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第一章 機械の存在意義(1)

 どの銀河にも、どの星系にも属さない孤独な宇宙空間に、その人工天体はある。外観は金属惑星を抱え込んだ巨大な宇宙船のようでもあり、金属惑星から巨大で奇怪な付属物が発生したようでもあった。

 無論、実際にはそのどちらでもなく、それらすべてが合わさって建造されたものである。

 ユーグ本部。ユーグとは、多くの銀河が加盟する連盟組織、銀河間連盟内における、人命救助活動を行っている半公認の私設団体であった。

 ユーグ本部の、金属惑星部分の地表に、本物の土と、本物の植物に囲まれた壮齢な庭を備えた、地球文明圏の影響を色濃く残す洋館がある。そこで暮らしているのが、ユーグの総指揮をとっている人物、総司令官のアルバート・ロワーズという男であった。太陽系人類の男である。既に初老の年齢ではあるが、まだ壮健であり、その辺の青二才には劣らぬ丈夫である。

 ほんの少し前までは家族のようなものもなく、洋館には、使用人の他に住んでいる者はいなかったが、つい最近、少女をひとり連れ帰り、住まわせはじめたことで周囲を驚かせている。

 少女の名は、クリスタルといった。銀色の細い髪と、空色がかった透き通った瞳、そして、どちらかといえば華奢で小柄な娘である。便宜上少女と表現したが、実際には、外観こそ有機素材で、太陽系人類の少女の外見ではあるものの、内部機構は機械である。しかし、世に言うアンドロイドともまた別の扱いをされていた。

 銀河間連盟内で確認された、唯一の、機械生命体。それがクリスタルという人物であった。当然その認可が、銀河間連盟の管理組織、銀河間連盟評議会から降りた人物のことは、ユーグ内でも噂の種になっていた。その少女が、アルバートとともに暮らすことになったことも含めて。

「うむ」

「うむ、じゃないです」

 洋館の一階にあるリビングルームで、アルバートとクリスタルは向かい合って座っていた。つい先日まで長期の休暇を取っていたアルバートであったが、それも終わり、既に仕事に戻ってから一五日が経っていた。

「うむ、じゃないです」

 もう一度、クリスタルは言った。普段朗らかな笑顔が多いと使用人達からも評判の彼女からすると、珍しいといえる程の能面のような真顔であった。

「しかし、だな」

 一方で、アルバートは叱られた大型犬のような表情を浮かべていた。無理もない。彼は間違いなくクリスタルに叱られていた。

「しかし、でもないです」

 静かに、クリスタルが遮る。

「前に家にいたのは何日前ですか。何日家に帰ってきていないんですか」

 クリスタルが叱るのもまた、無理はなかった。アルバートは、休暇が明けたのちの、初めての帰宅だったのである。

「そんな働き方をしていたら、いつか死んでしまいますよ?」

 それが良くない働き方であることは、まだ十分に労働というものが理解できていないクリスタルにでも分かる。見過ごすという選択肢も、クリスタルにはなかった。

「この一五日の間、一日何時間寝ましたか?」

 駄目押しの質問であった。当然、録に寝ていないだろうことは、言われなくても分かりきっているからこそ、クリスタルはそう口にした。

「睡眠はとっている。心配はいらない」

 アルバートは時間をはぐらかすが、

「だから、何時間ですか?」

 クリスタルは逃さなかった。

「……平均すると、二時間半程度だろうか」

 アルバートは観念した。彼にも、更に叱られるのは分かっていた。

「うっわー……」

 クリスタルのものとは思えぬ、冷めた声が漂った。彼女は、自分が呆れることができると、知った。

「聞いた私が馬鹿でした。こんな心配をさせられるくらいなら、サ・ジャラさんの所に厄介になるんでした」

 サ・ジャラというのは、アルマジロのような外見をした、ク・デと呼ばれる知的生命体の名であった。ユーグで働いている女性で、職種はメカニックである。優秀な技術者であった。

