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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
ファームピボット編
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第76節 みんな

 俺は手を洗いながら、何の料理にするかを考えていた。


(ユメコはドリーム社の社長令嬢だ。舌は肥えているだろうし、一級品の料理ばかり食べているのだろう。俺にそんな大層なものが作れるだろうか………)


 悩んでいても時が過ぎるだけなので、参考までに、ユメコが食堂でいつも食べている料理を思い浮かべる。


(———!まてよ。俺は何か勘違いしてたんじゃないか?別に彼女はいつもそういう料理を食べているわけじゃない。食堂では他の生徒と同じ料理を食べているし、今日だって、遠い仕事場からわざわざここまで夕食を食べに来ている。それに、"指定席"にいる彼女はどこか———


 寂しそうだった。


 ……何をコンセプトにするかは決まったな。あとは具体的な料理を考えるだけだが……)


 こればかりは冷蔵庫に何があるかを確認してからでないと考えられない。俺は冷蔵庫がある方向へと体を向けると、フランが冷蔵庫の中から食材を選び出しているところを見た。彼女はまず2種類の挽肉とタマゴ、麦粉、そして高価な"幻獣ホルン"の乳を取り出した。他にも付け合わせの食材も持って台所へと戻っていく。


(……なるほどな。定食で攻めてきたか。だとすると俺も定食を出したら流石にユメコが食べ切れないかもなぁ……)


 悩みつつ俺も冷蔵庫の扉を開ける。野菜は豊富にあり、肉や魚も多くの部位や種類が揃っている。何を作るにしても食材に困ることは無さそうだが、かといってがっつりしたものを作るわけにはいかない。


(うーん、、どうしたものか……ん?)


 ふと、冷蔵庫の隣の棚に置かれた大量の丸くて小さな焼き菓子が目に入った。恐らくベンティア用に作ったものが余ってしまったのだろう。おもむろに1つ手に取り、口に入れる。サクッとした食感で優しい甘さが口に広がる。普通に美味しいが、これだけでは何か物足りない。


(そういえば、フランはホルンの乳を使ってたな。……よし、じゃあ"アレ"にするか。これだけ量があれば、色々な種類が作れそうだな)


 俺は大量の焼き菓子とホルンの乳、砂糖、タマゴ、そして果物その他諸々を持って台所に立つ。


(さぁ、始めようか)


 俺は心の中で独り言を呟きながら、コンロに火をつけた。



 ▲▽▲▽▲



「どんな料理がくるんでしょうか?楽しみですね!」


 フランとアゼンが台所に行ったあとしばらくしてルナとアオが食堂に戻ってきていた。


「そうね。けどお腹空いてるからなるべくはやく食べたいんだけど」


「ふふ、相変わらずせっかちだね、ユメコは」


 フランは暇そうに机を囲んでいる9人の元に料理を持ってやってきた。そのままユメコの後ろにまで来ると、木のプレートを彼女の前に置き、その上に熱々の鉄板に乗った"2種類の挽肉蒸し焼き"を添えた。


「おおーー!!肉汁が滴ってます!!さすが部長!!」


「ユメコがいつも食堂で頼んでいるやつだよ。けど普段のとは少し違いがあるの。今回は特別にホルンの乳を使ってみたんだ」


「ちょ部長!あれ使ったんすか!イリアンが苦労して手に入れたやつなのに!」


「全然構わないですよ!むしろ部長のために"飼育部"に懇願して手に入れたものですから!使って頂いて光栄です!」


「もちろん全部は使ってないから安心してね。あと、今回の定食には付け合わせの野菜炒めを無くしてるよ。ユメコ、いつもあれが多めに盛られてると不機嫌な顔するからね」


「な!!余計なことに気を回さなくていいのよ!!」


「ユメちゃん、野菜苦手だもんね……」


「好き嫌い、だめ、ぜったい」


「うるっっさいわねー!!私は好きなものだけを好きなだけ食べる主義なのよ!!」


 ユメコはそう言いながらナイフで肉を切ってフォークで刺して豪快にかぶりつく。そのまま目をつむりながらゆっくりと咀嚼していった。彼女の頬がだんだんと緩んでいく。


「気に入ってくれたかな?」


「………お、美味しいわよ」


「ユメコさんが認める味……食べてみたいです!」


「ダメよ!これは私のものなんだから!」


 ユメコはナイフとフォークを忙しなく動かして肉を次々と口に運んでいき、あっという間に食べ終わってしまった。付け合わせのイモも頬張ると、満足そうに紙ナプキンで口を拭いた。


