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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
1学期テスト編
63/105

第60節 想いと願い、そして希望

 制服に着替えて、暗い西側へと走り出す。みんなはもう集まっているだろうか、どんな風に自分のことを伝えようか、そんなことを頭の中で整理しながら、月下をただ黙々と駆けていく。


 寮の前に着き、門をくぐって庭を抜け、寮の入り口に立つ。中から微かにユメコの苛立っている声が聞こえてくる。恐らく待たせられていることに対してだろう。俺はこれ以上彼女の機嫌を損ねないよう、意を決して扉を開く。


「あ!先輩!ようやく来ましたね!」


 扉の先の共用リビングに全員座って待っていた。


「……用があるなら早めにしなさいよ。私は忙しいの」


「ああ、わかってる」


 俺はそう言いながらみんなの顔が見える位置の椅子に座り、深呼吸をしてから、頭を机に擦り付けた。


「みんな、まずは謝らせてくれ。俺は今まで、自分の全力を出したことが無かった。みんなでセンテンスに昇格するという目標に、俺は全力で向き合っていなかったんだ」


 俺がそう言って顔を上げると、ルナは困惑した表情で、ユメコは前と同じように呆れた顔で俺のことを見つめてきた。シオンは特に表情を変えることなく自分の髪をいじっている。


「……ねぇねぇアオちゃん、私、イマイチよくわからないんだけど。先輩は何を言っているの?」


「それは——」


「あいつは勝てる試合にわざと全力を出さずに負ける阿呆ってことよ。それで?謝って何か解決したのかしら?あなたはこれから全力を出してくれるってこと?」


「……いや、それはできない」


「は!だったら話はここで終わりよ。あなた達に生徒会戦を頼むことも辞めにするわ」


 ユメコはそう言い捨てると椅子から立ち上がりリビングから出ようとする。しかしユメコの前に突然、草木が生い茂り、彼女の行く手を阻んだ。


「待ってください。ユメコさん」


「……これは何のつもり?シオン」


「話を最後まで聞かずに席を立つのは、頂点に立つ者として相応しくないと思いますよ。あと、私もそんな短気な人の為に戦うつもりは無いので、生徒会戦の話は無しにしても構いません」


「……言ってくれるじゃない」


 ユメコは赤い髪をみるみる逆立ててシオンに物凄い圧をかける。しかもその圧は彼女の持つ赤幻素によって視覚化されており、リビングの中は一瞬にして真っ赤に染まった。


「………」


 するとシオンは緑色の瞳をユメコに向けて、一瞬のまばたきの後睨みつける。その瞬間、彼女のいる場所から赤幻素を押し出すかのように緑幻素を放出し広げていった。


 互いの幻素が拮抗するのと同時に、寮がミシミシと音をたて始める。


「ちょっと師匠、ユメコさん!このままじゃ寮が壊れちゃいますよ〜〜!!」


「「………」」


 ルナの叫びを聞いた二人は、同時に一瞬で幻素を霧散させて、ユメコは不満げに椅子に座り、シオンは俺の方に向き直り黙って話の続きを待ち始める。


「……みんな、今から話す内容は、俺が今まで言い訳に利用していたたわいも無いことだ。それでも、俺の"覚悟"を示す唯一の手段でもある」


 俺の真剣な物言いを聞いて、腕を組んで目を瞑っていたユメコも、片目を開いて俺の方を見た。


「俺は、父……学園長と、ある"契約"を結んでいる。それは、【自己が持つ元来の能力、又は幻素の主たる力を行使しないのならば、学園への入学を許可する】というものだ」


「……え、学園長との契約?なんでそんなことしなくちゃいけないんですか?」


「この"契約"が結ばれる生徒は、各々が【人類に致命的な損失を与えうる存在】であることが条件だ」


 それを聞いたみんなは、今回は全員困惑した表情を浮かべていた。


「……せ、先輩は、"人類の敵"ってことですか……?」


 ルナが怯えながら質問してきた。


「……それは違う。力は使う人によってその性質が変化する。……俺はもう、使い方を誤ることはない」


「……大体は理解しました。アゼン先輩はその"契約"のせいで本気の力を出せなかったということですね」


 アオは納得したかのような様子で頷いている。しかしルナはまだ疑問があるようだった。


「けど先輩、"契約"を結んでいたことをどうして教えてくれなかったんですか?」


「……この"契約"を結ぶ上で、たった一つの規則が存在する。内容は……【この契約に関する一切の情報は、決して口外してはならない。もし規則違反が確認された場合、正規部隊による該当生徒の速やかな"処理"が行われる】」



