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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
ファームピボット編
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第75節 ご招待

 ファームピボットから帰還した俺たちは、その数日後、放課後に御礼も兼ねて夕食をご馳走したいと給食部の面々に食堂へと招待された。俺とフランは訓練を終えたあと一旦寮に戻り、身支度を済ませてから再びビィビィア学園へと向かった。


「先輩、白幻素、出せるようになって良かったですね」


「ああ。使えなかった期間俺だけひたすら体力トレーニングだったから、これでようやく解放される」


「……本当に不思議です。幻素が使えなくなるなんて、今まで聞いたことがありません。……このことも、"アレ"が関係しているんですか?」


「……まぁな。……それより、わざわざ給食部全員でもてなしてくれるなんて、こりゃご馳走が期待できるな!」


「はい。楽しみです」


 学園に到着し、食堂の方へと向かっていくと、賑やかな声と共に思わずお腹が鳴ってしまいそうないい匂いがしてきた。食堂にはすでにアオやルナ、そしてトレハン部の面々がいて、長テーブルに置かれた多くの料理を、手に持つ小皿に乗せ、談笑しながら食べていた。


「あ!師匠と先輩!遅いですよ!」


「すまんすまん、、おぉ!美味しそうだな!」


「これ、全部食べていいんですか?」


「はい。シオンさん、アゼン先輩、お皿をどうぞ」


「ありがとうアオ。それじゃあまずは"3色の野菜ムーステリーヌ"から頂こうかな!」


 俺はアオから受け取った皿に一個取り、スプーンですくって口に運ぶ。舌に乗せた瞬間ふんわりと溶けて野菜の風味が口いっぱいに広がる。俺たちがなんとか手に入れた野菜かと思うとより一層美味しく感じた。

 そんな最高の料理に舌鼓を打ちながら、ふと周りを見渡してみる。


 シオンは並べられた料理を片っ端から取っていき、口に運んでいる。アオやルナはおかずの類が並べられているテーブルの前で何を食べようか楽しそうに相談している。トレハン部の面々は、さっきから給食部の部員が忙しなくスイーツを運んでいるテーブルに集合していた。


「もぐぱくごっくん!おいしい!おかわり!」


「部長、良かったですね。約束のお菓子代が浮いて」


「ほんとだよ……もし払うことになってたら部費が全部お菓子代になるところだった……ベンティアちゃんの食欲、甘くみてたわ……」


「ベンティアちゃんあんなに食べて大丈夫なのかな……?」


「大丈夫大丈夫。多分異世界に繋がってるんだよあのお腹。じゃなきゃこんなに食べられないよ……」


 メルは高く積み上がっていく大皿の前でため息を吐いた。


(あっちも普段、大食い少女に苦労してるんだな……)


 メルに同情の念を抱きながら、俺も食べるのに専念することにした。



 ▲▽▲▽▲



「ふぅ〜〜お腹いっぱい、もう食べられないですぅ〜〜」


 俺たちは各々好きなものを好きなだけ食べてお腹を満たした。シオンやベンティアもさすがに食べるのをやめて、俺たち同様片付けられたテーブルの椅子に座っている。


「シオン、満足はできたか?」


「はい。とっても美味しかったです。特に"山獣のオーブン焼き"は絶品でした」


「ありがとうございます!シオンさん!」


 厨房から給食部の面々が出てきた。そこにはイリアン、フレンチ、ワクの姿があった。


「あれはイリアンさんが作ったんですか?」


「はいそうです!楽しんで貰えてなによりです!」


「そういえば、お前らなんでずっと厨房にいたんだ?料理はもう出されてただろ?」


「なんかスイーツの追加注文がやけに多かったんすよ。あと肉料理全般も」


 俺たちは容疑者2名に視線を向ける。シオンは恥ずかしがり、ベンティアはニコニコ笑った。


「けど、フロントラインを守ってくれた恩人たちにこうして恩返しができて僕は嬉しいです。改めて、皆さん、本当にありがとうございました」


「「「ありがとうございました」」」


 ワクに続いて、他3人も同時に深々と頭を下げた。


「みんな、頭を上げてくれ。俺たちは当然のことをしただけだ。フロントラインは全人類で守っていくべき大切な施設だからな。それに、美味しい料理を俺たちは毎日食べさせてもらってるわけだし、こちらもその恩返しができてよかった」


