第70節 大罪人
廊下にはロボットが溢れかえっていた。トレハン部は予定通りここまで来れているのだろうか、そう考えつつ、俺は敵の矢を防ぎながら生徒会室への道を切り開いていく。イリアンも俺の後ろから熱光線を放ってロボットを次々と焼き切っていった。その後、少し走った先に、"生徒会室"と書かれた扉を見つけた。
「アゼンさん!後ろに下がってください!」
「——!ああ!」
イリアンは俺の前に出て両腕を前に伸ばして手のひらに赤幻素を集中させる。そして赤幻素は一点に凝縮していき、そこから太い熱光線が放たれた。射線上にいたロボットは全て溶けて、生徒会室へのルートに敵はいなくなった。
俺たちはそのまま生徒会室の前にまで辿り着き、扉を開けようとするが、電子ロックがかかっていて開けられない。
「仕方ない、イリアン、あとでフランに謝っといてくれ!」
俺は白幻素を扉の表面に張り付ける。
「シャット!」
そう言うと、白幻素は扉を"塗り替えていき"、扉は全て白幻素となって跡形もなく消え去った。
扉が消えて生徒会室の中があらわになる。両脇には大量のファイルが置かれた棚があり、目の前には長机とそれらを囲むようにして5つの椅子が置かれていた。そして机の奥に、巨大な機械とその前に座り込む"敵"の姿があった。
「おい!そこで何やってる!!」
俺は黒鉄を座り込む"少年"に向けた。
「……チッ、もう来たのかよ」
「……子ども?」
「ああ!?誰がガキだって!?舐めたこと言ってんじゃねぇよババア!!」
「バ……!」
その少年はこちらに振り向きもせず機械をずっと弄っていた。よく見ると、彼の手からは"黄色幻素"が放出している。
「こっちも見ずに何言ってんだ。……お前、"アトムス"だろ」
———バチ
俺がそう言うと、少年はゆっくりと立ち上がり、こちらに振り向いた。
「おうよ。よく気付いたな」
———バチ、バチ
少年の身体全体が静電気を帯びており、さらに口元からバチバチと光輝く細い髭が伸びている。目つきは悪く、顔には斜めに火傷の痕があった。
「俺の名前はナッズ。お前の言う通りアトムスだ。そういえば、ヌッコが前に会ったそうだな」
「……俺のことを知ってるのか?」
「知ってるさ、ああ知ってるとも。あのバカネコは忘れちまってるかもしれねぇが、俺は"彼女"が嫌ってる人間は全員大嫌いなもんでね」
「あの、いったいなんの話を……ていうかそれより、私はババアなんかじゃありません!」
「ああすまんすまん、俺は集中してると耳が悪くなるんだ」
ナッズはそう言いながら片手の小指を耳に突っ込む。そして同時にもう片方の手が機械に触れていることに俺は気がついた。
———バン、バン、バン!
俺は彼の身体に何発か雷弾を撃ち込んだ。
「おっとっと、やっぱりバレたか」
だがしかし、雷弾が直撃したはずなのにナッズは手を機械から離すだけでなんのダメージも負っていないようだった。
「……その機械に何をしようとしていた」
「何って、"仕事"だ、し•ご•と。たく、この防御網本当にイカれてるんだぜ?黄色幻素一粒一粒の濃淡の違いで暗号化するなんて、おかげで流石の俺でも住み込みで突破する羽目になった。おまけにお前らが来るからよ、警備システムに寄り道する羽目にもなったんだ」
「……今すぐそこから離れてください」
「いいぜ?離れてやるよ。……ああそうだ、お前らに言いそびれてたんだが、その"仕事"はもう終わるんだ。この一手でな!!!!」
彼がそう言った瞬間、俺は彼を包み込むようにして白幻素を放出した。だが、ナッズはそれを大量の黄色幻素で"押し返し"、機械に右手を触れた。
《ロック、解除。お帰りなさいませ、フラン会長。ご希望の操作を入力して下さい》
「くそ!!」
俺は白幻素の放出量を高めるが、それでもナッズのもとに一粒ですら届かない。
《"フロントラインの全機能停止"……受理しました》
「おし、これで俺の仕事は終わりだ。……チッ、いつまで無駄な足掻き続けてんだよ、雑魚が!」
彼がそう言うと、黄色幻素は電気を帯びながら俺の白幻素を吹き飛ばす。また、机や椅子、俺たちまでも扉のほうに叩きつけられてしまった。
「……う」
「イリアン!大丈夫か!?」
「私は、大丈夫です、それよりも、フロントラインが……」
「知ってるぜ?フロントラインは一回機能停止すると、再稼働するのに半年はかかるんだろ?その間に世界の食糧は底をついて、多くの人間が死ぬんだ。はは!ざまぁみろ!!あはははははははは!!!!」
少年は高らかに笑った。まるでいたずらが成功した子どものように、無邪気に、そして楽しそうに、"人間"を嘲笑っていた。
(頭痛がする……)
「く、狂ってる……」
「あははははは!!!!いいねえその顔!!最ッッ高だなぁおい!!ここに鏡がなくて残念だぜ!その無様に怯えた顔を
お前に見せてやりたかったんだがなぁ!!あは、あははははははは!!!!」
少年の笑い声と共に、電気が部屋中に撒き散らされる。
(こいつは、"悪"だ。形容し難いほどの、"悪"だ)
「……今からでも、今からでも止めなきゃ!!アゼンさん!!…………あ、アゼンさん?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あははは!あははは!!あははははは!!!!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2度とは聞きたくなかった声。
思い出したくなかった声。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
うふふ、あは、あはははははは!!!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は、【わたしは】、知っている。子どもの無垢なる"狂気"を。俺の最も憎むべき、その【罪】を。
「……おい、【だまれ】」
「………え」
「………は?」
瞬間。
世界は、境界線を失った。
「ど、どうなってんだ!!ここはどこだ!?」
「ま、周り全てが真っ白に……あ、アゼンさん、これはいったい……」
「……【罪】は償われるべきだ……例えそれが、"子ども"であるとしても……」
「あ、アゼンさん、アゼンさん待ってください!!何を、何をするつもりなんですか!?」
「く、来るんじゃねぇ、、来るんじゃねぇよ!!くそが!!なんで幻素が使えないんだ!!………む、"霧散"もできなぇ……ちくしょう!!どうなってんだよ!!」
「……【罪】は償われるべきだ……例えそれが、"子ども"であるとしても……」
「アゼンさん、今のあなたはどこかおかしいです!!正気に戻ってください!!優しいアゼンさんに戻ってください!」
「……!?ど、どうしてこれ以上先に行けねぇんだよ!!…………お、お前は、お前は何者なんだ!?」
【さぁ、いっしょに、つみをつぐないましょう】
「く、来るな、来るなーーーー!!!」
瞬間。
———ダダ
———ダダダ
———ダダダダ
「ダダダダダダダダダ!!どっかーーーん!!!」
白き世界に亀裂が入り、世界は、色を取り戻す。




