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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
前期学園祭編
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第93節 隠されたもの

 "第2区画"へと辿り着いた私たちは、2つの驚くべき光景を目にすることになった。1つ目は、もっと先に進んでいると思っていた第一陣の部活動らがここで蠱毒のように戦闘を繰り広げていたこと。2つ目は、その戦いの場所に、私たちの寮にそっくりな建物が建ち並んでいたこと。


「部長、ここに見覚えがあります」


「うん、私もだよ……そういえば、ヨカ先輩から、元々学園の寮は本部の前にあったんだけど、前生徒会の"取引"の影響でここは放棄されたって話を聞いたことがある……まだ残ってたんだ……」


「けど、中央にあるあの高い塔は工務部が作ったものだよね……?」


「そうですね。あと、周りで他の部活動の部員を蹴散らしているゴーレムもです」


「あのゴーレム、第一区画で見かけたやつよりもなんか動きが人間ぽいですね」


 入り口付近で周りの様子を慎重に見ていると、寮と寮の間の道の奥から白衣を着た背の低い少女が叫びながらやって来た。彼女の横には同じく白衣を着た部員が慌てた様子で走っており、さっき見かけたゴーレムに追いかけられている。


「あの人、毒研のレイ部長では……?」


「え!?レイ!?やば、なんかめんどくさいことに巻き込まれそう……みんな!逃げよ!」


「メイちゃん……あの人たち、真っ直ぐこっちに来てるよ……」


「おーーい!おぬしら!!後ろのデカブツをなんとかしてくれぬかーー!!」


「シオンさん、破壊して来ますね」


「待ってください。2人でやります。あのゴーレムは今までのやつより手ごわいです」


「わかりました」


 私たちはゴーレムに向かって走り出す。毒研の部員とすれ違った所で私はゴーレムに向けて青幻素の矢を放つ。矢は頭に命中したが壊れるどころか傷ひとつ付かない。


「私が動きを封じます。その間に濃度の高い青幻素の矢を練り上げてください」


「了解です」


 私は立ち止まって弓を構えて青幻素を凝縮させる。それを止めようとゴーレムは隣の寮の天井を引き剥がしてこちらに投げつけてくる。それをシオンさんが地中から根を生やして弾き飛ばし、その根を伸ばしてゴーレムの身体に巻きつけた。


「練り終わりました!いつでも撃てます!」


 私は身動きできないゴーレムの頭に狙いを定める。しかし、驚いたことにゴーレムは一瞬にして茶色幻素に霧散してしまった。そして根の隙間から工務部の部員らしき生徒が地面に着地してこちらへと走り出し、茶色幻素を放出して再びゴーレムを"纏った"。


 私はすぐさま矢を放つが身軽に身体を動かして避けられてしまい、ゴーレムは腕を大きく振りかぶってこちらを潰そうとする。咄嗟に後ろに飛んでなんとか避けることはできたが、その後も攻撃は続き防戦一方となった。


 さらに、遠くの方からドシン、ドシンと複数のゴーレムがこちらに向かってくる音が聞こえてくる。


「やばいやばいやばいよ!ゴーレムが集まってきてる!」


「あやつらは人が多く固まっている場所に集まってくるのじゃ!あの塔から随時監視されておる!」


「え!それじゃあ毒研が来たから集まって来てるんじゃん!」


「仕方ないじゃろ!ワシらもピンチだったんじゃ!」


「2人とも〜ここで喧嘩しても意味ないですよ〜。レイちゃん、あのゴーレムが狙ってるのは私たちですし、戦ってる2人の援護に行ったほうがいいんじゃないですか〜?」


「……そうじゃな。じゃが、それはわし1人で十分じゃ。おぬしらは近くの寮でわしが戦い終わるまで隠れておれ」


「了解です〜」


 レイはそう言うと、寮の屋上にまで跳躍し、ゴーレムの頭上近くまで接近した。


「おぬしら!ここからはわしが相手をする!2人は離れるのじゃ!」


「シオンさん、レイさんの言う通りここは一旦引きましょう。彼女のほうがゴーレムとの戦いに慣れているはずです」


「……わかりました」


 私とシオンさんはトレハン部がいるところに戻る。するとメイさんが意を決して私たちに話しかけた。


「お2人とも、さっきは本当に助かりました!ですが、ここから先は別々に行動しましょう。レイの言っていたことが事実なら、ゴーレムは人が多く集まっている場所にやって来ます。私たちがいたら足手まといになってしまう……けど!会議場へ真っ先に辿り着くのは私たちトレハン部です!お2人とも、会議場でまた会いましょう!」


「……はい!」


「それじゃあ、行くよみんな!」


「あ、部長!勝手に行かないでください!」


「ベンティアちゃん、ちゃんと着いてきてる……?」


「うん、だいじょうぶ!ふたりとも、バイバーイ!!」


 こうして私たちはトレハン部と別行動をすることになった。私たちもすぐにその場を離れようとしたが、その途中で、毒研のレイ部長の本領を見ることになった。


「あやつらは行ったか……。さて、こやつの中には人が入っておるからな……手荒な真似はしたくなかったんじゃが、仕方あるまい」


 ゴーレムはレイ部長に気がつき手を使って寮の屋上から薙ぎ払おうとする。レイ部長はそれを跳躍で躱してゴーレムの後ろ側に着地する。ゴーレムはすぐさま振り返り、拳を彼女の目の前に突きつける。だがそれが彼女に触れることはなく、緑幻素で創られた何重にも重なった膜によって防がれていた。


