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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
1学期テスト編
54/105

第51節 氷の令嬢と炎の劇場

 会場は炎に包まれはしたが、観客席には炎は届いていなかった。あれだけの幻素を完璧に調節して、誰にも被害が出ないようにしたのだ。俺たちが初めて出会ったときにはいきなり攻撃を仕掛けてきたのに、この場においてふざけないのは、今が緊急事態であると理解しているからだろう。


 ユメコは大剣を肩に乗せながら、黙って台のほうを見つめている。台もまた炎に包まれていたはずだが、依然として冷気は漏れ続けており、中の様子ははっきりとはわからない。


 コツ、コツ、コツ


 すると、台の方から何かが歩いてくる音が聞こえてきた。それはまるで貴婦人が歩いて靴が鳴っているかのように、上品な音だった。


「あれは……」


 透明な壁の切れ目から、"冷気のドレス"を纏ったアオが、ゆっくりと歩いて出てきた。足には氷で作られた美しい靴を履いており、その様相はまるで異国のお嬢様のようだ。


「アオちゃん!!」


 ルナが大きな声で呼びかけるが、アオは返事をしない。アオの顔は冷気のベールで覆われており、アオが今も氷の眼になっているか確認ができない。


「あなた、私よりも高い位置にいるなんて不敬だわ。降りてきなさい」


 ユメコはそう言うと、肩に乗せた大剣を横に大きく振りかぶる。すると同時に赤幻素が放出され、それは炎の斬撃となりアオに向かって飛んでいく。


 アオは動かずに、その攻撃を冷気で受け止めた。2つは相殺されてアオには傷ひとつついていない。彼女は再びコツ、コツと歩き出し、台の上から自ら降りた。


 ユメコの赤い髪がみるみる逆立っていく。自分の攻撃が受け止められたことに対して相当頭にきているようだ。だが、それでも彼女は冷静さを保っている。


「アゼン、動けるのでしょう?だったら後ろにいる2人のことを守りなさい。私は今から本気を出すから、あなた達に構っている余裕はないわ」


「……わかった。俺も少し本気を出す」


「その"少し"ってのがイラつくのよ」


 ユメコはそう言いながら、大剣を両手に持ち、剣先を空に向ける。あの構えは俺たちが初めてユメコと出会ったときに見たことがあった。だが、そのときとはユメコの気迫がまるで違う。彼女の身体からは炎が噴き出しており、大剣には大量の赤幻素が渦を巻いている。


 やがてそれは灼熱の炎となり、会場の空を覆っていく。炎はまるで円形の劇場のように形を変え、その大きさは地上の会場と同じぐらい巨大になっていく。


 ユメコは口から大量の息を吸い、そして勢いよく叫んだ。



薔薇の円環劇場(ローズ・カトリーナ)!!」



 彼女が大剣を振り下ろすと、空の劇場が炎の薔薇の花びらと共に地上へと落下していく。その規模と迫力は、俺たちが前にみた彼女の技とは何もかもが違っていた。


「シャット!!」


 俺はユメコが技を放つと同時に、白幻素を両手から放出して、近くにいたルナとシオンを守るように、それをドーム状に展開した。本があればもっと多くの白幻素を出すことができたが、無い以上俺が自腹で出す他ない。


 やがて炎の劇場が地上に到達する。その瞬間、凄まじい轟音と共に白幻素が一瞬で霧散しかけた。それによって生じた隙間から炎が入り込み、ドーム内の温度をみるみる上昇させていく。俺は白幻素を出し続けてその穴を必死に埋めていた。幻素の出しすぎで、思わず体がよろけそうになる。それをルナが慌てて支えてくれた。


「先輩!!大丈夫ですか!?」


「ルナ、あなたは先輩の体をそのまま支えてて。私はドームの補強をする」


 シオンはそう言うと、ルジュナを地面に突き刺し、そこから大量の緑幻素を放出してドームの内側を覆っていく。お陰で隙間からの炎が軽減されてた。


「このまま耐え抜くぞ!!」


 そのまま何分間か耐え続けると、やがて隙間からの炎が消えて肌に感じていた熱も無くなった。俺は白幻素を霧散させると、そこには炎によって黒焦げになった会場の姿があった。


 ユメコは攻撃前の位置と全く同じ場所に立っていた。彼女の視線はこちらも全く同じ場所に立っているアオのほうに向けられていた。


「ユメコ!アオはどうなった!?」


「彼女ならあそこにいるわ。冷気こそ無くなったけど、まだ立ってる。……アゼン、説明しなさい。彼女の眼、どうなってるのよ」


 アオはさっきまでの凛々しい立ち振る舞いから一変して、何かに悶え苦しむかのように唸りながら、片手で顔を覆っている。覆われていないほうの顔の眼は、見るに堪えない氷の塊になっていた。


「アオちゃん!!」


 そんなアオの様子を見たルナは、アオのもとへ走り出し、それと同時に膝をついたアオの身体を抱きしめた。


「アオちゃんしっかりして!大丈夫!私はここにいるよ!あの"怪物"に負けちゃだめ!」


 ルナは必死に語りかける。するとアオの呼吸が落ち着き出して、氷の眼は段々と溶けるようにして普段のアオの眼に変化していった。


「ル……ナ……?」


「!!そうだよ!ルナだよ!」


 ルナの声を聞いて安心したのか、アオはルナにもたれかかるようにして気を失った。


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