第79節 塔の上の獣たち
塔の中は非常に入り組んでいるが、塔の中心は吹き抜けになっており、上から見ると歪なリング状になっている。そしてその断面に沿って上に登る階段が設置されているので、まずは塔の中心を目指すことにした。
何本にも分岐した狭い道に沿って部室が敷き詰められている。鉄格子付きの窓、頑丈に作られた鉄の扉、壁に刺さりっぱなしの矢、長時間の滞在を想定したガス、水道、電気の設備などかつてここが要塞化されていたことを物語るものがあちこちに見られる。
だが窓から見える景色は決して憂鬱なものではなく、皆楽しそうに部活動に励んでいる。あの笑顔を守るために、多くの人間が戦った。その痕跡がこの塔にはまだ残っている。
「私たち、ちゃんと中心に進めているんでしょうか……?同じような景色が続いていて私たちが今どこにいるのか見当もつきません」
「俺も来るのは久しぶりだから、正直うる覚えで進んでる。多分中心には近づいてると思うが……」
「ここにいる生徒は凄いですね……。こんな複雑なのにちゃんと迷わず自分の部室に辿り着けるんですから」
「いや〜〜多分道をちゃんと覚えてる人なんてほぼいないですよ〜〜!」
後ろから元気ハツラツな声が聞こえてくる。振り向くと、そこには制帽を被り、駅員のような格好をした女子生徒が立っていた。
「そう、私たち以外は、ね!」
「君は……」
「お初にお目にかかります!私は執行委員会、部活動監査直属機関"塔の駅"の駅長を務めています!フミです!」
「フミさん!」
「さっきぶりだねアオ!」
「アオ、知り合いか?」
「はい、私のクラスメイトです。フミさん、委員会に入っていたことは知っていましたが、"塔の駅"というのは初耳ですね」
「塔は知っての通り超複雑だから1年生とかはよく迷っちゃうんだ。下手すれば外に出られなくなることもある。だから私たち"塔の駅"が入り口で行きたい場所を聞いて、そこに連れていっているんだよ!」
「入り口で?俺たちが入ったときは何も聞かれなかったぞ」
「入った場所が特殊だったんですよ!あの入り口は解放運動のときに使われた隠し通路に繋がっているんです。隠し通路はもう塞がっているので、皆さんがそこを通ることはなかったようですが」
「それじゃあ、フミさんは私たちを案内しに来てくれたんですか?」
「そうその通り!そしてアオたちが行きたい場所ももうわかってるよ!バルディさんに頼まれたからね!」
「バルディに?」
「ええ!皆さんが塔に入るのを見て私に連絡してきました!それでは、ここからだと屋上まで時間がかかるので、"直通便"をご用意しました!」
———パチンッ
そう言ってフミが指を鳴らすと、彼女の真後ろに突如扉が出現した。扉を開け、俺たちに入るよう促す。扉の向こうは紫色に輝いており、これが幻素による芸当だとわかる。マリーさんのやつに少し似ているなと思いながら、扉の中に入る。
———は?
扉を抜けると、そこには楽園があった。
晴れた青空、どこまでも続くお花畑と、心地の良いそよ風、どう考えても塔の屋上とは思えない。
「ふ、フミさん、場所を間違えてませんか?」
「ううん!ここであってるよ!ほら、あそこ!あそこにバルティさんはいると思うから、帰るときはこの切符を切ってね!そしたら私がすぐに向かうから!」
そう言ってフミは切符を渡すと、再び扉を出現させ、中に入ると、扉が閉まって跡形もなく消えてしまった。改めて周りをよく見ると、見たこともない小さな動物たちが花々の中を駆け回っている。そのうちの一匹が、アオの方に向かって走ってきた。
「あっ!」
アオは咄嗟に避けようとするが、間に合わず、ぶつかるかと思いきや、その動物はアオの足をすり抜けてそのまま走り去っていく。その様子を見て、俺は確信した。彼らは、幻獣だと。
「今のって、もしかして……」
「ああ、あれが幻獣だ。けど、幻獣にしてはちょっとサイズが小さいな。俺が出会ったのはどれも大きかったし」
「けど、私、今ちょっと感激しています。あれが幻獣なんですね……!」
アオは駆け回る幻獣たちを夢中に目で追っている。
「……そういえば、アオはどうしてそこまで幻獣に会いたがってたんだ?」
「昔、私がまだ幼かった頃、どこかの名家とのパーティのとき、ある男の子に出会ったんです。人見知りだった私に話しかけてくれて、幻獣の物語を聴かせてくれました。あの日以来、ずっとこの目で見たいと思ってたんです!」
「その男の子とは今も会ったりしてるのか?」
「いえ……それきり会ったことはありません。今は顔も覚えていないくらいです」
「そうか……けど、またいつか会えるさ。そのときは、今日見た幻獣のことを沢山話してやれよ」
「……はい!」
俺たちはそのあと、フミが言っていた方向に見える、大きなログハウスに向かった。その家からは屋根を突き抜けるようにして巨大な木が生えており、遠くからでも目立つ風貌をしている。
そのログハウスに着き、軽く扉をノックする。すると、扉が勝手に開いたので、俺たちは中に入る。中央の大木の周りに
カウンターがあり、そこには本や地図などの雑貨が置かれていた。椅子の上にはまん丸とした白い幻獣がスヤスヤと寝ている。
「久しぶりですね。アゼン特別顧問」
「……ははっ、懐かしいな、その呼び名。元気にしてたか?バルディ参謀」
大木の裏から、懐かしい声と共に、カップを持ったバルティの姿が現れた。昔と変わらず厚着で、その下に白い肌が見え隠れしている。そして口元を覆い隠すように先端が赤く染まった白いマフラーを巻いている。髪もまた、雪を被ったかのように真っ白だ。