 しかし、それは拳を霧散させることはできず、徐々に膜を破ってレイ部長に近づいていった。彼女はため息を吐きながらその膜を膨張させた。その勢いで拳は弾かれゴーレムは少しよろける。


「ふーむ。フランの真似をしてみたが、やはり上手くいかぬ。あやつの"アレ"は一体どういう仕組みなんじゃ?天才であるこのわしにすら理解できぬとは……ちょっとへこむ」


 彼女が落胆している間にも、ゴーレムは両手を握りハンマーのようにして彼女の頭上に振り下ろす。彼女はそれを上を見上げもせずに避けて、両手をゴーレムの前に掲げる。


「まぁよい。わしには必要のない力じゃ」


 するとレイ部長の目の前に"緑と茶色"の巨大な円が出現し、それがゴーレムの頭上へと移動する。



対物毒十輪零犬タイブツドクトリンゼロワン



 彼女がそう言うと、円の中から紫色の液体状の犬が大量に降ってきてゴーレムに噛みつき瞬く間に溶かしていった。中にいた部員は溶かされずにそのまま地面へと落下して気を失った。


「シオンさん、今レイ部長が幻素を2色使っていませんでしたか?」


「先輩も稀にいると言っていたし、あの人がそれに該当するだけの話です。それより早くこっちに来てください。夜側のほうが目立つに済みます」


「は、はい!」


 私はシオンさんに急かされて慌ててその場から離れた。夜側のほうに入ると、寮の街頭には明かりがついていた。放棄されたのにまだ電気が通っていることが疑問に思ったが、何も見えないよりはましだと考えて気にしないことにした。


 私たちは一旦近くの寮の中で身を潜め、休憩をとることにした。ここから先は戦闘の連続になるので少しでも力を蓄えておく必要がある。


 私たちが入った部屋にはベッドが2つあった。どうやらここの寮では2人でひと部屋使っていたらしい。私たちはそれぞれベッドに腰掛けた。


「シオンさん、怪我とかはしてないですか?」


「大丈夫です。アオのほうこそ、何か問題はありますか?」


「いえ、特には」


「そうですか」


「はい」


「……」


「……」


 気まずい空気が部屋の中に満ちている。シオンさんと知り合ってから随分と経つが、第一印象が互いに最悪だったのでこれまでも親密に話すことはなかった。現に、私もシオンさんも、同い年なのに今だに敬語を使っている。


 何か話すことを考えていると、頭の上のライちゃんが突然モジモジし出した。私がライちゃんを持ち上げて膝の上に置いてあげると嬉しそうに身体を揺らした。どうやら今までずっと頭の上にいてしがみつくのに疲れてしまったらしい。ライちゃんは私の膝と膝の間で短い足をぶらぶら揺らしている。


 すると、シオンさんがライちゃんをまじまじと見つめながら私に話しかけてきた。


「その子、私には触れないんですよね」


「はい……私以外の人が触ろうとすると、手が通り抜けてしまうんです」


「不思議です。世の中にはこんな生き物もいるのですね。それに、この子はアオによく懐いている。……羨ましいです。私は動物にあまり好かれないので」


「………あ、あの!もし、もしよかったら一緒に飼育部に行って幻獣を見に行きませんか?動物に懐かれなくても、幻獣だったら大丈夫かもしれません!」


「いいですね。行ってみたいです」


 そう言って、シオンさんは微かに微笑んだ。それは、神秘的な笑顔だった。そう、表現するしかなかった。


(シオンさんの笑みは、本当にきれい……だけど……)


「あと、前々から思っていたことなんですが、アオ、私に敬語を使う必要はありません。呼び捨てで構わないです」


「え、だけど、シオンさんだっていつも敬語を使ってるじゃないですか?」


「私は"これ"しか知らないからです」


「敬語しか話せないってことですか?」


「はい」


 シオンさんはさも当然かのように頷いた。敬語しか話さない、ということではなく、敬語しか"話せない"というのは、一体なぜなのだろうか。私はシオンさんについて、まだ何も知らない。


「けど、問題ありません。こうして会話はできていますから」


 彼女はそう言って、また微かに微笑んだ。


 ———知りたい


 私はそう思った。


「それでは……こほん……シオン、私はシオンにも、敬語をやめてほしい!敬語以外知らないなら、私が教えるよ!シオンともっと沢山お話しして、もっと仲良くなりたい!だから、これからもよろしくね!シオン!」


 私は、私の想いを全て伝えた。シオンは少し驚いた顔をして、そのあとすぐに口を押さえた。


「ふふっ、アオ、ルナみたいな口調になってますよ」


 そう言って、彼女は"微笑んだ"。神秘的でもなんでもない、ただ可愛らしいだけの笑顔だった。


 ———知りたい


 私はそう思った。

 "神秘"の裏に隠された、シオンの、"本音"を。


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