「食べるの早いですね。まだ先輩の料理が来ていませんよ」


「お腹すいてたのよ。けど、次アゼンが同じような定食を持ってきてたら流石に困るわね……」


「ふふっ、その辺は多分大丈夫だと思うよ」


 フランは微笑みながら台所の方へと顔を向けた。



 ▲▽▲▽▲



「よし、ちゃんと固まってるな」


 俺は冷凍庫から"スイーツ"が乗っている皿を取り出す。短期間でも素早く冷やせる最新の冷蔵庫に感服しながらそれを綺麗に盛り付ける。フランは先に完成してユメコの元に持っていったらしい。俺も急いで彼女たちのところへ向かった。


 台所から出ると、真っ先にフランと目があった。彼女は俺の手に持っているスイーツを見て頷いた。それはまるで全てを見透かしていて、俺がその通り行動したことに満足したかのように。


(……まさかあいつ、俺に"これ"を作らせるためにわざとあそこに焼き菓子を置いてたのか……?)


 だとしたら結構な博打だと思うが、その博打を見事に制しているのだから恐ろしい。だが、だとしても俺のスイーツがフランの料理に敵わないわけではない。この勝負はユメコをより納得させた方の勝ちなのだから。


 俺は臆することなく堂々とみんなの方へと向かう。


「私の料理は大好評だったよ。アゼンちゃん」


「だとしたら俺のは大大好評だな」


「アゼン先輩は何の料理を作ったんですか?」


「多分定食2つはキツいと思ったから、俺は食後のスイーツを作ってきたぜ」


 俺はそう言って皿をユメコの前に置いた。


「これは、、"アイスクッキー"?」


「そうだ。台所に余ってた焼き菓子を使って作ったんだ。ひと口で食べられる大きさだから食べやすいぞ」


「へぇ、私、スイーツにはうるさいわよ」


 ユメコはアイスクッキーを1個とって口に入れた。彼女は最初冷たさに驚きはしたものの、フランの料理のときと同じように味わいながら口を動かし、飲み込んだ。


「……正直、ちょっとびっくりよ」


「え、まずかったんですか!?」


「違うわ。見た感じ素朴な味だと思ってたけど口に入れた瞬間ふわっと甘い乳の香りが広がってそのあと焼き菓子の上品な甘さと混じりあって舌を包み込んでくれた……わよ」


 自分が結構な早口で感想を言っていたことに気づき、途中で恥ずかしそうにしながら俺の方に目を向けた。


「ははっ、だろ?他にもチョコソースがかかってるやつだったり細かく切った果物をアイスに混ぜたものもあるからぜひ食べてみてくれ」


 ユメコは他の種類のアイスクッキーも食べた。


「チョコや果物がアクセントになってより美味しさが増したわね」


「よし!高評価ゲットだぜ!」


「それじゃあユメコ、そろそろ私とアゼンちゃん、どっちの料理の方が美味しかったか、判定をしてもらえるかな?」


 みんなが固唾を飲んで見守る中、ユメコはゆっくりと口を開いた。


「どっちの料理も同じくらい美味しかったわ。それに、ジャンルがそもそも違うものを比べるのはどうかと思うけど、あえて優劣を作るなら…………フラン、あなたの勝ちよ」


「やった!!」


「やりましたね部長!私は絶対勝つと信じていました!!」


 フランとイリアンが嬉しそうに両手でハイタッチをする。そしてその後フランは落ち込む俺の顔を覗き込んで自慢げにニヤニヤ笑った。


「ぐぬぬ……ユメコ、どうしてフランの勝ちなんだ?」


「……これを見て何とも思わないのかしら」


 ユメコはそう言ってアイスクッキーが盛り付けられている皿を指差した。


「?何か問題でもあるか?」


「量が!!多すぎるのよ!!」


 そう、盛り付けられたアイスクッキーはそれはもう高く高く積み上げられていたのである。


「どう考えても作りすぎよ!!私ひとりで食べ切れるわけないじゃない!!」


「お前ひとりで食べる必要はないんじゃないか?」


「———!」


「そうですよ。食べきれないなら私が食べます」


「私も、食べる!!」


「…………」


「ユメコ、お前食堂に来たときずっと独りで食べてるだろ。勿論それが悪いとは言わないぜ?けど俺から見たそのときのお前は、寂しそうに見えたんだ。だから———


「食べきれない量を作って私がみんなと一緒に食べるように促したのね。…………はぁ、たく、ほんっっと癪に触る」


 彼女はそう毒を吐きながら、アイスクッキーが乗った皿をみんなの輪の中心に移動させた。


「言っとくけど、私、寂しがってないから!!これも私が食べきれないから仕方なくあなた達にあげるだけよ!!」


「ユメちゃん、今度いっしょに食堂で食べようね……!」


「だから!私は別に寂しがってなんか———


「いっただっきまーーーす!!」


「あ!ベンティアちゃん!全部食べちゃだめだからね!私たちだって食べたいんだから!」