「アゼンさん……ありがとうございます……!」


「ところで、フランさんの姿が見当たらないですね」


「部長なら、まだ厨房にいるっすよ。一緒に行こうって言ったら、『私はここで"待ってる"から、さっき行ってて』と言われたっす」


「待ってる?誰を待ってるんですか?」


「私のことじゃないかしら?」


 ルナの質問に答えたのは、食堂の入り口からこちらに来るユメコだった。手にはいつもの大剣が握られており、彼女が仕事帰りだということがわかる。


「はぁぁ、つっかれたぁぁ〜〜」


 ユメコは大剣をテーブルに立て掛けると、ベルの横の空いていた席に座った。


「お、お疲れ様……!ユメちゃん……!その、ファームピボットで会ったときは話しかけられなくて、ごめん……」


「いいわよ別に気にしなくて。私もすぐに帰っちゃったし」


「ユメちゃん、私のロボットを見て駆け付けてくれたんだよね……?あ、ありがとう……!」


「……ふん、あんたが無事でよかったわ」


 ユメコが恥ずかしそうにそう言うと、ベルは嬉しそうにはにかんだ。するとルナがニヤニヤしながらユメコに話しかけた。


「あれあれ〜〜?ユメコ先輩、"面識"があるだけ、じゃなかったんですか〜〜?めちゃくちゃ仲良しじゃないですか〜」


「………」


 ユメコは黙ったままプルプルと震えだす。あ、これはまずいと思った時には既に、ルナの前髪が発火していた。


「———!?あっち!?も、燃えてます!私の髪が燃えてます!」


「……はぁ」


 すると隣に座っていたアオはルナの頭の上に青幻素で水の塊を創り出し、それをルナの頭に落とした。案の定火は消えて無くなり、前髪は少し焼ける程度で済んだが、ルナは全身びしょびしょになった。


「うう、、ありがとう、アオちゃん……けどもう少しお手柔らかにしてほしかったな……」


「あれはルナが悪いから、頭冷やしてもらおうと思って」


「……ふん、ルナ、明日のランニングの回数倍ね」


「……はい」


 ルナは反省しながら更衣室の方へとトボトボ歩いていく。アオもルナの付き添って食堂から出て行った。


「そういえば、ユメコさんは夕食食べたんですか?」


「食べてないわよ。ここで食べようかと思ってたけど、どうやらもう無いらしいわね」


「———!ああそっか!だから部長は"待ってる"って言ったんですね!ユメコさんの分を作るために!」


「だとしても厨房で待つ必要はないですよね?厨房からだとユメコさんが来たかわからないですし」


 俺はシオンの言葉を聞いて、おもむろに席を立った。さすがに、ここまでお膳立てされて気づかないほど俺はまだ鈍感ではない。


「アゼン先輩、どこか行くんですか?」


「ああ、フランが"待ってる"からな」


 俺がそう言うと、みんなはハッと気づいた様子でこちらを見つめてくる。


「……あなたたちの料理、楽しみにしてるわよ」


「ああ、どっちが美味いか、審査よろしくな」


 厨房に向かう途中、俺は今まで食堂で食べてきた料理の数々を思い出していた。どの料理も一級品で、出てくるのも早い。俺が教えていた頃よりも数段も腕を上げている。そんな給食部の中で、恐らく最も料理がうまいのは———


「あ、アゼンちゃん。来てくれたんだね」


 厨房に入ると、そこには白いコック服を着たフランが、包丁を研ぎながら待っていた。こちらに気づいた彼女は研いでいた包丁を置いて近くに寄ってくる。


「もちろん。あのとき約束したしな。それに、久しぶりの料理対決、これまで勝敗は五分五分だった。そろそろ決着をつけようじゃないか」


「ふふっ、そうだね。けど、今までぼっち飯だった君とずっと多くの料理を作ってきた私、差は開いてるかもね?」


「ははっ、何言ってんだ。最近は舌の肥えたお姫様のために毎日趣向を凝らして3食作ってるんだ。まだまだ腕は落ちてないぜ」


 俺たちは互いに見つめ合いながら火花を散らしている。フランは給食部部長のプライドが、俺は寮内の料理担当としての意地がかかっている。そんな料理対決が今、始まろうとしている。


「それじゃあ、ルールを決めよう。料理を出す相手はユメコで、ユメコが美味しいと思う料理を出せた方の勝ち。時間は……ユメコが『遅い!!』って言って厨房に突撃してこない程度ってのはどう?」


「はは!面白いなそれ!わかった、それでいこう」


「じゃあ、冷蔵庫の食べ物や調味料はなんでも使っていいから、早速料理を始めよっか」


「よし、それじゃあ俺はエプロン着てくるから、フランは先に作ってていいぞ」


「ううん。待ってるよ。じゃないと不公平だし」


「はは、余裕そうだな。けど助かるよ」


 俺はそう言うと更衣室に行き、エプロンに着替える。そのあと厨房に戻ると、フランがさっきと同じように包丁を研いでいた。


「なんだ、結局先に始めてるじゃないか」


「違うよ。忘れちゃったの?これはアゼンちゃんの包丁だよ」


 そう言われてフランが研いでいる包丁をよく見てみると、確かに俺が手伝いをしていた頃ここで使っていた包丁だった。

 フランは研ぎ終えると俺に丁寧に手渡した。


「ありがとう。……懐かしいな」


「……そうだね。こうしてここに2人で立つのも、久しぶりな気がするよ」


 厨房には、俺とフランしかいない。遠くで微かにルナたちの笑い声が聞こえてくる。俺は前を向きながらゆっくりと拳を横にいるフランの元へ向ける。そしてフランは自らの拳を俺の拳にぶつけた。


 初めて出会って、初めて対決したあの日から、互いに認め合った証として、始まりはいつもこの合図だった。


 ここから先、互いに料理を出すまで、一切の会話は無い。


 2人の料理人が、今、動きだす。



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