第73節 危機は終わり、会議が始まる
俺たちはアオと合流した後、ユメコとシオンがロボットを蹂躙する姿を眺めながら彼女たちの元へと向かった。フロントラインに沿って次々と立ち並ぶ巨大な火柱と、ビルよりも長い根がロボットを貫き、締め上げ、叩きつける様子は、まるで意思のある天災を目の当たりにしているようだった。
轟音鳴り響く戦闘は俺たちが着く頃には既に終わっており、フロントラインの前にはドロドロに溶けた金属の塊や粉々になったロボットの残骸がそこかしこに横たわっていた。ユメコとシオンはロボットの頭部の残骸の上で俺たちのことを見下ろすようにして待っていた。
「遅かったわね。全て片付けたわよ」
「相変わらず規格外だな……お前たちの戦闘は……」
「まだ油断しないでください。確かにロボットは破壊しましたが、操っていた"本体"の手応えはありませんでした」
《ああそうだよ。俺はまだやられちゃいねぇ……》
「———!」
ナッズの声がどこからか聞こえてくる。すると周りのロボットの残骸から大量の黄色幻素が滲み出てきて、それらは倒されたビルの上に集まっていく。やがてそれは人型を模していき、最終的にナッズの姿に変化した。
「このひと、しぶとい」
「同感だわ。それに、アトムスの主要メンバーは初めて見るけど、どう考えても人間じゃないわね」
「はは、そうだな。俺たちは人間とは違う。人間より優れた存在だ。お前たちでは辿り着けない領域に、俺たちは踏み込んでいる。だが、、認めよう。お前たちは強い。俺は侮っていた。最初からこうするべきだった」
ナッズは今までの子どもらしい、ただ生意気な態度だけではなく、明確な殺意をもって俺たちを見下ろしていた。この場にいる全員が『ここからが本番だ』と直感的に理解した。
空が雲に覆われていく。
あるはずもない黒雲が、太陽の光を遮断する。
空に雷鳴が轟き、地上に刹那の光が乱立する。
「そ、空が、、、」
「空だけじゃありません!ナッズの姿が……」
ナッズの周りには大量の黄色幻素が渦巻いていた。やがてそれはナッズの身体に纏わりつき、頭には黄色く半透明で、大きな丸い耳が現れ、腰からは細くて長い光り輝く尻尾が生えてきた。さらに生徒会室にいた時とは比べものにならないほど大量の青白い静電気が彼の身体を覆っていた。
「……まるでネズミのような姿だな」
《その通りだガキ共。だがこれで終わりじゃない。お前たちに見せてやろう。【アリスの奇跡】を》
彼がそう言って、こちらに手をかざした瞬間、
世界が、歪んだ。
「バカネズミ、まだそれ使っちゃだーめ」
《は?》
空間が歪み、それが一瞬にして元に戻ると同時に、空を覆っていた黒雲も、ナッズの周りに渦巻いていた黄色幻素も、全て消え去っていた。代わりに、彼は首根っこを掴まれて地面に押さえつけられている。
しゃがみ込む、猫耳の生えた小さな少女に。
「おい!てめぇ!!何しやがる!!その手をどけろ!!バカネコ!!」
「はぁ、まったく君はほんと愚かだよね〜。アレはまだ使うなって"アリス"ちゃんに言われてるじゃん」
バタバタと暴れるナッズを溜め息を吐きながら軽く押さえ込んでいる。あまりにも急すぎる展開に困惑しつつも、俺は目の前の見知った"敵"に声をかけた。
「……久しぶりだな。ヌッコ」
「あ!君たちだったんだね!久しぶり〜!あれ?随分見ないうちに仲間が増えたんだね。それじゃあ改めて自己紹介!!私の名前はヌッコ!とっても可愛いヌッコだよ!」
「は!何が『可愛い!』だこのブスネコが!」
「はいは〜いクソネズミはご退場〜」
「あ、こら!おい!ま———
ナッズが言い切る前に彼の身体は紫幻素に包まれて跡形もなく消え去った。
「はぁ、みんな聞いてよ〜あのネズミ仕事もまともにできないんだよ?だから幻界領域を任されてないんだよね〜」
「幻界領域?あんた、今そう言ったわよね?あれ、あんた達が管理してるの?もしそうならここで半殺しにして知ってること全部吐いてもらうわよ!」
ユメコは"幻界領域"という単語に敏感に反応して肩に乗せていた大剣をヌッコの方へと向ける。
「うう、怖いよお姉ちゃん、、別に私は喧嘩しにここに来たわけじゃないんだよ?今日はナッズを回収しに来ただけだから、遊ぶのはまた今度!」
ヌッコはそう言うと俺たちと最初に会った時のように大量の紫幻素で身体を覆い始めた。俺は今幻素が使えないからどうすることもできない。ルナやシオン、それにアオも、止めることができないと知っているからか、特に動く様子はない。だがユメコは動じることなく最初の一歩でヌッコの懐へと入り込み、紫幻素の渦に躊躇うことなく腕を突っ込んだ。
「え!?———うぅ、、」
「捕まえたわよ」
ユメコはヌッコの首を鷲掴みにして空高く持ち上げた。ユメコの腕は霧散するどころか、逆にヌッコの首を霧散させ続けていた。
「このままだとあなたの頭と身体が離れ離れになるわよ?」
