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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
ファームピボット編
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第61節 食べ物の恨みは怖い

 一学期テストが終了し、少しの日数が経った。


 その間、俺たちは阿鼻叫喚の連続だった。筆記テストの返却がなされた時、ユメコの訓練が地獄のようにキツかった時、俺たちの個人ランキングが軒並み下がってた時、チームランキングがワードの中でも下位だった時など、意気消沈することが多かったが、それでも俺たちはめげずに努力を続けている。


 たった一回のテストで全てが決まるわけじゃ無い。次のチャンスをものにする為にも、日々成長を続ける必要がある。


 そんなこんなで、今日も学園ではユメコがスパルタ特訓を俺たちに強いてきていた。


 体力作りの為に、沈まぬ太陽の下グラウンドをただひたすら走り続けたり、幻素濃度を高める為に、倒れるまで技を出し続けたりした。


 ルナが途中であまりの辛さにグラウンドからの逃亡を試みたが、すぐに捕まって走り込みの回数を増やされていた。


「死ぬ……これは死ぬ……」


「こら!ペースを落とすな!!また一周増やすわよ!!」


(サボらなくて良かった……)


 やっとルナの周回が終わり、今日の練習は終了した。まだ放課後の時間は残っていて、部活動をしている生徒もいるが、ユメコは仕事があるらしく、いつもよりも早く切り上げることになった。


「ルナ!今度サボろうとしたらあなただけ地獄の体力トレーニングを倍にするから覚悟しなさい!」


「ひ…もうしません許してくださいお願いします……」


 ルナは相当懲りたらしく、ユメコに震えながら土下座している。それを見たシオンはやれやれと首を振り、アオは苦笑いをしている。ユメコはしばらくルナに説教した後、学園の門の前にいた専用車に乗り込んでどこかに行ってしまった。


 俺たちもいつも通り途中までは一緒に帰って、昼と夜の狭間でルナ、アオと別れた。その後シオンと今日の訓練や夕食についてたわいもない会話をしながら、寮に帰宅する。


「さてと……」


 夕食の準備をするために冷蔵庫を開ける。バイトを始めてから食料が尽きることは無くなったが、日に日に増えていく食費のことを考えると、シオンの成長と財布の過疎化の反比例に思わず涙が流れてくる。


 冷蔵庫の中には以前買い溜めしておいた野菜やお肉、それとなぜか見慣れぬ食べ物が置いてあった。


「……ケーキか?」


 そういえば、前に自分へのご褒美として買ったような、買ってないような……


「ちょうど小腹が空いていたところだし……食っちまうか」


 こうして俺が箱に入っていた一個のケーキをお皿に乗せて、お茶と共にリビングで食べていると、シオンがリビングに入ってきた。


「あ、先輩、夕食の準備なら手伝いま……す……よ」


 シオンは俺の食べているケーキを見ると、笑顔だった顔が徐々に青ざめていった。


「?、どうしたんだ?」


「……先輩、そのケーキ、どこにありました?」


「どこって、、冷蔵庫だが」


 シオンは黙って冷蔵庫の前までいき、その中に置いておいたケーキの箱を取り出すと、箱の側面を俺に見せてきた。


「シ、オ、ン…………」


 その3文字を見た瞬間、俺は冷や汗が止まらなくなった。


(思い出した……確かあのケーキは"シオンが"自分へのご褒美のために買ったやつだった。しかも中々手に入らない限定品の最後の一個………)


 口の中の甘いケーキの味はもはや何も感じず、シオンの緑幻素で軋む寮の振動が俺の歯を震わしていた。


「……ごめんなさ〜〜い!!!」


 そう言って、思わず俺は寮を飛び出した。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


 俺は学園の前まで必死に走るが、振り返るとシオンが鬼の形相でこちらに向かって来ていた。


 俺は学園の中に逃げ込んだ。


 下駄箱、廊下、階段、教室、理科室、音楽室、果ては職員室に至るまで、俺とシオンは他の生徒を吹っ飛ばす勢いで走り回っていた。


 広い学園を巧みに利用してシオンから距離をとろうとするが、彼女の並外れた身体能力の前ではどのような小細工も無駄になる。


(だめだ、このままじゃいずれ捕まる……捕まったら最後……)


