第84節 魔女の家
「魔女倶楽部?なんだそれ?そんな部活あったか?」
「最近できた部活なんですけど、去年の争奪戦では一番最初に会議場にたどり着いたんです。意外だったので学園祭のとき魔女倶楽部のブースを見に行ったんですけど、幻素とは違った方法で"幻想"を表現していました!」
「ちがった方法って、どんな、方法?」
いつの間にか目を覚ましていたのか、メルの背中で寝ていたベンティアが目をこすりながらたずねる。
「ただのマジックなのか、または別の何かなのか、正直私にはどうやっているのかはわからなかったよ。けど、同じ幻素使いとして断言できるのは、あの人はあのとき確かに幻素を使ってなかったってことぐらいかな」
「へーそれは気になりますね!それで、その魔女倶楽部のある部室はどこなんですか?」
ルナが周りを見渡しながら質問する。
「えーっと、ここの狭い通路を通った先にあると聞いてはいるんですけど……」
俺たちは入り組んだ部室と部室の狭間の道を歩き続けている。いつも思うが、この複雑な部室の配置はいい加減どうにかした方がいい。慣れた部員なら道を把握することができるが、新入生は全く理解できないだろう。そのため、部活動集合地帯に行くときは必ず道を知っている先輩と行動を共にする必要がある。
「あとはこの道を右に曲がって……あれ?」
道を曲がった先には、ただの壁だけがそびえ立っていた。つまり、行き止まりである。
「おいおい、どこにも部室らしき建物が見当たらないぞ。本当にここで合っているのか?」
「はい、ガリエルさんが前に魔女倶楽部の取材をしたとき入手した情報が正しければ、この壁がある場所に部室が存在するはずなんです」
「部長、あのおちゃらけた野郎が集めた情報です。きっと真偽不明の信用できない情報だったんですよ。仕方ないのでここは諦めて———
『入り口ならあるぞ』
「———!誰だ!」
突如、野太い男の声がどこからか聞こえてきた。俺たちは辺りを見渡したが、人らしき気配はない。だが、声がする前と後で、何かが変化したような気がした。そしてその違和感はすぐに分かった。
『私は"壁"だ。よろしく頼む』
「………か、壁がしゃべったーーー!?」
驚いたことに、さっきまでなんの変哲もなかった目の前の壁にシワのある渋いおじいさんの顔が浮かび上がってきてきたのだ。
「……ルナ、壁ってしゃべるんだね」
「いやいや普通喋らないよアオちゃん!しっかりして!」
「どうなってるんだ……?喋る壁なんて初めて見たぞ」
「わぁ……!まるでゲームの門番みたい……!」
「あ!私も最初にそれ思ったよベルちゃん!いやー流石魔女倶楽部、こんな不思議なこともできるんだね!」
「部長、感心してないでまずは彼に話しかけてみましょう」
「そうだねドリムちゃん!えふん、壁さんはじめまして!私の名前はメル!魔女倶楽部に用があるんですけど、入り口ってどこかわかりますか?」
『それは私の口だ』
壁はそう言うと、口を大きく開ける。口の中は真っ暗で、先に何があるのかわからない。
『入るといい。魔女は君たちを歓迎している』
「……皆さんどうしますか?」
「まぁ、入るしかないだろ。この壁が言うには口が入り口なわけだし、魔女倶楽部の部室はこの先にある」
「ですね!それじゃあしゅっぱ———
「わたしは、はいるの、いや、、、」
メルの言葉を遮るようにしてベンティアが拒絶した。メルは慌てた様子で背中のベンティアの顔を見る。
「ど、どうして?何がいやなの?」
「あのさき、何か、いやな感じが、する、、、私は、いかない。みんなで、いってきて、、、」
ベンティアはそう言ってメルの背中から飛び降りると、そそくさと壁から離れていった。
「べ、ベンティアちゃんがこんなにも消極的なの、初めて見たかも……」
「もしかして、この先に何か危険なものがある……?」
「「「「「「「………」」」」」」」
