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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
前期学園祭編
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第89節 重なる姿

 お(にぃ)、お(ねぇ)、確かにルナはそう言った。ルナに弟がいることは知っているが、まさか歳上の兄姉がいたのか……?それに、彼らが身に纏っているスーツは"正規部隊"専用の戦闘装備だ。ということは、彼らが正規部隊の一員であることは間違いない。


「久しぶりだな!ルナ!元気にしてたか?」


 お兄さんの方が快活に話しかけてきた。


「ひ、久しぶり!」


「……タクト、返答になってない。……ルナちゃん、私たちは見ての通り、あなたたちを補導する"教師役"としてここに立っている。言っている意味、わかるよね?」


「………」


(おい、ルナ、あの2人はお前の兄姉なのか?)


(はい……ですが、血は繋がっていない義理の兄と姉です。2人の名前はタクトとアリナ。私が幼い頃から面倒をみてもらっていました。正規部隊にいることは知っていたんですが、まさか今日来る人たちがあの2人とは思いませんでした……)


(強いんですか?)


(強いです、師匠)


「お?作戦会議かな?にしてもほんっっと大きくなったな!ルナ!」


「む!なにそれ!嫌味!?」


 ルナは小声をやめてタクトに突っかかる。彼は肩をすくめながらニコニコと笑っている。ルナがアオと話すときと同じぐらい気軽に話しかけているので、どうやら今でも親しい間柄らしい。


「けど、擬態を他の人に付与できるようになるなんて、ちゃんと成長している証。えらいよ、ルナちゃん」


「あ、ありがとう……!えへへ」


 アリナの賞賛の言葉に対してルナは恥ずかしそうにはにかむ。普段なら微笑ましい場面なのだが、このあと待ち受ける"試練"のことを考えると、頬が緩みそうもない。


「さてと!それじゃあルナとお友達の皆の衆!ちょっくら説教タイムといきますか!」


 さっきまでの明るい雰囲気は残しつつ、手の指を鳴らしながら近づいてくる姿には確かな強者の覇気が纏っていた。俺たちは思わず一歩後ろに下がる。


「逃がさないよ」


「———!」


 するといつのまにか後ろにアリナが立っていた。俺たちがタクトに気を取られた隙に瞬時に移動してきたのか……?


 アリナとタクトは俺たちを挟むようにして近づいてくる。俺たちは陣形を狭めながら2人の姿に意識を集中させる。


「………武器は持ってないんですね」


「使ったら怪我させちまうからな。それに、指導はやっぱり愛ある拳骨じゃなきゃな!」


「タクト、拳骨はだめ。昔それでルナちゃんを泣かせたの、反省してないの?」


「アリナ、ルナをみくびっちゃいけない。今の彼女はビィビィア学園の生徒だ。いずれ俺たちと同じように兵士になったとき、さらされる暴力は拳骨なんてものじゃない。ルナ、その覚悟があるから、"試験"を乗り越え、ここにいるんだろ?」


「———!!うん!!」


 ルナは真剣な顔で頷く。そう、この学園に入学するためには、それ相応の"覚悟"が必要だ。たとえそれが何に対する覚悟であるかは自由だとしても、生半可なものでは"入学試験"は合格できない。今まで出会ってきた数多くの生徒や部員たちも、皆等しくそれを乗り越えてきた者たちだ。


 そして今、俺たちの目の前にいる2人は、乗り越えた先にある試練を耐え抜き、今なおその覚悟を貫き通している正真正銘の"先輩"だ。


 そんな先輩方がじりじりと距離をつめてくる。アリナの速さを見る限り、ここから全員抜け出すのは困難だ。誰かが足止めになる必要がある。


(………皆さん、私が合図を出したらその場でジャンプしてください。


 すると今まで黙り込んでいたアオが小声で俺たちに提案する。それと同時に彼女は指で空を指した。その場にいた全員がその意味を理解する。


「———!今!!」


 彼女は提案後すぐに合図を出した。なぜなら俺たちを挟み込んでいたタクトとアリナが提案した直後に距離を詰めてきたからだ。彼らはアオの幻素の動きを見て次の行動を予測していたのだ。


 合図と共に俺たちが飛び上がると下から水が勢いよく湧き出てきて俺たちをはるか上空にまで押し上げた。その勢いのまま校舎の屋上に飛び降りて素早く第3校舎を目指す。しかし、タクトとアリナは湧き出る水の水圧に一瞬ひるんだが、すぐに体勢を立て直し、なんと校舎の壁を勢いよく駆け上がってきた。


(このままだと追いつかれる!!)


