第66節 一方その頃
「こらーー!!ルナーー!!あと一周足りないわよーー!」
「ひぃ〜〜〜」
晴れ渡る空、暑い陽射しの下、ルナは今日も最下位でランニングを完走した。
「お疲れ様。ルナ」
「はぁ、はぁ、ありがとう、アオちゃん」
疲れ切って座り込んでいるルナにアオは水の入った水筒を手渡す。ルナはそれを受け取るとごくごくと飲み干していった。
「ぷはぁ!生き返る!」
「シオンさんもどうですか?」
「私は平気です。それよりアオが飲んでください。あなたも疲れてるでしょう」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そう言うとアオは水筒の蓋をコップにして、それに水を入れてゆっくりと飲む。その様子を近くで見ていたユメコは、ため息を吐きながらいつも通りお説教を始める。
「まったく、この程度でへばってちゃセンテンスに勝つなんて夢のまた夢よ。幻素操作の基本は体力なのよ?体力があれば長く集中できて、長く集中できるならより多くの幻素を操ることができる、基本中の基本よ」
「はぇ〜〜そうだったんですか。私はてっきり根性を鍛えるためにやってるのかと思ってました!」
「それもあるわよ。特にサボりがちなあなたにはね!!」
そう言いながらユメコは手刀をルナの頭に振り下ろした。
「へぶ!?」
「だけど、ずっと体力を上げる訓練だけをしていても幻素の操作能力は上がりません」
「……まぁ、それもそうね。あなたは体力に関して特に問題はないから、次のステップの話をしましょうか」
ユメコはルナの頭から手を退かすと、両手から赤幻素を放出した。
「もう授業で習っているかもしれないけど、幻素には"幻素第一法則"と呼ばれるものがあるわ。これは私たちが普段操っている幻素に関する法則で、例えば……」
ユメコは赤幻素を凝縮させると、それはやがて炎となってユメコの手のひらでメラメラと燃えている。
「幻素は操作する人によって姿形を変える。そしてそれは色によって分類することができるわ」
「赤なら熱、青なら水、緑なら細胞……みたいな感じですよね?」
「その認識で合ってるわ。けどこれは"幻素第一法則"の初歩の初歩。もっと踏み込んだ話をすると、いわゆる"幻素使い"と呼ばれる人たちは、自分特有の幻素、"飽和幻素"を持っているわ。私たちはそれを操って技を繰り出してる」
「……?当たり前のことじゃないですか。そんなの私だって知ってますよ?」
ルナは飲み干した水筒を持ちながらゆっくりと立ち上がる。
「って、みんな勘違いしてるのよ」
「え?」
「確かに飽和幻素はあるし、それを操ってはいるわ。だけどそれだけじゃ普段私が出してるような破壊力抜群の技に必要な幻素を賄えるわけないじゃない。"幻素第一法則"の真髄は"飽和幻素は他の同色の幻素を操作する際の媒体となる"というものよ」
「む、難しい……頭がパンクしそうです……」
「そうねぇ……ルナ、あなたはいつも幻素を操作するとき何を意識してる?」
「うーん、より多くの幻素を出せるように、幻素を出す場所に意識を集中させてますね。杖だったり、手のひらだったり」
「そのあと幻素をどうやって操作してる?」
「出した最初の幻素ってまるで自分の手足みたいに動かせるんですよね。そのあと自分の意識をどんどん広げていくみたいな感じに幻素を展開します。あ、だけど、遠くの幻素はちょっと操りにくいかもです」
「まさにそれよ。飽和幻素は私たちの意識下にあって、さらにその意識を他の幻素に移すことができるの。その意識をより強固に、繊細に、そして長く、広く飽和幻素を通して伝えていくことで、私たちは技を出してるの」
「なるほど、今まで感覚的にやってましたが、まさかそのようなロジックがあったんですね」
アオは感心した様子で何度も頷いている。
「だからこそ、集中力が大切なのよ。私の手を見てなさい」
