第59節 扉越しの二人
スーツを脱がすに会場から出たせいか、周りの生徒がヒソヒソと何かを呟いている。だが今の俺には彼らの言葉に耳を傾ける余裕は無く、下を向きながら近くの校舎に逃げ込んだ。
校舎の中に人はおらず、辺りはしんとしている。俺は誰もいない教室に入り、その扉に寄りかかるようにして座った。
俺は、本当に馬鹿な人間だ。
愚かで、どうしようもない人間だ。
ユメコの言っていたことは正しい。
俺は、俺の都合を優先して、自分の"実力"を出し切っていなかった。ルナの、彼女たちの、センテンスになりたいという目標を、俺は———
「ここにいたんですね、アゼン先輩」
扉の後ろから突然、アオの声が聞こえた。俺は驚いて教室から出ようとするが、彼女はそのままでいいと言った。
「……どうしてここがわかったんだ?」
「先輩が会場から出ていく姿を見ていたので。何かあったのかなと思ってあとを追ってきました」
「はは、試合を観ていたのか?だったら知ってるだろ?俺たちは完敗した。全ては俺の責任だ」
「責任は私たち全員にあります」
「いいや、俺は自分ができることをわざと全力でやっていなかった。お前たちとは違う」
「……なぜなんですか?」
「……それは言えない。言えないんだよ……」
「……先輩、少し、私の話を聴いてもらえますか?」
扉越しに、アオが座り込んだことを感じる。
「私は、今回の騒動を受けて、もう"氷の力"は使わないことにしました。いつか使いこなせるようになる日まで、もう二度と人前では見せません。……皆さんに、迷惑はかけたくないですから」
「………」
「……だけど先輩、氷の力が無かったら、私ってただの凡庸な青使いなんです。ルナにだって、多分負けちゃうくらいですよ。それでも、私はチームの足を引っ張る気はありません。たとえ氷の力が無くとも、私は私なりに強くなってみせます」
彼女の最後の言葉には、確かな決意が滲み出ていた。
「……たとえ全力を出せなくても、出せるだけの力を努力して伸ばしていけば、それはいつか"過去の全力"を超えるはずです。……先輩も、実力を隠している先輩のまま、実力を隠していた先輩を超えることができるはずです。だから……」
アオは立ち上がり、座り込んでいる俺の目の前に回りこみ、笑顔で手を差し伸べた。
「今の自分にできることを、精一杯やりましょう!」
手を差し伸べるアオの姿がふと、"彼女"の姿と重なった。
「…………まさか後輩に諭される日が来るなんてな」
俺は彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう、アオ。おかげで目が覚めたよ。悪いんだけど、シオンとルナ、あとユメコを俺たちの寮に連れて来ておいてくれないか?俺も着替えたらすぐ行くから」
「いいですけど、どうしてですか?」
「みんなに、伝えておきたいことがあるんだ」




