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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
ファームピボット編
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第74節 ビッグセブン会議

「ふぅ、宣誓も終わってやっと報道陣もいなくなった。毎度毎度放送なんてしなくてもいいのに」


「そういうわけにもいかんのだよ。我々がこうして結束を深めている様子を世界に発信することで、この混沌とした世界の均衡を何とか保っているのだからね」


 7人の代表者は、会議室で円卓を囲みながら座っている。会議の内容は放送されたりはしない。したがって、よりフランクに議論や会話をしている。


「皆さん、本会議の議長を務めます。フランです。よろしくお願いします」


「久しぶりだねフランちゃん!少し背が伸びたかな?いや〜私フランちゃんの料理がまた食べたくなってきたよ!」


「お久しぶりです、料理ならいつでも作ってお渡ししますよ」


「ニール、そういう個人的な話はあとにしなさい」


「カルデルさんも、お久しぶりですね!娘さんは元気にしていますか?」


 ニールは首を左右に忙しなく動かして他のメンバーと会話をし、橙色の長髪をゆらゆらと揺らしている。


「はぁ、いつもこの流れだね〜。ニールがペラペラ喋りだして会議が進まない。新作ゲームの発表が遅くなるのは避けたいんだけど」


 アルタはそう言いながら人差し指で円卓をイラついた態度で叩いている。


「わざわざ会議の後に設定しているお前が悪いだろう。それに、たかが娯楽のために何をそこまで気にする必要があるのだ」


「は?娯楽舐めんな。今この鬱な世の中で娯楽産業の需要は高まってきてるんだ。"たかが娯楽"なんてほざいていたら、あっという間に追い抜かされるぞ、タオ」


「皆さん、そろそろ会議に入らせてください。アルタさんの言うとおり、長引くのは良くありません。それではまず恒例通り、それぞれ個別の議題がある方は報告してください……では、私からひとつ、提案したいことがあります」


 フランはそう言うと、議案書を他のメンバーに手渡した。


「ライフライン計画?」


「はい。フロントラインを継ぐ新たな食糧生産の巨大施設としてアトランタ大陸の議案書に記載してある湾岸部に建設予定です。極秘計画ですので、対外的には"新校舎の建設"として話を進めています」


「フランちゃん、なぜこの計画が必要なの?フロントラインの生産量は十分高いし、今のところ問題はない筈だけど」


「理由は主に2つあります。1つ目は、幻素栽培による生産体制が確立したからです」


「ほぉ、それは良いことですな。この世界に有り余る幻素を用いることができるのなら、無限に等しい生産が可能になる。ニールくんの偉業に匹敵するほどの経済効果が期待できますぞ」


「へぇ、フランちゃんはすごいなぁ……!私が君の年齢の頃は役に立たないバカなことばっかしてたよ」

 

「あはは、ニール先生には遠く及ばないですよ。……話を戻して、2つ目の理由は、フロントラインが"アトムス"の襲撃を受けたからです」


「「「「「「———!」」」」」」


 場の空気が、一瞬にして変貌する。


「……被害は」


「校舎が少し壊れただけで、フロントラインそのものに損害はありません。私の優秀な仲間が解決してくれました」


「…………ふぅ、肝が冷えましたぞ。1台壊れるだけで1国が飢餓に陥いる代物ですからな」


「だから僕は最初から言っているんだ!もっと警備を強化しろって!」


「まぁ、あれは世界共通の資源みたいなものだから、わざわざ破壊して自分の首を絞めるバカはいないはずなんだけどねぇ……」


「それでも、確かフロントラインの制御システムには"幻素暗号式デジタル防御網"があるはず。システムを乗っ取れないのだとしたら、やはり攻撃手段は物理的なものだったのですかな?」


「いえ、カルデルさんはご存知のはずですが、デジタル防御網が破られ、システムへの攻撃を受けました。幸いにも電波塔を折ることで防ぐことはできましたが」


「……へぇ、カルデルさん、それはちょっと困りますね。デジタル防御網はフロンティアエネルギーのサーバーシステムに使ってるので、難攻不落と言われるだけの安全性が保証できないのなら、それ相応の対応をせざるを得ないです」


「ニール、君の不安は最もだ。だが、今回の件は少し特殊な事例なのだ。俗に言うなら、"相手が悪かった"。我々の防御網の操作に関して似通った能力を持っていたんだ」


「つまり、黄色幻素に関する何か、ということですね。うふふっ、カルデルさん、そろそろ御社の"極幻技術"を教えてくれてもいいのではないですか?」


 "極幻技術"

 ビッグセブンの保有する幻素を用いた超常的な技術のことである。例えばドリーム社の"幻素被膜の抽出法"、ワンダー社の"単一幻素空間の安定性"、フロンティア社の"幻素加速による脱色作用"ファームピボットの"有機多幻素配列"など、各企業、組織を運営するのに必要不可欠な代物だ。