 ベンティアがアイスクッキーの山に突撃すると、他のみんなも次々とクッキーを手に取って食べ始める。


「この味……アゼンさん、まさかホルンの乳を使ったんすか?」


「ああ。そうだ」


「あとどれくらい残ってます?」


「全部使ったはずだ」


「何平然と言ってんすか!?あれめっっちゃ入手困難なの知ってますよね!?」


「あはは……ちょっと張り切りすぎちゃって……この埋め合わせはするからさ!」


「……はぁ、、じゃあ今度飼育部に頼みに行ってくださいね!お願いしますよ!」


 フレンチはそう言うとアイスクッキーをやけ食いし始める。また給食部から依頼を受けてしまったが、まあファームピボットの一件よりはマシだろう、そう考えていると、チョコソースとクッキーを両手に持ったフランが話しかけてきた。


「これ、懐かしいね。君がよく寮のみんなに出してたお菓子。私、結構気に入ってたんだよ」


「だから焼き菓子を俺の見える位置に置いてたのか?」


「ふふっ、それはナイショ。けど、久しぶりに食べれて嬉しいよ。アゼンちゃん」


 彼女はそう言ってクッキーにチョコを付けて食べた。その様子を見てふと、昔の寮の情景が頭に浮かんだ。そしてそれと同時にまだ恒例の謝罪をフランに対してしていなかったことを思い出した。


「……フラン、今まで会話しようとしなくて、悪かった」


「……いいよいいよ。何か事情があったんだよね?だったら私は気にしない。それに、寮のみんなと一緒なら、君の声は沢山聞けたからね」


「………」


「私含め、君以外の全員が寮を去ったとき、君が本当の意味で"無口"になるんじゃないかって心配だった。けど、今は無口どころか、女の子とすら楽しく会話できている。嬉しい反面、ちょっと嫉妬しちゃうかな」


「……どうしてだ?」


「だって、私たちと離れていた間に、何か変わるきっかけがあったってことだよね。……そして私たちはそのきっかけには、なれなかった。……ねぇ、君が1番最初に話しかけた女の子って、だれ?」


「……シオンだ」


 フランはシオンの方に首を向ける。シオンはベンティアと共にクッキーを頬張りながらユメコと真面目な顔で会話をしている。フランは少し観察したあと、直ぐにこちらに向き直した。


「どうして、彼女に話しかけたの?」


「始業式のとき、学園を回ることになって、そのとき先生に頼まれてペアに誘ったのがシオンだったんだ」


「話しかけるとき、抵抗とかは無かったの?」


「……そういえば、不思議とすんなり話せたな。昔から何度も心の中で女の子と会話するときの状況を妄想してたからかもしれん」


「……ふふっ、なにそれ、それじゃあ私たちといた時もずっと心の中でそんなこと考えてたの?」


 さっきまでどこか探るような様子で質問していたが、俺の言葉を聞くなり、少し小馬鹿にするように笑った。


「悪かったな!別に嫌だから話しかけなかったわけじゃないからな!……それだけは、理解しておいてくれないか」


「……もちろん。それはみんな、理解してるよ。けど、ひとつだけ言わせてね」


「……何だ?」


「私があなたを"赦せても"、みんなが"赦せる"わけじゃない。これからきっと、君はこの事実に直面する。けど、少なくとも私は、君の味方だからね」


「…………ああ。ありがとう、フラン」


 フランは昔から、誰に対しても優しかった。だから俺に対しても、そんなふうに接してくれるのだろう。だが、彼女の言う通り、俺を憎んだ"親友"たちがあの寮にはいて、そしてまた再会するときが来るのだろう。


 あの頃の寮生活は、俺の最高の青春でもあり、俺の最大の【罪】の1つだ。


 そして、もう2度と、同じ過ちは繰り返さない。そう決心できたから、俺は———


「先輩、自分の作ったものなのに味を確かめなくていいんですか?」


 気づいたら、シオンが隣で大量のクッキーが乗った皿を持って立っていた。前にいたフランはいつの間にかイリアンたちのもとへ向かっている。シオンは依然としてそのクッキーをペースが落ちることなく食べ続けている。


「シオン……」


「なんですか?」


 俺は食べ過ぎを注意しようとしたそのとき、思わずシオンと目が合った。どこか神秘的な雰囲気の緑眼が、灰色の髪と相まってより際立っている。じっと見つめていると、まるで俺の奥底を覗き込まれているような感じがする。


「……先輩の眼を見てると不思議な感じがします」


「俺も、シオンの眼をみるとそう感じるよ」


「それより、食べなくていいんですか?アイスクッキー。このままだと無くなりますよ」


「ほんと、お前は食いしん坊だよなぁ」


 俺はそう言いながらシオンの皿からクッキーを1つとって口に入れる。甘いはずなのに、なんとなく、苦かった。



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