第86節 各々の仕事
それから2週間、俺たちは争奪戦や学園祭に向けて各々やるべきことをやっていた。
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身体に纏わりつくいやな暑さ、四方を熱帯雨林に囲まれ、コンパスの針のみを頼りにひたすら南に進んでいる。すると、突然木々がざわめきだした。
『……何者だ!』
勘の良い冒険家は木々に隠れる人影を見逃さない。彼らは気づかれたことを察知し、冒険家の前に現れる。独特な民族衣装を着ており、身体には多くの入れ墨が彫られていた。
『あはやなわゆかゆわはりわ!!』
『あなわなたなわむのゆはや!!』
彼らの使う言葉を冒険家は理解できない。彼は身振り手振りで必死に自分は敵ではないことをアピールした。
『あやむやぬのん?』
『あやまなよなろわ……あやわやはわにらは!!』
しかし、その努力虚しく彼らは冒険家に襲いかかる。
「………カーット!!」
監督の使いがちな椅子に脚を組みながら座っているフミの声が体育館に響きわたる。演者はその声と同時に動きを止めて台本を丸めて偉そうに座っている彼女のほうを向いた。
「うーん……タリアのほうはいいんだけど、先住民役の2人は理解できない言葉を発している設定だからその分動きで今何をしようとしているのかをもう少し表現して欲しいかな」
「「りょーかーい」」
「フミさん、様になってますね」
フミの隣にいたアオが水の入ったコップを手渡す。
「ありがとうアオ。いやー1回やってみたかったんだよね!演技のほうは全然できないけど、演技のダメ出しならできるからさ」
「演技のダメ出しは私がするから、フミは現場全体の監督をして。それが"監督"の仕事だしね。ほら、小道具のほうで何か困ってることがあるらしいよ」
「むむむ、確かに。この椅子に座ってるだけじゃやっぱダメだよね!それじゃあタリアたちはそこの場面の練習をしといて!わたしも終わったら見るからさ!」
そう言ってフミは水を勢いよく飲むと小道具を準備している生徒のほうへと向かった。
「アオ、アオは役者やらなくてよかったの?」
「……うん。苦手だし」
「…………けど、昔はアオだって———
「タリア〜練習再開しよ〜」
先住民役の生徒が手招きしている。
「う、うん!今行く!」
タリアはアオのほうをチラリと見て、何も言わずに舞台に登った。彼女たちは再び演技を始める。さっきまで話していたタリアの雰囲気とは別人の、勇ましい声が舞台に響く。
『私たちは、分かり合えるはずだ!』
「………」
アオは耳を塞ぐようにしながら、舞台に背を向けた。
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俺たちのクラスでは脱出ゲームをやることになり、俺、シオン、ルナはそれを作るための材料の買い出しに行っている。俺たちはまず学園近くにある建材店に足を運んだ。
「えーっと、頼まれてる物の中でここで買えるのは教室を仕切るための板数枚ぐらいかな」
「結構広いですね。店員に聞いてみますか?」
「それがいいな。よし、俺が聞いてくるからここで待っててくれ」
俺は近くに店員がいないか辺りを見渡す。すると鉄板の前で腕を組みながら立っている背の高い女性を見つけた。茶色い長い髪を頭の後ろで束ねており、ダボっとしたズボンをはいている。店員っぽい服装ではないが、首から名前入りの札を下げていたので、一応声をかけてみた。
「あの、すいません。ここの店員の方ですか?」
「……ん?私か?私は店員ではないぞ」
「そ、そうですか、すいません急に話しかけちゃって」
女性は俺のことをまじまじと見る。
「………お前、ビィビィア学園の生徒か?」
「は、はい。そうですけど」
「私もだ。あと、敬語を使う必要はない。お前のほうが先輩なのだからな、アゼン」
「え!?君も生徒だったのか!あとなんで俺の名前を知ってるんだ?」
「先代の部長からお前の話は聞いていた。あと、トレハン部の連中が薬を持って"宣戦布告"してきたとき、お前が今年の争奪戦に参加することも知った」
「………まさか、君は……」
俺は恐る恐る札に書かれている名前を見た。
「私は工務部部長、リン。以後お見知り置きを」
そう言って彼女は名刺を手渡した。学園の部活動の1つに過ぎないのにわざわざ名刺を作っているのは、恐らく企業との関わりもあるからなのだろう。ビィビィア学園の工務部は、企業と取引ができるほどの技術があるのだ。
「アゼン先輩〜〜!まだ店員を見つけられてないんですか〜〜?」
