートがあった。

「不思議な形ですね」

 門を入った場所で、足を止めて記念館の建物を眺めるクリスタルに、

「上の球体のような部分は、この居住区画の部分を表現しているそうだよ」

 ライモーが簡単に説明した。そう言われると、成程、納得できる建造物なのかもしれれないと、クリスタルも思った。

「さあ、入ろう。常時無料開放されているから入館料は心配しなくて大丈夫」

 ライモーに促され、クリスタルも再び歩き出した。

 建物に入ると、入ってすぐは、二階まで吹き抜けになっているホールになっており、ホールの中央には、精密なユーグ本部全体像の模型が見えた。グリスたるは早速興味を惹かれ、模型だと思ったそれに近づく。物理的な模型に見えたそれは、円形の台や天井に仕込まれたプロジェクターで投影された三次元ホログラムであった。

 クリスタルは台に、アナウンス音声再生ボタンを見つけ、押してみた。すると、ガイドが始まる前に、

『すべて聞くと三〇分程度掛かります。再生しますか?』

 という質問メッセージと、はい、いいえ、の選択ボックスが目の前の空間に表示された。選択肢の文言がシンプルなのは、多種多様な星系人に配慮し、誰が見ても意味を取り違えないようにとの配慮なのであろうと、クリスタルは感じた。

 クリスタルは、はい、を迷わず選択した。すると、音声ガイドらしき女性の声で、

『ご利用ありがとうございます』

 と、まず最初に一言、前置きの言葉が流れた。それから、ユーグ本部の人工天体についての概要説明が流れ始める。

『ユーグ本部は、居住地区だけで直径四〇〇キロメートル、その外側のリング部分やそこから伸びた各区画を合わせると、最長で一五〇〇キロメートルにも及ぶ、たいへん壮大な人工建造物です。銀河間連盟広しといえど、宇宙空間に、これ程巨大な建造物が浮かんでいる例は、他にはありません』

 そんな風に、ナレーション風のガイドが説明を始める。クリスタルは、真剣にそれに聞き入った。実際の所、そのあたりの情報は、既にクリスタルのデータの中には記憶されていたが、それでもそのデータが本当に正しいとは限らず、誤りが見つかれば修正つもりでいた。

『ユーグ本部は、大きく分けて四つの区画から成りなっています。一つは今私達が居る球形の居住区画、次に、それを取り巻く輪状区画、輪状区画の外に配置された、ハニカム構造の宇宙港区画、その他の三方向に突き出た円筒状の、研究区画、製造区画、本部区画となっています』

 アナウンスはそのように語るが、映像上では特に説明の度に該当部分の色が変わる等という強調表示はなく、こと、円筒状の区画については、どれがどの区画なのか区別はつかない。セキュリティ上の都合なのかもしれないと、クリスタルは特に気にはしなかった。

『本アナウンスでは、特に、居住区画について説明いたしましょう。他の区画について情報を聞きたい場合には、直接、ユーグ本部、広報までお問い合わせください』

 というガイドも付け加えられ、自分の理解はおそらく間違ってはいないと、クリスタルは解釈した。

『居住区画は、一見円形に見えますが、実際には非常に多数の平らな面を組みあわせ、極めて円形に近い多面体構造として建造されています。これは直径四〇〇キロメートルという大きさは、建造物としては巨大であれ、球体として曲面を無視できるほどには大きくなく、住居などの建物を建てる為に不便となる為です。そして、球状に近い構造となっている理由は、重力を持つ天体としては極めて小さく、あまり面が大きいと面の中央と端の部分で、重力に差ができてしまう為です。通常の規模の惑星であれば無視できる程度の差でしかないこの問題は、重力を発生させている核部分と、地表までの距離が、通常の惑星よりもはるかに近いユーグ本部の居住区では、無視できないのです』

 随分難しい説明をするのだな、と、クリスタルは内心驚き、

「これは、小さい子に理解できるんでしょうか」

 ライモーに尋ねずにはいられなかった。彼も苦笑し、

「僕もそう思う」

 そう、頷いた。そもそも重力のことなど、学者でさえまだすべては解明できていない話である。それ単体でいうところの重力、などというものはないという説も根強い。あるともないとも、ほとんどの文明が未だ立証できていないのではなかろうか、と、クリスタルは首を捻った。

「だいたい、それ以前にもっと切実な問題がありますよね。球面に限りなく近い多面体構造にしないと、面と面との間の角度が酷いことになることの方が深刻だと思います。自分が立っている水平面から、隣の面を見た時の角度が、三〇度もあればもう恐怖を感じるくらいの斜面ですし、四五度を超えればもう崖も同じです。そんな設計の場所なら、上下を定めて内部をくり貫いた階層構造にして住んだほうがまだ建設的です。不都合なく表層面で暮らす為には、限りなく球体に近づけるほかない筈です」

「そうかもしれないね。うん、そう言われると、難しい理屈より、ストレスなくひとが暮らせるってことの方が大事なことな気がしてくるな。確かにそうだ」

 ライモーが頷き、感心したような声を上げる。もっとも、クリスタル本人は、それを見ていなかった。ホログラムの台を眺めながら、ガイド音声の再生ボタンが点滅しているのを見ていた。

「あ、と。もう一回ボタンを押すとアナウンスが止められるんですね。これはもう十分ですから、止めてしまって先を見たいです。良いですか?」

「僕は何度も来ているからね。君が満足したなら止めてもらって構わない」

 そもそもガイドにもあまり関心がなさそうに、ライモーはクリスタルに任せると答えた。それを聞き、クリスタルは音声アナウンスのボタンを再度押し、中断させた。

 それから、順路に従い、次の展示物のエリアに進む。順路は一階の奥の方に続いており、そこには、ユーグ本部建造時の画像を表示しているパネルモニターが並んでいた。それを見る限り、そもそも、居住区画となっている球状多面体と、それを取り囲む輪状区画は、ユーグ本部の為に建造された訳ではなく、もともとこの場所に存在した人工天体を再利用したものであるようだった。

「銀河帝国ディサイオンですか。どんな文明だったでしょう」

 居住区画の前身は、銀河帝国ディサイオンと呼ばれる文明によって銀河外の前哨基地として築かれた宇宙要塞であったと思われる、とされていた。だとしたら、随分大きな要塞を建造したものである。大きさは、発見当時から、現在の規模とほとんど変わっていないようであった。

「要塞の外側のリング……そういうことなんですね」

 その正体が分かった気がして、クリスタルは頷いた。おそらく現在もその用途で使用される前提であるのだろうと。

「どうかしたかい?」

 ライモーに尋ねられたため、クリスタルは、小さな声で、周囲に人がいても聞こえないように、彼に耳打ちした。

「リングは、巨大なバリア発生設備ですね」

「どうだろう」

 ライモーは答えを濁したが、やや上ずった声が、それが正解か、限りなく正解に近いかのいずれかであることを物語っていた。

「重力発生システムも最初からあったんですね。地区によって重力の強さが顕著に違うってシステムは、どうやってゾーン分け制御されているかは分かっているんですか?」

 その反応だけで満足し、クリスタルは耳打ちをやめ、普通の声量でライモーに別の質問をした。彼は、僅かに両腕を広げて肩を竦めるような動作をした。

「僕はそういうのは専門じゃないから詳しくはないな。実はよく分かっていない部分があるって話は聞くけど」

「そうなんですね」

 そうだろうと、クリスタルは思った。

 無論、彼女にも、その原理が分かる訳はなかった。


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