ユメコはそう言って深く深呼吸したあとに、手のひらの炎を一瞬で消し去った。
「……どうしたんですか。霧散させたんですか」
「いや、違うわよ。私はちゃんと赤幻素を操作しているわ」
「え!?だけど手のひらには何もないですよ!」
「……そういうことですか」
「シオン、気付いたのかしら?」
「あなたは、"幻素一粒一粒を操作している"」
「正解よ。あなたたちは普段、幻素の"凝縮体"を操作しているに過ぎないわ。私は今、幻素を等間隔に配置してるから、人間の視力じゃ認識できないのよ。そして今のこの状態こそが、真に幻素を操っていると言えるわね」
「す、すごい!!流石センテンス!!」
「ふふーん!!」
ユメコが自慢げな顔になると、突然手のひらに赤幻素が現れた。
「あ!!」
「集中が切れると元に戻るんですね」
「はぁ、そうよ。私だってずっと維持するのは疲れるわ。だけどこのレベルにまで操作できると、第一法則の"極論"を扱うことができるわ」
「"極論"?」
「今は別に気にする必要はないわよ。それよりさっき言ったことを意識して幻素を操るようにしなさい。そうすれば自ずとより多くの幻素を、より自由自在に操れるようになるわ」
「わかりました」
「ルナとアオは体力づくり継続だから覚悟しなさい!」
「うう……だけど、ただ走るよりは少し前向きに我慢できそうです!」
「ふふ、その調子で頑張ろうね、ルナ。……そういえば、話は変わるんですけど、さっきから何か変な音が聞こえませんか?」
アオがそう言うと、残りの3人は周りに耳を澄ませる。確かに、何かが飛んでくるような音が遠くから聞こえてくるような気がした。
皆音のする方の空に目を向けると、そこには3機の輸送機とそれに吊るされた巨大な人型ロボットがゆっくりと空を移動していた。
「な、なんですかあれ!?」
「あーあれはベルのロボットね」
「ベル?確か師匠が言っていたトレハン部の部員の人ですよね?」
「そうよ。まったくあの子まだあの欠陥品を保管してたのね……いったいどこにあんなデカ物を置いていたのかしら」
「ユメコさんはベルさんと知り合いなんですか?」
「会社同士の付き合いで互いに"面識"があるだけよ。ベルの父親は"フラントン通信株式会社"の社長で、我らがドリーム社と同じ"ビッグセブン"と呼ばれるくらいには規模がでかい企業よ」
「ええ!?あのフラントン通信ですか!?だとしたらベルさんもの凄いお嬢様じゃないですか!もしかしたらユメコ先輩よりも———
「ん?」
「いえ、ユメコ様がいちばんです」
「よろしい」
「にしても、ほんとに大きなロボットですね」
輸送機に吊るされたロボットはその巨体ゆえに風に揺らされて重々しく動いている。
「あれは元々ドリーム社が対魔獣殲滅用に開発したものよ。だけど費用が高すぎるってことであの一機しか製造されなかったの。それが前にフラントン通信との懇談会の時に披露されて、なんやかんやあって彼女の手に渡ってるわ」
「なんやかんやって何ですか?」
「トレハン部がその懇談会で起きた事件をあのロボットを使って解決したから、お礼に譲渡したのよ」
「事件?事件ってなんですか!?」
「あなたたちほんと質問しかしないわね!」
「それじゃあ、私から最後の質問です」
ユメコの髪が逆立ちそうになる前に、シオンが片手を上げながら話始める。
「あれ、どこに向かってると思いますか?」
ユメコはその質問に、少しの間沈黙する。
「……………おかしいわね。野菜を受け取りに行くだけならあんな戦闘ロボット必要ないのに……」
ユメコは顎に手を当てながら少し考えた後、携帯を取り出してどこかに連絡をし始めた。やがて電話を切ると、ルナたちに向かってあることを伝える。
「今仕事を立て替えてもらったわ。あなたたちもすぐに出発の準備をしなさい」
「え?それってどういう———
「私たちも向かうわよ。ファームピボットに」