「あ、は、は、、まさか、こんな、、、化け、物が、いるなんて、だけど、残念、でした!私たちに、身体は、ないよ!」
「———!」
ヌッコはそう言うと一瞬で身体を紫幻素に変えて四方八方に霧散していった。こうなったら流石にユメコも追うことはできない。首を絞めていた手を横に振りながらユメコはこちらに戻ってくる。
「子どもの首を掴むのは、いい気分じゃないわね」
「どうやってあの幻素の壁を突破したんだ?俺の白幻素でもヌッコに届かなかったのに」
「……まぁ、"極論"ってやつよ」
「極論ってビィビィア学園で話してたあの———
———ブーブー、ブーブー、ブーブー
ルナが何かを言いかけたタイミングで誰かの携帯が鳴り出した。周りを見渡すと、イリアンが慌てて携帯を取り出して、電話をしてきた相手は誰かを確認していた。
「ぶ、部長です!」
イリアンは急いで電話に出ると、映像に切り替えて俺たちとも話しができるようにしてくれた。画面には白衣を着て歩きながら手に持つ携帯を見下ろすフランの顔が映っていた。薄い黄緑色の髪だが、歩いて揺れるたびにインナーカラーの星空のような青が覗き見える。
「部長!部長!」
《ふふ、はいはい、部長ですよ。イリアン、今回は本当に助かりました。あなたはフロントラインの、人類の危機を防いでくれました。あなたの先輩として、これ程誇らしいことはないです。帰ったら沢山褒めてあげますね》
「は、はい!ありがとうございます!」
「あなた、私たちのこと忘れてないでしょうね?」
《もちろん。ユメコさん、シオンさん、アオさん、ルナさん、そしてトレハン部の皆さん、ファームピボットを代表して、心から感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました》
フランは一旦足を止めて、画面の前で深々と頭を下げた。
《それから……アゼンちゃん》
「アゼンちゃん!?聞きましたか師匠!?」
「……悪いがその呼び方はもうやめてくれないか……結構恥ずかしい」
《———!君の声、久しぶりに聞いた気がするよ。アゼンちゃ、、くんにも、改めてお礼を言わせて。今回は私たちの対策不足で大勢の人に迷惑をかけてしまった。だけど、最悪の展開は免れた。それにイリアンの背中を押してくれたことも、感謝してるよ》
「部長、どうしてそれを知っているんですか?」
《彼ならきっと、そうしてくれると信じていましたから》
「………」
「あのー、横から失礼します。私、トレハン部のメルって言います。その、大変申し訳ないのですが……食糧確保のために色々と校舎や設備を破壊してしまって……それに加え目的の食糧も全てだめにしちゃって…………ほんとすいませんでした!!どうか弁償だけはご勘弁を……」
《大丈夫ですよ。助けてくれた恩人にお金を要求したりはしません。今回出た損害は全て我が校で対応します》
メルはそれを聞くと安心した顔で胸に手を置いた。
「そういえば、フランはどこに向かってるんだ?」
《今から"ビッグセブン会議"が行われるので、その会場に向かってます》
「え、部長今日会議だったんですか!?やばい、すっかり忘れてた……じゃなくて!部長は私たちと通話してて大丈夫なんですか?」
《うん、けどそろそろ到着するから、悪いけど切るね。……皆さん、今回は本当にありがとうございました。この御礼は必ず致します》
フランはそう言って電話を切ろうとする。俺は久しぶりに会話して、彼女が"あの頃"よりも色々と抱えているような気がした。昔の彼女と比べて、少し仰々しいような……
「フラン!」
《……ん?》
「……その、たまには寮に顔を出してくれよ。……待ってるからさ」
《……わかった。それじゃあ今度一緒に、昔みたいに料理対決でもしよっか、ね、……アゼンちゃん》
彼女はそう言って少し微笑みながら今度こそ電話を切った。すると周りの人間は何やら俺とフランの関係に興味を示し始めた。俺はただ同じ寮で生活していただけだと説明するが、ルナが面白がって中々引き下がらない。なんとか話題を変えるために、フランが出席する"ビッグセブン会議"の中継を見ないかと提案した。
ユメコは急に機嫌が悪くなって、一人で帰ってしまったが、他の面々は快諾した。イリアンは特に興奮した様子で、携帯の画面じゃ小さいから校舎の中にある大きなテレビで見ましょう!っと言って俺たちを先導した。
「みなさん急いでください!始まってしまいますよ!」
「その"ビッグセブン会議"というのは、そんなに凄いものなんですか?」
「師匠、知らなかったんですか?確かに最近になって始まった会議ではありますが、半年に一度行われる結構有名な集まりですよ」
「そうです!そして部長は最年少の代表者としてビッグセブンの一翼を担っているんですよ!毎回会議が始まる前に七人が横一列になって"幻代への誓い"を宣誓する時間があるんですけど、その時の部長がもうめっちゃかっこいいんです!」