俺たちは訝しむように壁を見つめた。考えてみれば、あの壁が本当に魔女倶楽部の入り口だと確定したわけではない。俺たちを騙して別の場所に連れ去る可能性も十分ある。
『魔女倶楽部は複数の"蒐得遺物"を保有している。それになんらかの悪影響を受けたのだろう。
もし不安なら、入らなくてもかまわない。魔女は寛容である』
「………みんな、私は入るよ。"蒐集遺物"はトレジャーハンターのあいだでは幻のお宝だといわれてるの。絶対にひとめ見たい!」
「はぁ、部長が入るなら私も入りますよ。興奮して危険な目にあってもらっては困るので」
「べ、ベンティアちゃん、いやなら無理しないでね……」
ベンティアは遠くの道の角からこちらを覗いており、黙ってコクリと頷いた。
「俺も入るぜ。面白そうだしな」
「先輩が入るなら私も行きます」
「師匠が行くなら私も!」
「ルナも入るなら……私も同行します」
「じゃあベンティアちゃん、ちょっとの間だけここで待っててね。私たちがいない間にどこかに行っちゃだめだよ」
「……うん」
『決まったか。では中に入るといい』
俺たちは壁に言われるがまま大きく開けられた口の中に足を進めていく。しばらくの間暗闇が続いたあと、突然開けた場所に出た。
【ようこそ♪魔女倶楽部へ♪】
沢山の子どもの声が、耳元で風船のようにはじけた。軽快な音楽と共に、視界に【魔女倶楽部】が広がっていく。その光景を、今いるこの場所を、俺は、俺たちは、正確に言い表すことができなかった。強いて言うなら、
【お菓子で作られた捻じ曲がった空間】と表現するしかない。
お菓子は見たこともないような色と形をしたものもあれば、クッキーのように知っているものもある。だがそれも常にぐにゃぐにゃと変化し続けているため、何がなんだか分からない。さらにそれら一つ一つに動物や人の口ような模様が描かれていて、パクパクと何かを呟いている。
そのつぶやかれた言葉は黒い文字の形をしたお菓子となって宙にユラユラと浮遊するが、直ぐにお菓子の壁に張り付く大きくてカラフルな爬虫類のぬいぐるみによってその一部が食べられてしまい、何を言っていたのかわからなくなる。
そして奥には、お菓子で作られた巨大な時計が子どもの声でチクタクチクタク鳴りながら動いている。秒針は動くごとに先端の形が♡、○、△、□、◇、☆の順に変化していた。
その時計の前に、大きな丸い卓と、1つの椅子、そしてその椅子に座る【魔女】の姿があった。
「ふふんっ♪驚かせちゃったかな?ここが魔女倶楽部。そしてわたしが魔女の"リリエル"だよ」
魔女のリリエルは黄緑色の長い髪の上に、赤い縫い目がある三角帽子をかぶっていた。服は俺たちと同じく学園の制服を着ている。瞳に"☆型"の模様がある不思議な少女だ。
「そんな遠くにいないで、はやくこっちにきて。お茶を用意したんだ〜♪」
「あ、ああ、今行く」
この空間にきて初めて喋ったのは俺だった。他のみんなは唖然とするか、警戒するかのどちらかに集中しきっていた。俺たちはゆっくりとリリエルのいる卓の方へと向かう。すると信じられないことに"歩く椅子"が人数分やってきて卓の周りで静止する。
「え、これって座っていいんですか……?」
「どうぞどうぞ遠慮なく。彼らも喜ぶので♪」
「なんだか気が引ける……」
そう言いつつも俺たちは用意しに来た椅子に腰をかける。若干生暖かいのが不気味だが、座り心地はいい。するとカップもまた同様にトコトコとやって来ると、リリエルはそれにお茶の入ったポットを傾ける。
「それで君たち、何しにきたのかな?」
「あ、えっと、宣戦布告……じゃなくて、魔女倶楽部がどんな部活動なのかな〜って、、あはは」
この異様な空間に緊張しているのか、メルがいつもよりもぎこちない。他のみんなも、出されたお茶には口をつけようとはしていなかった。
「学園祭で見る魔女倶楽部の雰囲気とは随分違うって思ってるでしょ」