「ええ、元気ですよ。あなたも、大丈夫そうですか?」
「……ああ、もう大丈夫だ」
「……そうですか。それは良かったです。立ち話もなんですし、どうぞ座ってください」
「あ、ありがとうございます」
俺たちはカウンターの席に座り、バルディが持ってきたお茶を口にした。ほのかに甘く、心がほぐれる。
「そういえば、どうして俺たちが塔に来たってわかったんだ?ここからだと、塔の下とか見えないだろうし」
「あなたの"命の光"は特殊ですから、ここからでも見えるんですよ。そちらのお嬢さんのもね」
「あ、私の名前はアオって言います。その、"命の光"ってなんですか?」
「そのままの意味だよ。生命が持つ微弱な"魂"を感じとることができるんだ」
「前からずっとそんなふうに言ってるけど、それ説明になってないからな。もっと具体的に教えてくれよ。例えば、色とかさ」
「色は"金色"、かな」
「あ、あの、すいません……話を遮ってしまって申し訳ないんですけど、さっきからずっと私の膝の上に白い鳥さんが乗っていて……」
俺は隣にいるアオの膝に目をやると、確かにモフモフの白い塊が膝に乗っている。
「その子は"ライチョウ"の子どもだよ。危害は加えないから安心してね。それに、その子に"触れられる"ってことは、その子は君のことを認めてるんだよ」
「み、認める?」
「その子と契約できるってことだよ」
「け、契約?」
「バルディ、アオは今日初めて幻獣に会ったんだ。彼女に幻獣のことを説明してくれないか?」
「なるほど、だったらまずは幻獣とはどういったものなのか理解してもらおうかな」
バルディはカウンターの下から小さな黒板を取り出してそこに幻獣についての大まかな概要を書いていく。
『幻獣』
魔獣と違い、人に危害を加えないことで知られている。幻素出現時に魔獣と同じく発見されるようになったが、人の前に滅多に姿を現さないので、まだわかっていないことも多い。
「ここまでは、学校で習ったはずだね」
「はい」
「けどここからは、"幻獣使い"にのみ知られる知識を紹介するね」
「え、それって教えちゃって大丈夫なんですか?」
「幻獣にこんなにも早く懐かれた人はそうそういないからね。幻獣使いの素質がある人には、教えてもいいことになってるんだ」
「それじゃあ俺は耳を塞いでおいた方がいいか?」
「冗談はよしてください。あなたはもう知っているでしょう?」
「それじゃあ、アゼン先輩にも素質が……?」
「いや、俺は単に運良く知れただけだ」
「それじゃあ、説明していくね。まず、幻獣は基本、触れることができない。だけど、幻獣側が相手を認めた場合、その人は触れることができる。アオさん、その子をそっと撫でてみて」
アオはそう言われて、恐る恐るライチョウの羽に指を近づける。すると指は羽に当たり、触ることができた。アオはそのまま手でライチョウを撫でてみる。ライチョウは嬉しそうに身体を揺らした。
「こんなふうに、認めた相手なら触ることができる。けど、その幻獣に何かを"命令"することはできない。そして、それを可能にする方法が"塩の契約"だよ」
バルディはそう言うと、指先からサラサラとした白い塩をカウンターの上に出した。バルディは茶色幻素使いであり、特に塩を生み出したり、操作することが得意だ。
「塩、ですか」
「そう、塩。この塩を幻獣に食べさせることができたら、晴れて契約完了だよ。さ、アオさん、試しにその子に食べさせてあげて」
「は、はい!」
アオは積まれた塩をひとつまみ取って、緊張しつつ膝にいるライチョウの口元に近づける。しかし、ライチョウは見向きもせずにぴょんっと膝から降りてどこかに行ってしまった。
「あはは、まだ早かったみたいだね。塩の契約を結べたら、なんでも命令することができる、つまり、それ相応の信頼関係が築かれている必要があるんだよ」
「な、なるほど。それじゃあ私はまだあの子に信頼されていないのですね……」
「あともうひとつ、契約を結ぶためには条件があるんだ」
「条件?塩だけじゃなかったのか?」
「そうです。正確には、幻獣と何体契約できるかの指標なんですけど、これはアオさんが本格的に幻獣使いを目指したいと思ったとき、また改めて聞きに来てください」
「……はい。今はまだ、自分の力を制御できるよう努力している最中なので、それが叶ったら、考えてみようと思います。ところで、疑問に思ったんですけど、バルディさんは幻獣使いなんですか?」
「うん、もちろん僕は幻獣使いだよ。窓の外を見てごらん」
俺たちは言われるがまま、席を立って窓を開けて、外を眺める。眼前にはさっきまで歩いていたお花畑と、青空がある。遠くのほうをよく見てみると、霞に覆われた山脈らしきものが目に映る。
「【命令】君たちが恥ずかしいがり屋なのはわかるけど、少しだけ姿を見せてあげて」
隣にいたバルディがそう言葉を発すると、空に点在していた白い雲が一カ所に集まり出し、やがて"鳥"のカタチへと変化していく。"鳥"は羽を広げるようにして、空全体を覆っていた。遠くの山脈では、山々の隙間から山と同じくらい大きい
"馬"らしき何かがゆっくりと姿を現していく。霞のせいでぼんやりとしか見えないが、身体が驚くほど細く、足と首、尻尾が長い。
さらに他にも、見たことのない形をした巨大な幻獣たちがログハウスを囲むようにして、果てしなく遠い場所に現れる。果てしなく遠いはずなのに、一目で『巨大』だとわかる。それが意味することはただひとつ。
「デカすぎだろ……あいつら……」
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