「あ、私のパパも、出席します……。まぁ、私はパパのことよりも、"ファニーグループ株式会社"が毎回会議の後に発表する新作ゲームのほうが、楽しみなんですけど……」
「うそだぁ、ベルちゃんたまたま会議がテレビでやってた時はウキウキでお父さんのこと喋ってたじゃん」
「うう、、」
「部長、ベルをからかうのはやめてください」
そうこうしているうちに俺たちは校舎に着いて、空き教室にあったテレビを使って会議が中継されているチャンネルを開いた。中継はちょうど代表者たちがマスコミの前に姿を現わす様子を放送していた。
《今各企業、組織の代表者が"ファンタジア"に入場してきました。ファンタジアは幻素出現の爆心地とされる"カナック島"に建てられた記念施設です。その中に展示されている"銀の花の墓"の前で恒例の誓いを行います》
きっちりとしたスーツに身を包んだ男性、女性が次々と施設の入り口から入っていく。そこにはさっきの白衣を脱いで、スーツに青いネクタイをしているフランの姿もあった。
「見てください!部長がテレビに出てますよ!」
イリアンが興奮した様子でテレビに齧り付いている。フランは取り囲む報道陣に手を振りながら展示室へと向かっていった。中継はそのまま展示室の中へと移動し、墓の前で何やら雑談しながら一列に並んで立っている7人を映した。
《それでは、本日の会議に出席する企業、組織と、その代表者をご紹介致します。
【ワンダー•ワープ•ワーカーズ】
代表者:ファースト管理長
幻素出現後、紫幻素による革新的な物流システムを開発し、混迷していた世界の流動性を活性化させた。今日では世界の物流市場の約5割を独占している。
【ドリーム株式会社】
代表者:タオ部門長
※本来出席するはずだったロッキード会長は諸事情により出席を辞退。
幻素を用いた様々な兵器の開発を手掛けており、軍事産業における確固たる地位を確立している。国際組織"ブック"との繋がりも強く、多くの武器を提供している。
【フラントン通信株式会社】
代表者:カルデル社長
幻素出現時において保有していた人工衛星を全て損失し、一時期破産の危機に追い込まれたが、黄色幻素を用いた通信システムを開発し、世界を繋ぐネットワークシェアを再び独占した。
【ファニーグループ株式会社】
代表者:アルタ会長
幻代に入り急成長した企業の一つであり、ゲーム、ホビー産業、アムューズメント事業、アプリ開発、など様々な分野に参入し、娯楽産業の最先端を更新し続けている。
【フロンティアエネルギー】
代表者:ニール代表取締役
ニール教授が発見した"オレンジ幻素"によってエネルギー産業に革命をもたらした。それだけではなく、現在化石燃料によるエネルギー生産を主とする企業を次々と取り込み、エネルギー産業の独占を進めている傾向がある。
【アムルダム経済連合】
代表者:ウィレム連合会長
影響力の高い国家、企業の貿易、株価、貨幣価値、資産の流動などを観察し、状況に応じて適切な対策を立案して国家や
企業に提案する国際組織である。幻素出現時の世界経済の混乱を教訓に生まれた組織でもある。
【ブック指定農業学園ファームピボット】
代表者:フラン学園長
学園でありながらフロントラインの運用を任されており、その影響力は他のビッグセブンに劣らない。世界中の国家がフロントラインに投資しており、その保有数によって国力が決定付けられている。
以上7つの企業、組織が世界的な課題や今後の連携について議論を行います》
「こう見てみると、フランは割とマジで凄い奴なんだよな」
「部長のこういう姿を見てファームピボットへ入学したいと思う学生が多いんです!だから部長と同じ学園、同じ部活動で一緒に過ごせているだけで私は幸せなんですよ……!」
「ベルも、あそこに、たつの?」
「わ、私は別に……パパみたいに会社を経営する能力なんてないし……」
ベルは顔を下に向けて項垂れている。父親があのように世界で活躍するような凄い人物だと、その子どもはやはりそれなりの重圧は感じるのだろう。中継を見ずに帰ってしまったユメコにも、何かしらの苦労があるのかもしれない。そんなことを考えつつ、俺はぼんやりとテレビを見つめた。
(フラン、お前はそこに、どんな気持ちで立っているんだ)
《今、宣誓が始まろうとしています》
雑談をしていた7人は神妙な顔つきで"銀の花の墓"の前に立ち、右手を胸に置いている。
《「「「「「「「宣誓」」」」」」」
「現代から幻代へ」
「閉ざされた宙」
「繋がらぬ海」
「消え去りし大地を前に」
「我々はもたらされた全ての奇跡を」
「全ての愛すべき人々のために」
「使うことを、誓います」》
拍手が展示室を埋め尽くす。最後の言葉を言い終えたフランの眼は、墓ではない、もっと先の何かを、見つめているような気がした。