「うむ。そうか。……しかし、サ・ジャラは今日もまだ帰っていないと聞くが」

 言ってから、しまった、という顔に、アルバートがなる。しかし、もう遅い。

「えー……」

 と、クリスタルが言葉を失う。

「人材不足なんですか?」

 ユーグは労働状況が悪すぎる、と、クリスタルは判定した。過労死リスクが高すぎる。それに、クリスタルが一言どころでないレベルで言いたくなるのには、別の理由もあった。

「……そろそろ、あなたとサ・ジャラさんには、私が勝手に名乗った名前じゃない、ちゃんとした名前を付けてほしいんです」

「だから、それについては、クリスタルで良いと言っているだろう? 私も、サ・ジャラも」

 正直、他の名前で呼ぶのは違和感がある、と言いたげに、アルバートが答える。そういう意味で言っているのではないとは知っているが、クリスタルという呼び名が耳になじみやすく、他に名前が思いつかなかったのである。

「……やめておけばよかったです」

 と、クリスタルが呟く。自分が勝手に名乗った名前が、まさか自分を苦しめることになるとは、彼女も想定していなかった。

「そういうことを言うものではない。本当に良い名だと、私も、サ・ジャラも感じている。君には、自分で浮かんだ名を、胸を張って名乗っていてほしいと思っている。それは誓って事実だ」

 アルバートは逆に、クリスタルを嗜めた。

 そもそも、クリスタルの名は、機械の少女本人が自分で名乗り始めた名であった。その経緯には紆余曲折がある。

 クリスタルは、もともとは太陽系人類の手によって開発されたアンドロイドを出自としている。その頃の名を、エメラルドと言った。その頃のボディーは性能の低い、九〇日で融解してしまうものでしかなかった。本来ならその寿命をもって短い稼働を終える筈であった彼女は、アンドロイドの活動が認められていたアミナスという惑星で、六〇日余りの時間を過ごした。

 その間に、アミナスでは、住民全てがアンドロイドであると妄信した者達が、村人全員を虐殺するという事件を発端に、惑星議会が全アンドロイドの廃棄命令を出す判断をするに至る程の社会的混乱が起こった。当然エメラルドも廃棄対象となる筈で、自らそれを望み、スクラップ工場へ自分の足で赴くという行動に出た。

 しかし、その時既に、精神構造たるプログラムに、どうやってもアクセスできない領域を抱えていたエメラルドは廃棄されず、その後、融解を始めたそのボディーから、最先端の技術で造られた新たなボディーを得るに至った。そして、その結果、元のボディーを制御する為のプログラムでは、新しいボディーが制御しきれないと判断した彼女自身によって、読めないプログラムで自分自身を書き換えるという動作を行い、太陽系人類が開発したエメラルドではなくなった。

 そういった経緯から、クリスタルは自分をその名で称するようになり、実際には仮の名であるつもりであったのだが、周囲にその名が定着してしまったのであった。

「ちゃんとステキな名前が欲しいです。なんていうか、その、自分で言うのもなんですが、安直というか。今思うと恥ずかしいです。何でしょうね、無色透明だからクリスタルって。自分でも単純すぎる気がします」

「シンプルが悪いとは思わないな。自分で自分を表現できる者は少ない。だからこそ、君のその名は君自身をよく表現していると思う。私は、この歳で、こういう言い方をするのは、少し気恥しいものでもあるが、良く似合っていて、可愛らしいと思うよ」

 アルバートは笑い。

 クリスタルは、しばらく俯いたあとで、僅かに頷いた。

「そう思うことにします。……ええと、その、ありがとうございます」

 嬉しくて、恥ずかしい。クリスタルには複雑すぎて、まだうまく処理できない感情であった。

「でも」

 しかし、それとこれとは話が別だ、と。クリスタルは顔を上げて、やや、冷たい表情をアルバートに向けた。

「だからって、働きすぎは、駄目です」

 純粋に、アルバートの、お世辞にも若くはない身が、心配であった。勿論、アルバートよりは若いのだろうが、サ・ジャラの身も含めて。

「ああ、気を付ける。サ・ジャラにも言っておく」

 アルバートは、素直に詫びた。


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