 俺は一旦足を止めて彼らに攻撃するために黒鉄を構える。しかし、それは悪手だった。


「まずは1人」


 先に登ってきたタクトは瞬時に俺の背後をとると首元に手刀を繰り出そうとする。当たれば確実に意識が持っていかれる。その直感で反射的に幻素を首元に出すが、彼は濃度がより高い幻素を手に纏っていた。


(やられる!!)


 俺は思わず目を瞑ったが、首元に衝撃がくることはなかった。その代わりにタクトの驚いた声が耳元で響く。


「うわ!?」


 なんと、ルナが手刀を杖で弾き、彼の腹に回し蹴りを喰らわしていたのだ。そのおかげで俺はなんとか倒されずに済んだ。


「ルナ!すまん助かった!」


「先輩たちは先に向かってください!私が足止めします!」


「ルナ、1人じゃ勝てない!私も———


「大丈夫!心配しないでアオちゃん!私があの2人の"トラウマ"を引き出してみせる!」


 トラウマという言葉を聞いた瞬間、2人の動きが止まった。


「……へぇ、ルナ、"姉御(あねご)"の真似ができるようになったのか!」


「ルナちゃん……その、大丈夫……?」


 タクトは感心し、アリナはなぜか心配そうに尋ねた。


「……大丈夫じゃないよ。………みんな!早く行って!!」


 ルナは俺たちに再度催促する。俺たちは黙って顔を見合わし、そして同時に頷いた。


「ルナ!必ず勝ち取ってくるからな!」


 それを聞くとルナは振り返らずにコクリと頷く。俺たちは第2校舎から飛び降りてそのまま第3校舎の中に入った。



 ▲▽▲▽▲



「さて、お友達は行っちゃったな。ルナ1人で俺たちを止められるのか?」


「止めることはできないけど、時間稼ぎぐらいならできるよ。私だって成長してるんだから!」


「背は低いのに?」


「それを言うな!」


「……ふふっ、ルナちゃんと久しぶりに会えてよかった。けど、ここからは本番。手は抜かないよ」


 3人は黙って構えをとる。下からの激しい乱闘の音が際立って聞こえてくる。最初に動いたのは、ルナだった。


 彼女は一気に走り出すと杖に緑幻素を纏わせながらタクトに近づき、飛び上がって杖を思いっきり振りかぶった。タクトはそれを避けずに両腕を頭の上で交差させて受け止める。激しい衝撃波と共にタクトは思わず膝をついた。


「……すげぇパワー、だがルナ、手加減してるだろ」


「校舎が壊れちゃうからね」


 ルナはそう言うとアクトを蹴り飛ばして距離をとろうとする。しかしその前にアリナが彼女を横から殴り飛ばす。ルナは瞬時に杖で防ぐが身体が宙に浮いてしまった。その隙をついて膝をついていたタクトが跳躍してルナを上から蹴り落とそうとする。


「———!」


 しかしルナは何かに引っ張られるようにしてその攻撃を躱し、屋上の端のフェンスの方まで移動した。それと同時に彼女の腰巻きついていた蔓が姿を現す。


(伸縮する蔓を透明化させて腰に巻き付けておいていたのか。……ははっ、一瞬姉御(あねご)が躱したのかと思ったぜ……にしても、まさかここまで成長しているとはな)


 彼はそう思いながら攻撃を受けた腕を見下ろす。幻素でカバーしていたにも関わらず、スーツにはひびが入っていた。逆にアリナは目線を上に向けていた。


(空から若干幻素の動きを感じる。恐らく透明化された大量の蔓が張り巡らされている可能性が高い。………もうすでに私たちはルナちゃんの檻の中にいるのかも)


 2人はほぼ同時に正面にいるルナのことを見つめる。タクトとアリナの脳裏に、ルナと"英雄"の姿が重なった。



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