第49節 異変
炎狐の想定外な形態変化に、一時中止するか続行するかを決めることになり、アオは試合続行を選択した。一回り大きくなった炎狐は動くことなくアオをじっと見つめている。
緊迫した状況の中、先に動いたのはアオだった。
「飛来する氷爆撃」
アオが弓を上空に構えると、青幻素が凝縮した円が何重にも並んでいき、そこに勢いよく矢が放たれた。矢が最高点に達すると、それが次々と凍って鋭い氷柱のようになって炎狐の頭上に降り注がれる。炎狐はただそれを見上げるだけだ。
アオが得意とする技は土煙をあげながら突き刺さっていき、何本かが炎狐に直撃したかのように見えた。だが土煙が晴れたあとに現れた炎狐の姿は、傷ひとつついていなかった。
《数多の敵を釘付けにしてきたアオさんの氷爆撃でしたが、炎狐はその攻撃を受けても凛とした佇まいを維持しています!先ほど矢を受けたときとは明らかに違っています!》
《高濃度の赤幻素を身に纏っているので、生半可な攻撃では炎狐の身体に届くことすらできないのでしょう》
アオは氷爆撃が効いていないことを確認すると、すぐに次の攻撃を開始した。アオは炎狐の周りを回るようにして走りながら、高濃度に凝縮した青幻素の矢を狙いを定めて放っていく。
恐らく、敵のどこかに弱点がないか探すために色々な方向から攻撃を仕掛けているのだろう。炎狐は攻撃を避ける時もあれば受け流す時もあり、アオは段々と炎狐本体の輪郭を捉え始めていた。
しかし、予想だにしないことが突然アオを襲った。
——————ドン!!
なんと、炎狐が加速なしで初速からトップスピードで突進してきたのだ。炎狐はほぼ宙に浮いた状態で進んでいき、尻尾に炎の光輪が形成されては、それを一瞬で置き去りにしている。
アオは避けることができずに炎狐の突進を受ける。それでも間一髪で身体を青幻素で覆っていたので幻素の完全放出は免れた。しかし、身体にかかる負荷は凄まじく、アオはその場でうずくまってしまった。
《何なんだ、何なんだこれは!?炎狐が急に消えたかと思ったら、なんとアオさんの腹に突進を食らわせていました!!
ギリギリで防御することは出来ていたらしいですが、それでもダメージは大きい!あの魔獣は本当に難易度ノーマルなのか!?》
炎狐はうずくまるアオを見下ろすようにして座っている。おかしなことに、無防備であるはずのアオに炎狐は全く攻撃しようとする素振りをみせていない。
(……変だ。どうして攻撃をしない……何かがおかしい……アオに棄権するよう伝えなくては!!)
俺は居ても立っても居られなくなり、席から離れて場内に入ろうとする。
「先輩?どこに行くんですか?」
「すまんシオン!俺ちょっと用事があるから席外すね!」
俺はそう言って場内へ入るための裏口に向かっていった。
▲▽▲▽▲
(……お腹が痛い……はぁ、はぁ、立てない……)
アオはお腹の激痛に悶絶しながら、敵がなぜ攻撃してこないのか困惑していた。だがそのことは決してアオを安心させるものではなく、むしろ不可解な存在に対する"恐怖"がアオを襲っていた。
(……どうして?どうして攻撃してこないの……?)
「アオ!!今すぐ棄権するんだ!!」
《おっとおっと!誰かがアオさんの台近くにまで走り寄って来ています!基本的にテスト中の台への接近は禁止されているのですが、あれは一体誰なのでしょうか……!》
(……何でだろう、アゼン先輩の声が聞こえる……。けど、何を言っているのかわからない……)
痛みで意識が朦朧とする中、アゼンの声が朧げに聞こえてくる。しかしそれ以上に、"誰か"の声が、頭の中に突如として響き渡った。
《立て。まだ足りない》
その声は聞き覚えのない声だった。抑揚がなく、まるで感情がこもっていない声だった。
《お前の存在は"異分子"そのものだ。"計画"に支障が出る可能性がある。故に立て。まだ足りない》
女性のような声なのに、口調はまるで男のようだった。頭に響く言葉も意味不明なものばかりだった。
(あなたは誰……?私に何をして欲しいの……?)
痛みが少し和らぎ、地面に突っ伏していた顔をあげると、そこにはなぜか"人型の炎"を纏った炎狐がいた。
《立て。立って使え。お前の持つ本当の"力"を》




