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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
前期学園祭編
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第94節 敵か味方か

「それでは、そろそろ行きましょう」


「うん」


 私たちは部屋での休憩を終えて、闇夜に紛れながら"第3区画"の入り口がある壁を目指して進んだ。塔からはライトが照らされていて他の部員の動向をさぐっている。あの光の下に入ればすぐさまゴーレムが集まって来るのだろう。私たちはその光を避けながら慎重に行動している。


「目の前の寮を迂回すれば第3区画を隔てる壁に到達できるはず!」


「……妙です。昼側の方ではあれだけ激しい戦闘が繰り広げられていたのに、夜側ではゴーレムはおろか他の部員の姿すら見かけていません」


「単に昼側の方に集中しているだけじゃない?」


「……そうだといいのですが」


 私たちはそのまま寮を迂回しようとする。そのとき、寮の中から微かに誰かが歩く音が聞こえてきた。音から察するに、非常に慎重に行動しているらしい。それに足音は複数ある。その音は段々とこちらに近づいてきていた。私たちは一旦立ち止まり、寮の入り口に狙いを定める。


 すると突然赤髪の女子生徒が飛び出してきて、こちらに指先を向けた。その瞬間、赤幻素が凝縮され一気に放出される。それはまるで熱光線のように真っ直ぐこちらに向かってきた。私は慌てて青幻素の矢を放ち、攻撃を相殺させる。



 ———パリーーン!!



 すると私たちの横にあった寮の窓から突然青髪の男子生徒が身体を丸めて突っ込んできた。彼はそのまま手に持つ"フライパン"でシオンに殴りかかる。シオンはそれを杖で受け止めて弾き返す。私はどう考えても戦闘には不向きなその"武器"を見て気づいた。


「待ってください!給食部の皆さん!私です!アオです!」


「「———!」」


 もうすでに次の攻撃の構えをとっていた2人は私の声を聞いて立ち止まる。そしてハッと気づいたような顔つきでこちらを見た。


「アオさん!それにシオンさん!すいません、暗くて気づきませんでした」


 イリアンとフレンチは慌ててこちらに駆け寄って来た。


「まさかあなた方も参加してたんすね。何か部活に所属してるんすか?」


「いえ、私たちはあくまで飼育部の代理として参加しています。ホルンの乳を手に入れるために」


「なるほど。だとしたらアゼンさんはどこにいるんすか?」


「先輩とは第3校舎で別れました。そういえば、そこでフランさんに会いましたよ」


「え!?部長に会ったんですか!?どうでしたか部長の戦う姿!かっこよかったでしょ?」


 イリアンが興奮した様子で尋ねてくる。


「いえ、私たちはすぐに離脱したので戦闘しているところは見ていません」


「そうなんですか……それは残念です……部長の技は世界最高レベルなのに……」


「……世界最高?」


 シオンがそう言いながら眉をひそめる。何やら話が長くなりそうなので私は早速彼らに協力しないかと提案した。この先の第3区画がどのようになっているかは予測できないため、仲間は多い方がいざという時に対応できる。第3区画への入り口はもうすぐなのでゴーレムが集まってきてもなんとか区画に侵入することは出来るだろう。


 イリアンとフレンチも協力することには賛成したが、入り口に行くことに関しては難色を示していた。そのわけを尋ねると、イリアンが『聞くよりも見たほうが早いです』と言って私たちを入り口付近の寮にまで案内した。寮に着くと中に入って部屋から隠れて入り口のほうを見た。


 入り口は第2区画のときと同じく扉などはなく壁に隙間があるだけだった。だが1つ違いがあるとすれば、隙間の両脇には大量のゴーレムが無惨に積み上がっており、その2つの山をぴょんぴょんと往復しながら飛んでいる生徒がいた。


 赤い縫い目の入った三角帽子をかぶっており、手には歪な杖が握られている。間違いない。彼女は———


「魔女リリエルですね。ぶっ飛ばしましょう」


「ちょ、ちょっと待ってくださいシオンさん!相手の実力は相当なものです。現に私たちは彼女が大量のゴーレムをまるでお菓子のクッキーのようにいとも容易く砕いていく姿を見たんです。それで先に行ってくれればいいのに何故か入り口で居座っているのでどうやって進めばいいかわからなくて困っていたんですよ……」