 シオンの大木に串刺しにされる未来を想像しながら、タイミングを見計らって俺は食堂のキッチンに飛び込んだ。幸い今は人がいないのでこのままシオンの怒りが収まるまで隠れることにした。


「もぐもぐもぐ……」


「……ん?」


 震えながら隠れていると、食糧庫のほうから何か音が聞こえてくる。俺は気になって食糧庫の扉を開けて中に入った。中は薄暗く、扉を閉めるとより一層暗くなった。


(……にしても、前に手伝いをしていた時よりも食糧が少なくなってるな)


 不思議に思いつつも、音のする方に向かっていくと、棚を曲がった角に、地面に垂れてしまっているほど長くて白い髪の少女が、大量のパンをむしゃむしゃと食べていた。


「……君、そこで何してるんだ?」


「———!」


 俺が話しかけると、その子は驚いた様子で振り返り、パンを後ろに隠した。


「何も、食べて、ない!」


「いや、でもさっきパンを……」


「……お前も、食う?」


 彼女はそう言うと、手に持っていたパンを2つにちぎってその片方を俺に向けた。


「……いいの?」


「お前も、かくれて、そう、だから、わたしと、いっしょ」


「あ、ありがとう?」


 たどたどしい言葉で喋ってはいるが、悪いやつではなさそうだ。彼女も誰かから隠れているらしい。一体誰から隠れているんだと疑問に思っていると、突然閉めておいた食糧庫の扉がバン!っと開いた。


 外の眩しい光が俺たちを白日の下へと晒していく。


「あ!いました!まったくもう、また盗み食いしてるんですね!食べたいならちゃんと言ってください!」


 扉が開いた先にいたのは、シオンでは無く、なんと給食部のイリアンだった。


「って、アゼン先輩!?どうしてここにいるんですか!?」


「いやーそれが少し訳ありで……それよりも、この子はいったい誰なんだ?」


「もぐもぐもぐ……」


「彼女はよく食糧庫に勝手に入っては今みたいに盗み食いをしているんです。名前はベンティアっていうらしいです。彼女が所属している"トレジャーハンター部"の方がそう言っていました」


「トレジャーハンター部って確か———


 俺が言いかけると、問題の子、ベンティアがゆっくりと扉から外に出ようとしていた。


「あ!こら!」


 イリアンは彼女の腕を掴んで逃さないようにし、膝立ちをしてベンティアと同じ目線に合わせた。


「いい?私も別にイジワルしてるわけじゃないんだよ?ちゃんと言ってくれるなら、美味しい料理を作ってあげるからね」


「……うん」


「よし!それじゃあ何食べたいか言ってみて!」


「お野菜!!」


 ベンティアは期待に満ちた声で答えた。しかし……


「……ごめんね、今お野菜切らしてるんだ……」


「……うう」


 イリアンが申し訳無さそうに言うと、ベンティアは今にも泣き出しそうな顔になってしまった。


「ごめんね、、お肉とかならあるんだけど……」


「イリアン、気になってたんだが、食糧庫が妙に空なのはなんでなんだ?」


「あ!そうだった!そのことについて、丁度アゼン先輩"たち"にお願いしたことがあるんです!」


「うん?お願い?それってなんだ?」


 そう言いながら、俺は扉の外に出る。すると斜め後ろから突然肩を掴まれた。恐る恐る振り返ると、不気味な笑みを浮かべているシオンがそこに立っていた。


「………………許して?」


「無理です」


 その後、身体が壁に埋もれるほどの蹴りが俺を襲った。



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