第52節 学園の対応
「アオちゃん!目を覚ましてアオちゃん!」
気を失ったアオをルナは必死に揺さぶっている。するとそこにユメコが近づいていった。
「やめなさい。気を失っている人を無理に起こしちゃダメよ。それより早く保健棟に連れて行きなさい」
「は、はい!」
ルナはアオを背中に背負って会場の外へ駆け出していく。
「ユメコ、その、アオを助けてくれて、本当にありがとう」
俺はユメコに対して深々と頭を下げた。俺はユメコのことを誤解していた。彼女はこの場において最も的確に、素早く、そして生徒のことを考えて行動していた。それに比べて俺は、最年長であるにも関わらず、自分勝手で、ただがむしゃらに動くことしかできていなかった。
「私からも、お礼を言わせてください」
そう言って、シオンも頭を下げる。それを見たユメコは、決まりが悪そうな顔しながら言った。
「ふん!あなた達、センテンスになりたいそうね!だったらもう少しマシな行動を心がけなさい!あなた達のお仲間のせいで、私の休暇はつぶされたのよ!」
「本当にすまない……俺にできることがあるなら何でもさせてくれ!」
「……へぇ、何でもねぇ」
ユメコはそれを聞くと、何やらニヤついた顔でこちらを見つめ始める。
「じゃあ、今度の"生徒会戦"で、私の味方になってちょうだい。もちろん、お仲間も全員よ」
「生徒会戦ってことは、お前まさか"生徒会長"の座を狙っているのか!?」
生徒会戦とは、年に一回行われる、立候補した生徒の中から生徒会長を決めるための、一騎打ちによる戦いのことである。現生徒会側と、立候補側のそれぞれのチームで一人ずつ戦い、より多く勝利した側が生徒会を結成する。
「私はただ私が頂点に立っていないのが気に食わないだけよ。私はドリーム社の社長令嬢で、常に上に立つべき存在なの!お父様だって、きっとそれを望んでいるはず……」
そう豪語する彼女の顔は、どこか辛そうだった。
「あなた達にだってメリットはあるわよ。アイツに勝つために、私があなた達を直々に指導してあげるわ!光栄に思いなさい!」
「え、それはけっこうで———
「わかった。俺たちも生徒会戦にでるよ」
俺はシオンの言葉を遮るようにしてユメコの提案を承諾した。
(先輩、いいんですか?絶対面倒なことになりますよ)
(まぁ確かに生徒会戦は面倒だけど、センテンスであるユメコに教えてもらえるのは、俺たちがそこに辿り着くのにいい近道になるだろ?)
「それじゃあ決定ね!いい?絶対だからね!!」
ユメコはそう言い残すと勢いよく跳躍し、会場の外へ飛び出していった。
「……行っちゃいましたね」
「そうだな、よし、俺たちも急いでアオたちのところに向かおう」
「たしか、保健棟にいるんですよね?それってどこにあるんですか?」
「この会場の近くにあるぞ」
俺はシオンを連れて急いで保健棟に向かった。保健棟は生徒が怪我や病気を患った際に運ばれる病院のような場所だ。ビィビィア学園では日々幻素を使った訓練を行なっているので、時に重大な怪我を負うこともある。そのため保健棟には国が運営する病院と同じレベルの設備が備わっている。
保健棟に着き、中でアオの居場所を聞く。アオは幸いにも気を失っているだけで、今は病室で休んでいるらしい。俺たちはアオのいる病室へと向かい、その扉を開ける。
「あ、師匠、先輩……」
中にはベッドの上で眠っているアオと、その横で心配そうに座っているルナの姿があった。
「ルナ、アオの容態はどうだ?」
「お医者さんによると、命に別状はないそうで、すぐにでも目が覚めるそうです」
「そうか……ひとまずは安心だな」
俺はそう言いながら、アオの顔を横目で見る。さっきまでとは違い、何かに苦しむこともなく、安らかな様子で眠っている。
「……あの、実はお2人に、伝えなくてはならないことがあるんです」
すると、ルナが真剣な顔でこちらに向いた。
「……ルナ、どうしてアオが暴走したのか、何か知っていることがあるんですか?」
「……はい」
ルナは眠ってるアオの顔を眺めながら、ゆっくりと口を開く。
「アオちゃんは前にも一度だけ、こんなふうに暴走したことがありました。そのときはアオちゃんのお母さんが全力で止めて何とか正気に戻ったんです。そしてどうしてこんなことをしたのか聞いてみたら、アオちゃんは『怪物に体を乗っ取られた』って言いました」
「……怪物?」
「はい。本人曰く、"羽の生えた氷の怪物"らしいです」
「体を乗っ取られたんだとしたら、今日の出来事はアオが故意に起こしたんじゃないんだな?」
「はい!それは絶対ないです!」
ルナは俺の質問に語気を強くしながら答えた。ルナはアオのことを信頼しているし、一番理解しているはずだ。そのルナが断言するなら、本当に今回の件は事故だったのだろう。
