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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
ファームピボット編
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第72節 形勢逆転

 俺は気がつくと、真っ白な空間にいた。学園長室とは違う、より純粋な白に近い、目がチカチカしてしまいそうな場所。俺の嫌いな場所の一つであり、ここに来るときは大抵、アイツがいる。


【ふんっふふんっふふーん♪】


 大きなテレビがぽつりと一つ置かれている。その前に子どもが一人座っている。黒くて長い髪を純白の床に流しながら、ゆらゆらと画面の前で揺れている。画面には、困惑と恐怖で顔を歪ませた、ナッズの姿があった。


「……やめろ。今すぐそこをどけ」


 アイツは俺の声を聞いても、振り返ることなく画面を見続けた。


【うーん、それは無理かなー。だって彼が救済を求めているんだもん。目の前の彼を救ってからじゃないと。そのために"ここ"を譲ってくれたんじゃないの?『だまれ』なんて言っちゃってさー、うふふ♪、やっぱり同族嫌悪ってヤツなのかなー?罪深い哀れな子どもを見てると、どうしても断罪したくなる、救済したくなる。本当に断罪したいのは、君自身なのにねー?】


 アイツはそう言うと、顔だけをこちらに向けた。目元は黒いモヤみたいなものが漂っていて、正確に認識することができない。だが、口元は間違いなく、笑っている。俺を嘲笑うかの如く。


「今すぐ消えろ。二度と出てくるな」


 しかし、俺のこの言葉を聞いた直後、口元から笑みは消え、ゆっくりと立ち上がり、こちらへとゆらゆら近づいてきた。


【………ねえ、君、最近女の子と話すようになったよね?シオンにルナに、アオやユメコ。それに"約束"のことも、彼女たちに話したよね?なに?もう時効だと思ってんの?自分はもう救われてもいいなんて、考えちゃってるの?許さないよ?そんなの。消えないよ?私は。ずっとずっとずっとずっとずっとここに居続けて、ずっとずっとずっとずっとずっと他人を救って、ずっとずっとずっとずっとずっと君の背中に乗ってるよ?】


 そう言うと、アイツは突然俺の目の前から姿を消すと、いつの間にか俺の首に手を回して背中に乗っていた。そして自分もいつの間にか、アイツを両腕で支えていた。


【ほら、ちゃんと背負ってくれた♡】


 アイツは俺の耳元で嬉しそうに囁く。


【やっぱり君は分かってる。救われちゃいけないって分かってる。私を背負っているのがその証拠。だって私は、



 君の【罪】だから。



 徐々に画面がナッズのほうに近づいていく。


「………確かに、俺は救われちゃいけない。あーゆう子どもを見てると、お前を見てるみたいでイライラするのもその通りだ。だけどな、俺はもう、"子ども"じゃないんだ。……お前はいつまで"子ども"でいるつもりなんだ?いつまで、



 背負われるつもりなんだ?



 背中のアイツは何も言わない。だが、背中にかかる重圧が徐々に大きくなっていく。俺はその重さに耐えながら、一歩、また一歩と画面のほうに歩いていく。それと同時に俺が歩くスピードよりも速くナッズの姿も段々と近づいていく。


【もう間に合わないよ?現実の君が彼に触れるほうが速いからね】


「それでも、諦めない、、俺はもう、、【お前】で誰かを傷つけたりはしない、、!」


 あともう少し、あともう少しで画面に手が届く。だが、画面の先の俺も、ナッズの頭に手を伸ばしていた。



【さぁ、いっしょに、つみをつぐないましょう】



 後ろのアイツが楽しそうに呟く。しかし、次の瞬間、ナッズの後ろの純白の壁に亀裂が入り、砕け、画面の先には青空と、漆黒の夜に連なるフロントラインが姿を現した。そう、つまり外の風景が映し出されたのだ。


【……え?なんで?私の"白"を破るなんて、そんなのありえない、それって私と同じ———


「———!」


【あ!】


 背中のアイツが動揺している隙に、俺は画面を拳で思いっきり叩き割った。それと同時に周りの"白"がメッキが剥がれるようにして消えていき、剥がれた場所には光さえ飲み込んでしまいそうな黒い壁……空間が現れる。


【あーあ、壊しちゃった。これで君のなけなしの力もちょっとの間使えなくなっちゃったよ?】


 アイツはいつの間にか俺の背中から姿を消して、声だけがこの空間に響き渡る。


「構わないさ。俺の周りには仲間がいる。もう、ひとりじゃない」


【ふーん、まぁいいや。どうせここは元に戻るし。君が救われちゃいけないって思ってる限り、ね♡】


「……ああ、構わない。それが俺とお前の、唯一の合意点だからな」


 周りの"白"が剥がれるにつれて、自分の意識が朦朧としてくる。そして、視界が完全に"黒"に覆われた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「———!ここは……」


「アゼンさん!あ、アゼンさん、ですよね?」


 一瞬意識が落ちたかと思った直後、目の前には壁や天井が何もかも消え去った生徒会室と、外の風に靡かれながら頭を抱えるナッズの姿、そして隣には心配そうにこちらを見つめるイリアンがいた。


