第87節 各々の夜
2週間後、俺たちは放課後に俺とシオンの寮へと集合した。今日だけはルナとアオも寮に泊まって深夜に始まる争奪戦に備えることにした。早めに夕食を食べ終え、寮の前にある庭に出る。
「それじゃあルナ、早速練習の成果を見せてくれ」
「はい!」
庭でルナが杖を構えて立っている。俺たちはそれを固唾を飲んで見守っている。ルナは目を閉じ、深呼吸をして杖に幻素を集め始めた。それはまず彼女の身体を包み込み、足先から徐々に彼女の身体を透明にしていく。ルナが完全に透明になると、余った幻素が俺たちのまわりに集まり、同じように身体を透明に変化させた。
「おおー!!すごいな!!確かに透明になってる!」
「はい。これなら目立つことはありません」
「ルナ、頑張ったね!」
「えへへっ、師匠と死ぬほど特訓したからね!」
ルナは嬉しそうに胸を張った。
「よし、それじゃあ明日の作戦について説明するから、一度寮の中に戻るぞ」
寮に戻ったあと、リビングに集まって全員各々の定位置の席に座った。
「前にも言ったが、まず争奪戦が始まるのは午前3時、各部活動の部員が寮から一斉に飛び出し、ブック本部前に建てられた会議場へと向かう。そして先着10組だけが5時から行われる会議に参加できる。ここまではいいな?」
「はい。大丈夫です」
「次は具体的な行動計画だ。午前3時になったら寮を出て学園の中に侵入する。もちろん馬鹿正直に正門から入る必要はない。柵を飛び越えて侵入するぞ。あと、擬態は最初から最後まで常に付与した状態だとルナがきついから、学園に侵入し、庭に転移するまでの間だけ擬態するからな」
「了解です!」
「学園に侵入したら、第3校舎の中に入って庭園へと繋がる"扉"へと向かう。扉をくぐったらブック本部のビルの屋上に出るから、そこから本部の人間に気が付かれないよう急降下で飛び降りて会議場に突撃する。何か質問とかはあるか?」
「あの、質問というか、お願いがあるんですけど……」
アオは申し訳なさそうに、頭に乗せていたライチョウことライちゃんを机の上にポスリと置いた。
「この子を連れて行ってもいいですか……?この子、私のそばを離れたがらないんです」
「……まぁ、幻獣であるライちゃんは、認められたアオ以外触ることができないからな。アオが気にしないなら連れて行っても大丈夫だぞ」
「———!ありがとうございます!」
アオは愛おしそうにライちゃんを撫でた。
「……アオちゃん、ライちゃんを飼い始めてからちょっと変わったよね。昔は私以外の何かに興味をもつことなんてあまりなかったのに」
「ルナ、あなたも前のアオと同じく嫉妬しているのですか?」
「いいえ!私は嬉しいんです!アオちゃんにはもっと色んなことに興味を持って欲しかったので!」
「ルナ……」
「良い話を遮って悪いが、そろそろ寝ないと明日起きれなくなる。ちゃんと目覚まし時計をセットしておけよ。前のシオンと同じで寝過ごすかもしれないからな」
「師匠でも寝坊することあるんですね!私もよくします!」
「……先輩、後で覚えておいてください」
「シオンさん、ルナ、良かったら一緒に寝ませんか?こんな機会滅多にないですし、いざとなったら私がちゃんと2人のことを起こすので」
「おお!そりゃいいな!それなら俺がわざわざ起こしにいく必要も無くなる」
「いいね!すごく楽しそう!師匠はどうですか?」
「私は別に構いませんよ。ところで、明日は何時に起きますか?」
「そうだなぁ、、寝ぼけたまま戦うのは危険だし、30分前ぐらいには起きるようにしてくれ。アオ、頼んだぞ」
「任せてください」
「師匠、私たち、もしかして結構ダメ人間なんじゃ……」
「不得意なことは誰にでもあります。適材適所です」
「使い方間違ってるような気がするが……おっと、そろそろ寝ないとまずいな。ルナ、アオ、風呂は1階にあるから自由に使ってくれ」
「アゼン先輩はどうするんですか?」
「俺は2階の風呂に入る。お前たち、くれぐれも夜更かしするなよ!明日は早いからな!」
「は〜い」