「……ん」
すると、ルナの大きな声に反応したのか、アオがゆっくりと目を覚ました。
「アオちゃん!大丈夫!?」
「……ルナ、それに、皆さんも……」
「大丈夫か?」
「はい……その、私もしかして……」
「大層なやらかしをしましたね、アオ」
「……本当に、本当にすいませんでした……」
アオは上半身を起こして俺たちに向かって頭を下げた。
「おいおい!まだ寝てなきゃだめだろ。それに、謝る相手は俺たちじゃなくて、今回迷惑をかけた人達全員だ。多分、学園側から何かしらの罰があるだろうから、それを甘んじて受け入れて、謝罪の意を示せ、いいな?」
「……はい」
「ちょっと先輩!何もそこまで言わなくてもいいじゃないですか!アオちゃんだってわざとじゃないんですよ!」
「わざとじゃなくても、迷惑をかけたのは事実だ」
「ルナ、ありがとう。けど先輩の言う通り、私はテストを台無しにして、会場もめちゃくちゃにした……学園から停学を言い渡されてもおかしくないよ……」
「それは絶対にありえませんよー」
突然、病室の扉の方からこの日何度も耳にした中性的な声が聞こえてきた。そこには華奢な身体の生徒が立っており、その隣には少し背の高い落ち着いた雰囲気の生徒がいた。
「あなたはもしかして……」
「どうも〜みんな大好きガリエルで〜す!」
「先輩、病院ではお静かに」
「ガリエル、何しに来たんだ?」
「今回の騒動の中心人物にインタビューでもしようかなって思って。まぁそれは建前で、ただ単に大丈夫かなぁっと心配でお見舞いに来ただけですよ」
「あの、さっき言っていた、『絶対にありえない』というのはどういう意味なんですか……?」
「そのままの意味です。確かに今回テストは中断になりますが、そんなことは毎年起きてますし、起こした生徒に対して停学を下したことは一度もありません」
「それでも、やっぱり何かしらの罰則はありますよね」
「もちろん!今回アオさんには明日行われるチーム戦での出場停止が生徒会から言い渡されたよ!」
「……?明日?会場があんなにボロボロなのに明日すぐにテストができるんですか!?」
ルナが驚きながら尋ねると、ガリエルは黄緑色の髪で隠れていないほうの片眼を細めながら、ニコニコの笑顔で携帯の画面をこちらに向ける。
そこにはさっきまで真っ黒に焦げていた訓練場が、急ピッチで工事されている光景が映っていた。このペースなら確かに明日には元通りになってそうだ。
「うちの学園には色々な部活動があって、その内のひとつである工務部は茶色幻素使いの達人たちが集うエキスパート集団なんだよ」
「いや、部活動の範疇超えてませんこれ!?」
「この学園はいずれ幻界領域の調査に赴く人材を育成する場所でもあり、幻素を用いて様々な場所で活躍できるように教育するところでもあります。その一環として、部活動では専門的な知識も教えているそうです」
「工務部は今回、久しぶりに大きな仕事が入ったってみんな大喜びしてる。それにほら、これを見て!」
ガリエルはそう言うと、携帯の画面を切り替えてアオに見せる。そこに映されていたのはアポカリプスチャンネルの書込み欄だった。
そこには今回の騒動に関して驚いているコメントはあるが、アオに対しての批判などは無く、むしろアオと同じ組の生徒と、その後に控える生徒の判定が全て"勝利"となったので、感謝しているというコメントもあった。
「みんなもこう言ってることだし、そこまで悲観的にならなくても大丈夫だよ!」
「……」
「ガリエルお前、それを伝えるために来てくれたのか?」
「ま、そうとも言えますね〜、あ、そろそろ放送部の閲覧集計があるのでお先に失礼します!」
「失礼します」
そう言いながら、二人は颯爽と病室を出ていった。
「ま、アイツらの言う通り、反省はしつつも、思い詰めないようにはしろよ」
「はい……この学園の人は、みんな優しいですね……」
「アオちゃん、今度一緒にみんなにお礼しに行こうね!」
「……うん!」
アオは笑顔で返事をした。目を覚ましてから今までずっと思い詰めた顔だったので、アオが笑顔になって俺は少し安心した。
「さて、アオが明日出れないので、少し作戦を変える必要がありますね」
「そうだな。じゃあ今から俺たちの寮に集まるか」
「アオちゃんは大丈夫?」
「うん、多分大丈夫。あとで退院してもいいか聞いてみるよ」
「……よし!じゃあ気を取り直して」
俺はそう言って右手を前に出す。意を汲んだルナが同じように手を出し、次にアオが続いた。
「師匠もやりましょうよ!」
「……」
若干躊躇いながらも、シオンは左手を前に出した。
「明日絶対勝つぞー!」
「「「おーー!」」」
そう叫ぶと同時に、通りかかった看護師に『病院ではお静かに!』と注意されてしまった。