「あ、ああ、大丈夫だ。それより、イリアン、俺は君に何かしたりはしなかったか?」


「いえ、だけど……アゼンさんが急に変になって、周りが真っ白になって、それで……」


 イリアンはたどたどしく今あったことを説明しようとする。ただでさえフロントラインが停止して焦っているのに、俺のせいで彼女をさらに動揺させてしまった。


「……心配をかけた。本当にすまない」


「……謝らなくても大丈夫です!私は何ともないですから!それとアゼンさんが元に戻る直前、トレハン部の皆さんが白い空間を破って来てくれたんです」


「「いえーい」」


 右を向くとそこにはピースをするベンティアとメル、そして呆れ顔のドリムとベルの姿があった。


「部長、さっきまで部費が〜って嘆いてたのに、どうして今はノリノリになってるんですか?」


「やめて。今考えないようにしてるだけだから」


「ねぇ、アゼン、■■、はどこ?」


「……?すまん、聞き取れなかった」


「ベンティアちゃん、ここに来る前に誰かの声がするって言ってたんです。少なくとも、お二人のことを言っていたわけではないと思うんですけど……」


「………そうか。あと、ここに来る時、白い壁を壊さなかったか?」


「わたし、が、こわした」


(………まさか、な)


「もしかして、■■、いないの……?」


 ベンティアは周りを見渡して悲しそうに呟く。


「う〜ん、、あ!ほら見て!あの子じゃない?」


 メルはそう言うとナッズのほうを指差した。彼は俺たちが話していることを気にも留めずに何かをぶつぶつと呟いている。


「俺が恐怖した?この俺が?何なんだ、一体何なんだあいつは!?」


「……あんなに、よわそうじゃ、ない」


「ああ!?」


 青白い電気が彼の身体から放たれる。俺は咄嗟に白幻素を出そうとするが、手をかざしても何も出てこない。


(しまった!俺は今幻素が使えない!)


 電気は空気を切り裂くようにしてベンティアのほうへ向かっていく。誰もが彼女を守ろうとしたが、それよりも先に、空から降ってきた銀色の杖が、電気を受け止め床に放電させた。


「みなさ〜〜〜ん!!お待たせしました〜〜〜!!」


 馴染みのある明るい声が空高くから聞こえてくる。その少女は電波塔から伸びる蔓を使ってふわりと俺たちのいる床へと着地した。


「ルナ!!」


「久しぶりですね!アゼン先輩!」


「どうしてここに来たんだ?」


「話すと長くなるので今は目の前の敵に集中しましょう!」


 ルナは床から杖を引き抜くと、躊躇うことなくナッズのほうへと構えた。


「てめぇ、誰だ!どこから来やがった!」


「ビィビィア学園から急いで来ました!君の悪行を止めるために!!」


「……はは、だったら遅すぎだぜ?もうフロントラインの機能は停止させたからな!今更何をしようが手遅れなんだよ!」


「ふ、ふ、ふ、甘いですね!停止してないですよ!だって君が停止させる前にアオちゃんと一緒に電波塔そのものを破壊しときましたから!」


「はぁ!?」


 電波塔のほうを見ると、確かに先端がポッキリと折れてしまっている。その場所をよく見ると、アオがこちらに手を振っていた。


「よくナッズが電波塔を利用するって気がついたな」


「ユメコさんが誰かと通話しながらそう言っていたんですよ。私たちは指示に従っただけです!……それじゃあ、ナッズさん!大人しく捕まってください!」


「……くそ、くそくそくそくそ!!!イラつく、ほんっっとうにイラつくぜ。お前ら、これで終わりだと思うなよ?そもそも俺はまどろっこしいやり方は嫌いなんだ。操作できて無かったんなら、"直接"壊せばいいだけだ!!」


 ナッズはそう言うと自らの身体を黄色幻素に"霧散"させた。霧散した黄色幻素は街の各地にある巨大な倉庫の方へと向かっていき、そして倉庫の中から俺たちを襲ったあの整備用ロボットが大量に出て来た。


「あいつ、まさかロボットで直接フロントラインを破壊するつもりか?」


「と、止めなきゃ!折角アゼンさんのお仲間が停止を阻止してくれたのに!」


「私の名前はルナです!それと、そこまで焦らなくても大丈夫ですよ!だってあっちには、最強のコンビがいますから!」



 ▲▽▲▽▲



 遠くから大量の巨大ロボットが迫ってくる。ユメコとシオンの二人はフロントラインの頂上で、その様子を涼しげに眺めていた。


「来ましたね。私は左に展開している奴らを叩きます」


「それじゃあ私は右。……にしても、全てあなたの予想通りの展開になったわね、フラン」


 ユメコは携帯でフランと通話していた。


 《あはは、ごめんね、急に来てもらっちゃって》


「何が『急に』よ。最初から私のこと利用するつもりだったんでしょ?じゃなきゃわざわざ整備用ロボットを"操作"してベルにアレを使わせようと仕向けたりはしないわ」


「なんであの吊るされてたロボットがあなたを利用できる理由になるんですか?」


「アレは緊急事態の時にしか使わないってベルと約束してたのよ。……まぁ、アレを見るまでそのことを忘れてたんだけど……んん、つ•ま•り!!アレを出すってことはベルがピンチってこと!……"友達"として、何もしない訳にはいかないのよ」


「意外です。ユメコさんにも友達いたんですね」


「いるわよ!!ひとりぐらい!!ああもう!!喋ってないでとっとと終わらせるわよ!!フラン、今日のは貸し一つだからね!!」


 《もちろん、定食一カ月間無料にしてあげるね》


 ユメコはそれを聞くと通話を切り、大剣を肩に乗せながら進行するロボットの群れに向かって勢いよく跳躍する。シオンもルジュナから太く、長く、鋭い根を大量に生み出してそれに乗ってロボットのほうへと向かっていく。


 その後、ロボットの駆動音が完全に消えるまでに、そこまで時間は掛からなかった。



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