「「「「———!」」」」



 全員が驚いた表情で俺の顔を見つめた。俺は一瞬顔を背けそうになったが、なんとか深呼吸をして再びみんなを真剣に見つめる。


「先輩!!そんな規則があるのに何で喋ってるんですか!?先輩が殺されちゃいますよ!!」


「……大丈夫だ、ルナ。あくまで学園長に知られた場合に処理は行われる。……もし、こんな得体も知らない俺のことを信用できないなら、報告してもらって構わない」


 俺がそう言うと、ルナとアオは黙って下を向き、シオンは俺の眼をじっと見つめ、ユメコは目を瞑って腕を組んだ。リビングは静寂に包まれた。


 しかし、数秒経ったのち、ユメコが目を開いてみんなの顔を見渡す。みんなもまた、互いに顔を見合わせ、そして同時に頷いた。


「……なるほどね。これがあなたの"覚悟"ってヤツなのね。……わかったわ。あなたが"何者"なのか、それは聞かないであげる。生徒会戦にも出てもらうわ。その代わり、私の足を引っ張るような真似だけはしないでよね」


「——!ああ!もちろん!たとえ全力が出せなくても、今できることを精一杯努力すれば、"過去の全力"を超えられる、ここに来る前、アオが言ってくれた言葉だ。俺はもう、自分の契約を言い訳にはしない!」


 俺の言葉を聞いたアオは、嬉しそうにはにかむ。


「ふふ、私が言い出したことなのに、私が実践しないわけにはいきませんよね。先輩、私も報告するつもりは無いです。ルナの、私たちの目標を叶える為には、この場にいる誰も欠けてはいけないですから」


 アオの想いを聞いたルナは、両手で頬をパチンっと叩いて俺の方を指差す。


「そうですよ先輩!!先輩を死なせるようなこと、私たちがするわけ無いじゃないですか!それに先輩と最初に戦ったあの日以来、私一度も先輩に勝ってないんです!だから私が勝つまで、絶対にいなくならないでくださいよ!」


 ルナの願いを聞いたシオンは、ため息を吐きながらルナを横目に俺の前に立つ。


「ルナ、先輩に勝つ前に、まずはノーマル魔獣に勝ってください。……あと先輩、ユメコさんはいいみたいですが、私は先輩の過去、正体について興味があります。……話したくなったら、話してください。私はいつまでも待ちます」


 みんなの優しさを、俺は今心の底から実感している。ああ、"あの時"も、俺は他者の持つ優しさをもっと信用するべきだった。そうすればきっと———


「アゼン、話は終わりよね?私はそろそろ仕事があるから行くわ。明日からは暇があったら訓練に顔を出すようにするから、くれぐれもサボること無く鍛錬しておくのよ!」


 ユメコは大剣を肩に乗せ、こちらに釘を刺しながら寮から出ていった。


「ユメコさん行っちゃいましたね」


「ああ、忙しい中俺たちの為に来てくれたんだ。感謝しないとな」


「ユメコ先輩が来て、アゼンチームの結束もより強まった気がします」


「それじゃあ、新生アゼンチーム爆誕!!ってことだね!」


「あはは、ユメコが聞いたら複雑な顔するだろうな……」


「そんなことないですよ!他にも強いチームは沢山あるのに、私たちに頼んできたってことは、私たちのこと相当気に入ってますよ!」


「だといいですが……」


 ユメコがチームに協力してくれることになって、俺たちはきっと大きく変わることができるはずだ。俺自身、彼女にキツく言われなければ、アオに助言を貰って、こんな風に自分のことを告白することも無かった。


 ふと、シオンたちの方を見る。


 どうやらシオンとルナが、これからまだ残っている試合を観に行くか、ここに残って反省会をするかで言い争っているらしい。どちらも、今後チームにとって利益になることだからと言って譲らない。


 するとアオがその間をとって、試合を見ながら反省会しようと提案した。2人ともそれに賛成し、俺の方を向いた。


「先輩!早く行きますよ!」 「先輩、早く行きましょう」


「……ああ!」


 俺は元気よく返事をして、彼女たちの元に行く。俺たちはそのまま寮を出て、会場に向かって歩き出す。


 それぞれが、それぞれの希望を胸に。


 新生アゼンチームは、ここからが本番だ。




一学期テストの結果

【アゼン】

対魔獣戦→7ポイント

対個人戦→2ポイント

【シオン】

対魔獣戦→9ポイント

対個人戦→2ポイント

【ルナ】

対魔獣戦→4ポイント

対個人戦→2ポイント

【アオ】

対魔獣戦→2ポイント

対個人戦→2ポイント


※アオの暴走によって、1日目の午後の時間が会場整備に使われた為、以降行われるはずだった試合に関しては、全て一律で"勝利"となっている。なお、それより前に試合を行った生徒にも、追加のポイントが支給されている。


【アゼンチーム】

対トルペン戦→0ポイント


対魔獣戦の合計→22ポイント

対個人戦の合計→8ポイント


筆記テストの結果は只今採点中……

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