「入り口で居座られたらどうしようもないです。やはりぶっ飛ばしましょう」


「シオン、それはさすがに脳筋すぎるよ……。うーん……例えば彼女の注意をどこかに逸らしてその間に中に入る、とかどうですか?」


「注意を逸らすってどうやるんすか?彼女の興味を引けるものなんてあんまりなさそうっすよ?」


「確かにね♪、けど、君たちには興味があるよ♪」


「「「「———!」」」」


 私たちは一斉に振り返った。そこにはさっきまでゴーレムの山の上で遊んでいた無邪気な魔女が、部屋の扉の前に立っていた。シオンは瞬時に杖を構えて緑幻素を放出し、鋭い木の根を形成して攻撃する。常人には反応しきれない速さでの攻撃だったが、その根が魔女のもとに届くことはなかった。根は魔女の持つ杖の前で静止し、自壊していく。バラバラになった根はそのまま入り口付近に飾りとして置かれていた皿の上に浮遊しながら移動して、散乱した。


 魔女は皿を手に取り、私たちに近づきながら皿に乗っている根をバリバリと食べ始めた。


「ふふっ♪、まろやかでとっても美味しい♪。食堂のスイーツとして出したら結構人気が出そうだよ?」


「……何しに来たんですか」


 イリアンはそう言って指先をリリエルの方に向ける。


「そんなに怖い目でみないで。私は別にあなたたちに危害を与えたいわけじゃないよ。さっきからずっとこっちをチラチラと見てたから気になっちゃって。あ、もしかして第3区画に入りたかったの?」


「……はい」


「いいよ♪」


「……え?」


「君たちなら通っていいよ♪。元々"対象外"だったし、何より美味しいお菓子を食べさせてくれたから♪」


 そう言ってリリエルは皿の上に乗った木の根を全て口の中に入れて頬をいっぱいに膨らませる。私は小声でイリアンに話しかけた。


(イリアンさん、どうします?通っていいって言ってますし、ここは素直に通させてもらったほうが……)


(……そうですね。ですが、これが彼女の罠である可能性もあります。入り口を通り抜けるまでは充分警戒して、抜けたあとは全力で逃げましょう)


(了解です)


 イリアンは私の返事に頷くと、指を下ろしてリリエルに話しかける。


「……わかりました。それじゃあ遠慮なく通らせてもらいます。ところで、リリエルさんはどうして先に行かないんですか?魔女倶楽部は前回1番最初に会議場に到着したはずですよね?」


「今年はちょっと"仕事"があるの。もちろん、君たちには関係ないから安心してね♪。さっ、早く行きましょ♪。私も入り口に戻らないと」


 こうして私たちは寮から出て悠々自適に入り口へとたどり着いた。リリエル曰く、私たちは"対象外"らしいのだが、もしその対象だった場合は、両脇に積まれたゴーレムのように一切の容赦なく攻撃されていたかもしれない。そのことに戦慄しながら入り口を抜けようとする。


「それじゃあ私のお見送りはここまで♪。第3区画について少しヒントをあげるなら、"この区画の壁は特に分厚い"。このことを覚えておくといいよ」


「わかったっす。あんた、案外優しいんすね。ゴーレムをボコボコにしてる姿を見たときはもっと恐ろしい人なのかと思ったすよ」


「ふふっ♪、私は敵には容赦ないだけだよ♪」


『それは私も同じだ』


 上空から聞き覚えのある声が聞こえてくる。それと同時に、今まで一度も閉じることのなかった区画への入り口がゆっくりと閉じ始めた。


「まずい!急いで中に入りましょう!」


 私たちはなんとか全員第3区画内に入ることができた。振り返ると、閉じかけの入り口からリリエルの姿が見える。彼女は不気味な笑みを浮かべながら空を見上げていた。



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