ルナとシオンが痺れを切らして俺のところまでやってきた。
「先輩、この方は?」
「彼女は、工務部部長のリンだ」
「え!?リンって迷宮を作ってるあのリンですか!?」
「いかにも。お前たちは1年生か?だったら私は先輩だな。よろしく」
「は、はい、よろしくお願いします……」
背の高いリンに圧倒されてルナは萎縮してしまった。それに比べてシオンは物怖じせずに話しかける。
「リンさん、あなたが作っている迷宮はどのようなものなのですか?」
「それを教えることはできない。だが強いて言うなら、今年は過去最大の迷宮を建設している」
「………」
やはり迷宮についての詳細な情報を得るのは困難だ。しかし、たとえどれだけ迷宮が大きかろうと、俺たちの作戦に影響はない。
「ところで、お前たちはどうしてここに来たんだ?私は仕事の材料を探しに来ていたんだが」
「学園祭で俺たちのクラスは脱出ゲームを催すんだが、そのために必要な板を買いに来たんだ」
「……ふむ。用途は?」
「迷路を作るための壁ってところかな」
「なるほど。材質は?大きさはどれくらいがいい?」
(なんかめちゃくちゃ質問してくるな……)
「加工ができるもので、教室の中に入るぐらい」
「だったら適当な材料がある。ついて来い」
「随分詳しいんだな」
「常連だからな」
俺たちは彼女についていき何枚か板を購入した。
「結構な量だが、3人だけで大丈夫か?」
「はい!これでも鍛えてますので!」
「ははっ、頼もしいな。それでは、私はここで失礼する。他にも見たい材料があるからな」
「わかった。今日はありがとう。助かった」
「ふっ、次は迷宮で会おう」
そう言ってリンは店の奥に消えていった。
「会うことはないですけどね」
「……そうだな」
「師匠!先輩!そろそろ学園が閉まっちゃいますよ!走りましょう!」
「まじか、もうそんな時間か!」
俺たちは板を持ちながら慌てて学園へと向かった。
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「それじゃあ師匠!今日からよろしくお願いします!」
「ええ。よろしく。ところで、あなたの擬態は普段どうやっているのですか?それがわからないと私も教えられないのですが」
ルナとシオンは放課後、争奪戦のときに学園内に誰にも気づかれず侵入するための擬態をルナが全員に付与できるよう特訓をすることになった。争奪戦は2週間後なので時間はあまりない。
「緑幻素は細胞を司る幻素ですよね?私は擬態ができる生物の細胞を応用して使っています。普段は景色があまり変わらない森などで使ってるんですけど、今回は周りの景色が常に変化するので軟体動物の保護色あたりを参考にします」
「……意外と複雑な技だったんですね。私にはできない芸当です」
「ふっふっーん、師匠に唯一自慢できる技です!だけど擬態は私一人にしか今まで付与できなかったので、師匠との特訓で必ず他人にも付与できるようにしてみせます!」
「良い意気込みですね。それでは、一旦その擬態を私に見せてください」
「わかりました!」
ルナはそう言うと杖を両手で構えて目を瞑り、呼吸を整える。すると杖の先から緑幻素が放出されていき、それが彼女の身体を纏うと同時に足から徐々に彼女の身体が見えなくなっていった。
「どうですか師匠!」
「その状態で動いてみてください」
ルナは言われた通りにシオンの周りを一周する。シオンはルナの動きを目で追うことはなかったが、何かを理解したかのように頷いた。
「ちゃんと擬態できていますね。ですが……少し幻素を使い過ぎです」
シオンはそう言うと、杖を突然彼女の横に突き出す。
「のわ!?し、師匠!?私の場所がわかってたんですか!?」
ルナは驚きながら擬態を解く。それと同時に大量の幻素が空中に霧散した。
「目を誤魔化せても強者は幻素の動きを感じ取ってくるのですぐにバレてしまいます。最小限の幻素量で擬態できるようにしてください。そうすることでバレにくくなりますし、あなたの幻素量でも他人に付与ができるようになりますよ」
「な、なるほど……!了解しました!がんばります!」
「あと、他人に付与するときはまず自分の身体の輪郭を意識すること。他人の身体を意識し過ぎて自分の擬態を疎かにしないでください」
「こ、高度な集中力が必要ですね……。2週間でできるかな……?」
「私はスパルタでいきますよ。ユメコさんので慣れているでしょう?」
「お、お手柔らかにお願いします……」
こうして、ルナはシオンにアドバイスを受けながら2週間後の争奪戦に向けて着々と技術を磨いていった。