念のため釘を刺したあと、俺は2階の自室に戻った。そのまますぐに風呂に入り、ベッドにダイブする。時計をちゃんと設定してからゆっくりと目を閉じる。
(……明日は1学期実力テスト以来初めてのチームでの団体作戦だ。……大丈夫。あの敗北を経験して、俺は覚悟を決めたはずだ。自分の能力だって高めることができている。みんなとも、"約束"を打ち明けて、より団結できている)
ふと、まぶたの裏に、昔の情景が映し出される。
(……にしてもまさか、"君"以外の女の子に、約束を話す日が来るとは、思わなかったな)
頭の中で、彼女の後ろ姿を思い浮かべる。もう2度と、振り返られない彼女の姿を。俺を庇うようにして前に立つ、親友の姿を。それと同時に、忌々しいあの声が聞こえてくる。
【あれあれあれ?懐かしい人のこと思い出してるね?もしかして、まだ後悔してるの?】
(……だまれ)
【彼女だって、君に救って欲しかったから、ああしたんでしょ?君なら救えるって信じてたから、飛び出したんでしょ?その結果、君は生き延びた。生き延びたんだよ。君は】
(………だまれ)
【彼女は、何を救って欲しかったんだろうねー?自分自身?家族?それとも、世界かな?ふふっ♡案外君だったりして。けど、それだけは無理だね。だって君は救われちゃいけないから。世界も、家族も、彼女も救えない君が、救われていいわけないでしょ?そもそも君は、この世で1番、人を———
「だまれ!!!」
そう声に出しながら起き上がる。暗闇の部屋には俺しかいない。静寂が、自分の頭を冷やしていく。俺は額の汗を拭きながら、再び布団をかぶる。
(そんなこと、俺が1番、よくわかってる……わかってるんだよ………)
▲▽▲▽▲
ルナとアオ、そしてシオンは、順番に風呂に入り、シオンの部屋に集まった。
「わぁ〜〜!ここが師匠の部屋……!なんか……いい!!」
「いいって、何がいいんですか」
「落ち着きがあって、大人の部屋って感じがしつつ、女の子らしい可愛いぬいぐるみが置いてあって……すっごくいいです!!」
「あのぬいぐるみはトルペンランドに行ったときあなたがくれたものでしょう。だから置いているだけです」
「ふふっ」
「……アオ、何笑ってるんですか」
「いいえ、なんでもありませんよ。それより、私たちはどこで寝ればいいですか?」
「ベッドはひとつしかないから、申し訳ないけど床で寝てください。布団は用意してあるので」
「アオちゃんアオちゃん!いっしょの布団で寝よう!」
「それは無理。ルナいつも私のこと抱き枕にするから」
「うう、、仕方ない……隣で寝れるだけでもよしとしよう……」
3人はしっかりと目覚ましを設定してからシオンのベッドの隣にルナが、その隣にアオが布団を敷いた。アオのすぐそばにはライちゃんが丸くなって座っている。言いつけ通り、早く寝るために部屋の明かりは消したが、ルナはまだ寝る気はさらさら無かった。
「アオちゃん、師匠、明日は楽しみですね!」
「………ルナ、眠れないの?」
「だって色んな部活動が参加するんだよ?ワクワクして目がバッキバキだよ!」
「……私は不安かな。飼育部を代表して参加するわけだし、スーツもないから怪我もする。ルナ、くれぐれも気をつけてね」
「アオ、他人の心配より、自分のことを気にかけてください。今回私たちが参加する争奪戦は、テストなんかとは違います。多人数で行う混沌とした足の引っ張り合いです。油断したらすぐにやられます」
「師匠の言う通りですね……。私の擬態が、うまく作用してくれるといいんだけど……」
「大丈夫。ルナの擬態は完璧だよ。バレっこない」
「うん……」
しばらくの間、静寂が続く。
「………はぁ、あなたが静かだとなんだか変な気分です」
「師匠……?」
「バレても問題ないですよ。私がいるので。だから安心してください」
「私もサポートするから安心して、ルナ」
「師匠……!アオちゃん……!よーーし!!なんだか興奮してきました!!争奪戦、絶対勝ちましょう!!2人ともご一緒に!えい、えい、おーーー!!」
「おーー!」
「………おー」
ルナとアオは拳を高く突き上げながら叫び、シオンはボソリと呟いた。




