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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
新学期編
6/105

第5節 実習

 ——ピピピ、ピピピ、ピピピ 


「うーん」


 朝の5時30分にタイマーの音が鳴る。

 2人分の朝食を作るならこの時間に起きるのが最適だ。洗面所に行き、顔を洗う。昨日変な寝相だったからか、黒髪に寝癖がついている。それを直して、俺は1階に向かった。



 朝食を作り終え、リビングに運んだが、シオンが一向に来る気配がない。


 ——まさか、まだ寝てるのか?


 流石に今から起きないと学校に遅刻してしまう。

 俺は1階の彼女の部屋に向かった。


「おーい!起きてるかー?」


 ドア越しに声をかけてみるが、返事はない。

 焦ったくなった俺は、許可も得ずにドアを開けた。


 彼女は案の定、ベッドの上で熟睡している。


「おい、起きろ。もう朝だぞ」


 俺は彼女の体を揺さぶる。

 すると彼女は目を擦りながら上半身を起こした。

 灰色の長い髪は俺同様ボサボサになっている。


「……何勝手に入ってるんですか先輩。それにまだ外は暗いですよ」


「当たり前だろ。日が登らないんだから」


「……あ」


「はぁ、早く準備しろよ。下で待ってるから」


 彼女は慌てて身支度を始めた。


 降りてきたシオンと朝食を食べ終えたあと、俺たちは急いで寮を出た。

 このまま歩いていたら間に合わないので、2人で仲良くランニングをすることとなった。


「すいません先輩、私のせいで……」


「いいよ、食後の運動にもなる」


 俺たちは遅刻ギリギリで学園に着いた。

 教室にはほとんどの生徒が着席している。俺たちも自分の席に着いて教師がくるのを待った。


「よーし全員いるな。今日の予定を言うぞ」


 教師は教室に入るなり今日の授業についての発表を始めた。


「午前中は座学、午後は幻素訓練だ。午後の幻素訓練では一人一人専用の武器を提供する。それは今後君たちが幻界領域に赴く際にも使うことになる。しっかりと自分のものにするんだぞ」


 学園では早くから幻素を用いた訓練が毎日実施される。3年という短い期間で生徒を立派な兵士にするには大量の訓練が必要なのだろう。俺は正直、この訓練があまり好きではない。



 午前の座学が終わり、昼食を食べ終えたあと、俺たちは訓練場に呼び出された。クラスメイトは自分の専用武器という年頃の子供には響きの良いものに期待を膨らませているようだ。その様子を俺とシオンは遠巻きに見つめている。


「そういえば先輩、先輩も新しく武器をもらうんですか?その、留年してるので既に自分のものを持ってると思うんですが」


 隣にいたシオンが質問してくる。


「ああ、どうやら俺にも新しく作ってくれるらしいんだ。学園もたまには太っ腹なんだな」


 クラスメイトほどではないが、俺にも新しい武器を期待する気持ちはある。なるべく使いやすいものがいいんだが……。


「一人一人名前を呼んでくから、呼ばれたら取りに来い」


 そう言って、教師が持ってきた武器を配り出す。

 武器は主に弓、剣、杖、盾、本の5つの型があり、そこから派生した武器も存在している。どの武器が選ばれるかは個人が持つ幻素の色によって分けられる。


 弓は主に黄色、青色


 剣は赤色、オレンジ色


 杖は緑色、紫色


 盾は茶色


 そして本は白色の幻素持ちが選ばれることが多い。俺は白色なので恐らく本型の武器だろう。


「次!アゼン!」


 早速俺の名前が呼ばれた。


「ドリーム社の方々が丹精込めて作ってくれたものだ。大切に使えよ」


 そう言われて渡された武器は、やはり本型だった。だが、明らかにおかしな点がある。


「先生、これ旧式の型じゃないですか!」


「そんなはずないだろう。ドリーム社が新品として持ってきたものだ。ケチつけてないでさっさと向こうに行け」


 俺は他の生徒の武器を見てみるが、どれも輝かしいツヤがある。なぜ俺の武器だけこんな古びているのか全く理解できない。


「次!シオン!」


 シオンも呼ばれ、武器を受け取りに行く。

 帰ってきた彼女はどこか不満そうだった。


「先輩、杖ってこんな感じなんですか?」


 そう言って差し出してきた杖は、持ち手の部分が木製でできている、旧式の杖だった。


「いや、最近の杖は特殊な金属を使っているはず。多分それも旧式だ」


「それも?先輩も旧式だったんですか?」


「そうだ。たく、なんで俺たちだけこんなんなんだ!?絶対おかしいだろ!?」


 こう叫んではいるが、ひとつだけ心当たりがある。そう、あの"社長令嬢"だ。まさか武器を作っている会社がドリームだったとは……。何かしてくるとは思っていたが、こんな姑息なことをしてくるのかあの女。


「まぁ、私は木でもいいんですけど」


 怒り心頭な俺に比べて、シオンは案外受け入れているらしい。年下が寛容な心を持っているのに、年上がいちいち気にしているのはカッコ悪い。

 そう思い、俺も受け入れることにした。


「全員配り終えたな。よし、それじゃあ早速訓練といきたいところだが、今回は特別に"センテンス"に来てもらった。彼らは正規部隊と混じって日々訓練を積んでいる。彼らから学べることは多いはずだ。この機会をのがすなよ。それでは——