「……我々の極幻技術は"単一幻素配列の組み替え"だと公表しているだろう」


「うーん、私はまだ何か隠しているんじゃないかって思うんですけどねぇ」


「ニール先生、そろそろ話を続けてもいいですか?」


「……うん!いいよ!ごめんね、時間取らしちゃって」


「いえいえ、では、今回の襲撃を受けて、やはり以前から懸念されているとおり食糧生産の一極化による弊害が浮き彫りになってきました。そこで我々ファームピボットは、より生産量が高く、より安全なライフライン建設に対して、何らかの形で投資して頂きたく思い、この提案を致しました。それでは、投資を行なって頂ける方は、挙手をお願いします」


 この提案に対し、6人全員が挙手をした。


「ご協力、感謝します」


「まぁ、より安定した食糧の供給がなされるんだったら、それに越したことはないからね」


「けどいいのフランちゃん?食糧の供給は最早世界全体の問題だよ?私たちビッグセブンで内々に決めていいものじゃない気がするんだけど」


「もちろん、ある程度建設が軌道に乗ったら一般公開して他の企業や国家からも融資を募ります。今は信頼できる皆さんに先行投資を依頼しました」


「なるほど、さすがフランちゃん!」


 ニールは笑顔でフランの肩を叩く。フランは少し嬉しそうに微笑みながら、手に持つ資料に目を落とした。


「それでは、次に移りたいと思います。全体的課題の1つ目、"幻界領域"についてです。8年前から現在に至るまで、4つの領域が展開され、その内の"炎"、"砂"、"墓"は今なお拡張しています。ブックが対策に当たっていますが、現状これといった成果をあげていません」

 

「うーん、ブックを責める気はないけど、フロントラインが襲撃された以上、私たちもただ指を咥えて見てるわけにはいかないからなぁ。特に"砂"に関してはフロンティアにとって最も脅威だからね。可能なら、私兵を送り込んで早急に対処したいんだけど……」


「それは"ファンタジア条約"で禁止されているぞ。宣誓した意味を考えろ」


「分かってますよーだ。いーよねぇタオちゃんは。ブックが戦えば戦うほどドリームは儲かるんだからさ」


「ですが、幻界領域が国家に与える影響は凄まじいですぞ。現にイダスとアグリは"墓"によってその国力を著しく低下させている。経済連合のサポートでは対処しきれないほど」


「そもそもそのファンタジア条約自体、幻界領域が展開される前に結ばれたもの。幻素とそれに関する事柄において、規則を設けたのはいいけど、それのせいで今僕たちが苦しめられているこの現状には、納得いかない」


「……ファースト、君は黙りこくってるけど、何か意見はないの?」


 腕を組み、会議をじっと眺めていただけのファーストは、ゆっくりと口を開いた。


「お前たちの出る幕ではない。ブックに任せておけ」


「「「「「「………」」」」」」


 ビッグセブンの中で、ある意味最も謎に満ちている企業は、ワンダー社である。一応ファースト管理長が代表者として出席しているが、実際には管理長は複数人いる。全員が等しく1番高い地位である可能性はあるが、噂によると、彼女たちよりも更に高位の人物がいるのではないかと囁かれている。


「……それは君の意見かい?それとも、"別の人"の意見かな?」


「お前たちの想像に任せる」


「……まぁ、今はビィビィア学園にもフランみたいに優秀な人材が多いって聞くし、もう少し待てば何か進展があるかもね」


「アルタが珍しくまともなこと言ってる……」


「いつもまともだオレンジ頭」


「それでは、この件に関してはブックの吉報を待つ、ということで宜しいですね。では、2つ目の議題に移ります。2つ目は"マグナム条約機構"についてです」


「………"現理主義"国家の連合組織、我々"幻理主義"とは相反する思想を掲げ、幻素を用いた技術を徹底的に排斥し、現代で用いられていた技術を発展させることで経済成長を成し遂げた機関……はぁ、、つくづく厄介ですな」


「特に宗主国であるマグナム現理主義共和国連邦は恐ろしいほどに"噛み合った"政治、経済運営によってあの不毛な大地で超大国にまで成り上がった」


「しかもその条約機構に加入した国々の運営も行い、見事に経済成長を続けている。そりゃあ、加入したいっていう国が大勢出てくるのも仕方ないよねぇ」


「まぁ僕からしたら主義主張関係なく娯楽は愛されるものだからなんの問題もないんだけど」


「私なんてわざわざ現代の化石燃料を使ってる企業を買収して彼らに幻素の素晴らしさを説いてるんだよ?アルタも少しは協力してよぉ〜」


「ふん、国家運営も兼任しているからだろ。だいたい企業が国家のことに口を出したらろくなことにならない」


 幻理主義をとっている国家の中で最も力を持つのが、フロンティア連合共和国である。この国を宗主国とする機関、"バレット条約機構"はマグナム条約機構と対立関係にある。 


「マグナム条約機構の最大の懸念点は、その運営体制にあります。信じられない話ではありますが、マグナム連邦とそれに付随する国家全ての運営権限は、たった1人の人物に集約されている可能性があります」