「え!?あ、はい!」
「ふふっ♪、正直でよろしい。まぁアレはただ単に蒐得遺物を使ったショーだからここの"魔法"とは雰囲気が異なるのも仕方ないよ」
「あの、ずっと気になってたんですけど、その蒐得遺物って何ですか?」
「大したものじゃないよ。幻代になる前、つまり幻素がまだ出現していなかった時代に幻素の力が込められていた道具のことだよ。現代では幻素は無かったってことになってるけど、実は微量ながら幻素は存在していたんだ。ふふっ♪、それを"意図的に"封じ込めて世に出回らないようにしていたらしいよ」
「そんな物があったのか……。それじゃあどうして魔女倶楽部がそれを待ってるんだ?まさかそれを作ってたのは……」
「わたしたちの祖先だよ♪」
「へー!すごい!あの伝説にもなっている蒐得遺物を作っていたなんて!私の友人にそれを集めていた団体の構成員の子孫がいて、話を聞いてずっと見てみたいと思ってたんです!」
メルはさっきまでの緊張ぶりが嘘のように興奮した様子でリリエルに話しかける。するとリリエルは意味深な笑顔を浮かべながら席を立つ。
「へぇ〜、それじゃあその子にも今度ここに来てもらおうかな♪。それより、そこまで熱烈な視線をもらったら、こちらも相応のお返しをしなくちゃだよね♪」
リリエルはそう言うと腕を上に挙げる。
「蒐得遺物"ライオットの杖"」
そう彼女が呟くと、彼女の頭上高くに大きな星型のクッキーが現れ、それをいつの間にか天井に張り付いていた爬虫類のぬいぐるみが食べると、そのぬいぐるみは姿を変え、禍々しい一本の杖になった。
「らんららんらんらん♪、ライオットはお菓子が大好き♪」
彼女が突然歌いだす。
「お菓子をくれたら願い事♪、たったひとつだけ叶えちゃう♪」
彼女は手に持つ杖をマイクのようにしてメルに向ける。
「え!?えっとそれじゃあ、、、金銀財宝が欲しい!」
「ぷっ、やっぱり君は面白いね♪」
彼女は笑いながら杖を1回転させる。すると、上から大量の金銀財宝が卓に降り注がれた。どこからともなく積み上がったお宝を見て、メルは大喜びである。
「はい、おしまい♪」
しかしリリエルが杖を天井に投げると、杖はさっきのぬいぐるみへと姿を変えて、それと同時にお宝も全てお菓子に変わった。
「ああー!!」
「どう?すごいでしょ?」
「あ、ああ、けど、あのお宝は結局偽物だったってことか?」
「そ♪、まぁそのお菓子は"本物"だから食べてもいいよ♪」
「……先輩、ちょっといいですか」
隣にいたシオンが小さい声で耳打ちする。
(彼女、幻素を使ってません)
(本当か!?だが、蒐得遺物って確か幻素を封じ込めてるんだよな?だったらどうして幻素が使われてないんだ……?)
(わかりません。ただ、この空間、あの杖、どれも何か違和感を感じます。私ははやくここから出たほうが———
「部長、そろそろ帰りましょう。外でベンティアが待っています」
「そ、そうだね……!もう時間も遅いし……」
ベルとドリムもこの場所の違和感を感じとっていたのか、メルに真剣な眼差しで催促する。それに便乗するようにして俺は席を立った。
「俺も夕飯の買い出しがあるからここらでお暇しようかな。アオ、ルナ、今日はうちの寮で一緒に食べないか?今後の作戦会議もしたいしな」
「は、はい!ぜひ!」
「わ、私も」
さっきまで黙りこくっていた2人は慌てて返事をする。その顔にはどこか安堵の表情があった。
「もう少し話がしたかったんですけど……みんながそう言うなら今日はもう帰りますね!」
「もう帰っちゃうの?寂しいな……部員以外でここに来てくれた人たちは初めてだったから……よかったらまた遊びに来てね。魔女は気長に待ってるよ♪」
リリエルはそう言うと、指をパチンッと鳴らす。
その瞬間、視界が暗闇に包まれ、気づいたら、何の変哲もない壁の前に立っていた。