「おーほっほほほ!!!」


 聞き覚えのある声で、非常に癪に触る高笑いが上空から聞こえてきた。


 皆が空を見上げるよりも速く彼女は地上に降り立った。


「皆様ご機嫌よう!!かの大企業、ドリームの社長令嬢、ユメコよ!!」


「……最悪だ」


 よりにもよってなぜアイツが来るんだ。どう考えても仕組まれているとしか思えない。俺はクラスメイトの背中に隠れるようにしてその場を離れようとするが……。


「そこのあなた、私が手配した武器の具合はいかが?」


 ユメコはめざとく俺を見つけ、ニヤニヤとしながら見つめてくる。間違いない。確信犯だ。


「……いいわけないだろ」


「いいえ、いいはずよ。それは我が社の"新品"なんだから」


 怒りでどうにかなりそうだが、シオンが殴りかかろうとする俺を手で制止する。


「今日は宜しくお願いします。ユメコさん」


「……ふん」


 ユメコはそのまま俺たちから離れていった。


「うちの姉がどうもすいません……」


「うわ!?」


 すると突然後ろから声がしたので、俺は驚いて2、3歩前に進んでしまった。


「初めまして皆さん、ユメコの弟のユミルです。今日は皆さんに幻素の使い方を教えていこうと思います」


 突然現れたユメコの弟は本当に姉と遺伝子が同じなのか疑いたくなるほどしっかりとした言葉遣いだった。唯一似ているところがあるとするなら、真っ赤な髪の毛ぐらいである。

 最初は唖然としていた他の生徒も、彼の誠実な姿を見て少しホッとしているようだ。


「それではまず2人1組になってください。互いに幻素を放ち合うことになるので、なるべく幻素濃度が同じ人と組んでくださいね」


 ユミルの指示通りに生徒たちが動きだす。

 俺とシオンは丁度同じくらいの幻素濃度なのでそのまま組むことにした。


「皆さん、まずは僕たちがお手本を見せます。姉さん、やって」


「わかったわ」


 そう言うと、ユメコは手に持つ大剣に赤幻素を纏わせ始める。それはみるみる灼熱の炎に変化していき、天にも届いてしまいそうな炎柱が剣から伸びる。


 そして、声高らかにこう叫んだ。


薔薇の炎環劇場(ローズ•カトリーナ)


 すると、炎柱が俺たちの上空で円を描き、それがまるで円形劇場のようなカタチになり、炎の花びらと共に落下してくる……落下してくる!?


 ユメコはこのままでは俺たちに直撃するコースの攻撃を放ってきやがった。

 生徒が慌てふためく中、ユミルは跳躍し、手に持つ"本"のページを開いた。


「シャット」


 するとその本から大量の白幻素が放出し、炎の劇場を包み込んでいく。そしてユミルが本を閉じると、炎の劇場は完全に消失した。


(俺と同じ白使いか、すごい範囲だな)


「ちょっと姉さん危ないでしょう!?どうしていきなりそれを出すの!?」


「この子らに格の違いを見せつけるためよ」


「はぁ、まったくもう……皆さん、驚かせてすいません。このように、皆さんがお持ちの武器には幻素を増大させる特性があります。それを放出したり、纏わせたりして攻撃などを行います」


「ユミル、それだけじゃ説明不足よ。増大するといっても濃度が変わるわけじゃない。攻撃範囲が広くなるだけよ。範囲が広くても、濃度で負けたら意味がないわ。つまり、結局は自身の濃度をいかに高められるかが重要なのよ」


 ユメコが意外にもまともな説明をしている。


「それじゃあ早速練習を始めましょう。基礎的なことは入学試験のときにやったと思いますが、分からないことがあったら遠慮なく聞いてください」


 こうしてようやく訓練が始まった。


 俺とシオンは互いに距離をとり、武器を構える。


「俺は白使いで攻撃ができないから、シオンがじゃんじゃん撃っていいぞー」


「わかりましたー」


 彼女はそう言うと、木の杖に緑幻素を纏わせる。

 緑幻素はあまり攻撃には向いていない。せいぜい蔓草で少し大きな岩を砕く程度だ。そう思い、油断していると——



 目の前に一瞬にして大木が現れた。



「いきます」



 シオンが杖を俺の方に指すと、大木が勢いよく俺めがけて飛んできた。


「まじか!?シャ、シャット!!」


 俺は慌てて本を開き、白幻素を放出する。白幻素は大木を包み込み消失させる。

 間一髪のところで直撃は免れた。


「お見事です。先輩」


「いや見事なのはそっちだよ!緑幻素であそこまで火力が出せるのはシオンぐらいじゃないか?」


「そうですか?」


 シオンは俺が褒めるのを聞いて、若干照れくさそうだった。


「シオン、君は俺と同じくらいの幻素濃度だよな?」


「はい、そうです」


 俺の幻素濃度は1を最大にすると約0.3ぐらいだ。この数値は努力すれば大抵の人間は0.5ぐらいにまで上げることができる。そこから上は才能次第だ。ちなみに一般人は0.1にも満たない。


 つまり、シオンはこれからもっと強くなる可能性がある。


「シオンの将来に期待だな!!」


「?」


 俺がそう言うと、シオンは不思議そうに首を傾げた。



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