「そして、その人物の素性は一切不明。わかっていることは、超人的な運営能力を保有していることと、あの"最悪の戦争"が起きたキッカケを作ったかもしれないこと」


 "ブリザード戦争"

 マグナム連邦の前身にあたるブリザード公国で起きた内戦から発展して起きた戦争である。ブリザード公国はたった1人の超人によって運営され、そしてその人物が突如として行方不明となり、国家運営がままならなくなった結果、世界を巻き込む内戦が発生した。


「あの時の統治者と今の統治者が同一人物かは分かりませんが、もし、もし同じ人物なら……」


「もう一度失踪して、戦争を引き起こす。それも前回とは比べものにならない範囲の戦争を」


「少し考えればこうなるって分かりそうなのに、どうして運営を任せっきりにしてるんだろう」


「……考えたくないからだ。自分たちを操るのが誰なのか分からない。良い人なのか、悪い人なのか、、、だが、状況は良くなっている。みんなが裕福になって、みんなが幸福になっている。だったら分からないままでいい。悪い人だと分かってしまって、今ある幸福が消えるよりは、分からないまま幸せに死にたい。たとえいつか暴かれるとしても、自分が生きている時じゃないだろう……なんて、思考停止状態になっているんだ」


「それに、きっと戦争が起きてもまた誰かが終わらせてくれるって考えてるんだろうね。もう、"彼女"はいないのにね……」


「「「「「「…………」」」」」」


「……それでも、今はあの時とは違います。少なくとも私たちは、この脅威に気づいています。それぞれが地道な対策を重ねることで、戦争を防ぐことは十分可能です」


「……フランくんはしっかりしているね。さて、大人の諸君、ここは我々も気張るときではないのかな?」


「……はぁ、わかってますよ。我々ファニーグループも戦争は望まない。遅くなっても文句はいいません」


「さっきまで言ってたくせに」


「ニール」


「はいはい、心配しなくても、私もとことん付き合いますよカルデルさん」


「……やはり数字を眺めているよりも、こうして人と未来について話し合っている方がよいものですな」


「フラン、君は無理するなよ。明日は学校だろ?」


「心配してくれてありがとうございます、タオ先生。けど大丈夫です。私もそれなりに覚悟をもってこの席についてますから」



 ▲▽▲▽▲



 その後、代表者7人は活発な議論を続けて、報道陣に説明する資料を作成し終わる時には、すでに12時間経っていた。


「それでは、これにて本日の会議を終了します。皆さん、お疲れ様でした」


「つ、疲れたぁ〜〜」


 ニールは顔を円卓に突っ伏しながらため息を吐いた。


「結構時間がかかりましたね。報告するのは明日のほうがよさそうです」


「それなら、私は帰らせてもらう」


 ファーストはそう言うと足早に会議室から退出した。続いてタオも出ようとするが、フランがその前に声をかけた。


「タオ先生」


「ん?なんだ」


「あの、その、このあとって空いてますか?その、久しぶりにこうして会うことができたので、夕食ついでにお話しがしたくて……」


「構わないが、君は長い会議の後で大丈夫なのか」


「———!はい。全然大丈夫です」


「え、2人でご飯食べに行くの!?私も行きた〜い!」


「ニール先生も誘うつもりでしたので、良かったらぜひ」


「やった〜〜!」


「それでは、私の一押しのお店に招待しますね」


 こうして、タオ、ニール、フランは共に会議室から出ていった。


「……フランのやつ、あの2人といる時はなぜか少しテンションが高いですよね」


「彼女たち3人は元"博物館"のメンバーだったからね。フランくんはそこで給仕をしていただけで、自分はあの方達の足元にも及ばないなんて言っていたけれど、私からしたら彼女も十分"怪物"だよ」


「まぁ怪物じゃなきゃあの歳でここまで来れないですしね」


「君もまだまだ若いんだから、彼女に負けないよう頑張るのだぞ」


「別に彼女と勝ち負けを競う必要はないですよ。僕には僕の計画があるので。あ!そういえば今度のビィビィア学園の"学園祭"、ファニーグループが全面協力することをフランに伝えていなかった!それじゃあお二人とも、先に失礼しますねー」


 アルタはそう言って小走りでフランのところへ向かった。


「……逃げられましたな」


「おいぼれの小言など若者は聞きたくはないのでしょう。娘にも最近ウザがられますし」


「うちの息子も反抗期でしてな。口すら聞いてくれませぬ」


「今は多感な時期ですから、辛抱強く見守ることにしましょう」


「そうですな」


 2人の年老いた代表者は若者の未来を想いながら、静かに、会議室を去った。

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