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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
1学期テスト編
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第46節 あの日、あの場所で

「あ!遅いですよーー!!」


 俺たちが走って集合場所に向かうと、そこにはすでにルナとアオの姿があった。


「すまんすまん、ちょっと後輩たちと話が弾んちゃって」


「ルナ、アオ、あとで面白い話を聴かせてあげます。アゼン先輩の黒歴史についてです」


「え!なんですかそれ気になります!」


「あーあー急ごうじゃないか諸君時間は待ってくれないぞー」


 俺は彼女達の背中を強引に押しながら校舎の中に入っていく。校舎はいつもは生徒で溢れかえっているはずだが、今日は皆訓練場に出払っているので人っ子一人見当たらない。


 このまま普通に何処かの教室で食べるのもありだが、折角なら景色の良い場所で食べたい。


「先輩、どこに向かっているんですか?食べるだけなら空いてる教室は沢山ありますよ」


「まぁまぁ、あと少しで着くから」


 この学園は校舎が訓練場を囲むようにして造られている。そして俺たちが今いる第3校舎の外側には、"ブック"の本拠点であるビルが建っており、校舎とビルの間にはかなりの距離が置かれている。


 俺たちは少し歩いて、校舎一階の端にある、今は使われていない物置部屋の前にやって来た。誰も手入れをしていないからか、扉の塗料が剥げてしまって何が書いてあったのかわからなくなっている。


「……先輩、こんなところでご飯食べるんですか?」


「違う違う、この部屋に入るんだよ」


「あれ?だけどここって立ち入り禁止ですよね?」


「ふっふっふっ、まぁ見てなって」


 俺は彼女たちを勿体ぶらせながら、本来開かないはずの扉に手をかけて、"合言葉"を口にする。



「"あの日、あの場所で"」



 そう呟きながら、扉を開ける。


 扉を開けたその先には、空に浮かぶ庭園の姿があった。



「え?え?えぇぇぇーーーー!?」



 ルナは良い反応を見せながらいち早く扉をくぐり抜ける。俺たちも続いて中に入る。振り返ると、扉は消えて無くなっていた。その代わりに見えるのは、巨大な青いビルが階段状に3段並んで立っている姿であった。堂々と空高く突き出るビル群からは、どこか威厳のようなモノさえ感じさせる。


 庭園の方は、色とりどりの花と柔らかい緑の草木が広がっており、空に近い場所であることも相まって、まるで楽園に来たかのように錯覚してしまいそうだ。だが、ここが"境目"の真下なので、明るいところと暗いところが丁度半分ある状態になってしまっている。


「……先輩、ここどこですか?」


「驚いたか?ここは"ブック"の本拠点の屋上だ。正確には第1ビルの屋上だな。他にも第2、3、4のビルがあるんだけど、流石に高度が高すぎてこんな庭園なんかは作れなかったんだ」


「ていうか!勝手に入っちゃっていいんですか!?」


「ああ、この庭園の存在は極一部の人間しか知らない。外から見てもただの平坦な屋上にしか見えないようになってる。ほら、こっち来いよ。景色いいからさ」


 そう言って俺は柵の方に手招きをする。


 屋上からは、ビィビィア学園全体を見渡すことができる。それだけではなく、周りにある街でさえ目の届かないところはない。太陽の光を浴びて輝く街もあれば、暗闇の中で電気の明かりを絶やすまいと、必死になっている街もある。そんな不条理な世界を創りあげた、"空"の境目が、どこまでも、どこまでも伸びている。


 俺たちはそんな壮大な光景に暫く心を奪われていた。


「……先輩、"昼"と"夜"の境目が、こんなに美しいと思ったのは、これが初めてです」


「……そうか」


「ルナ……」


 ルナのそう呟く横顔は、感嘆だけではなく、どこか悔しさも滲ませていた。あの"空"がルナの弟を消したかもしれないのに、その空を美しいと感じてしまっている。ルナのその葛藤は計り知れないものだ。


 俺は何も言えないまま、空を見上げるしかなかった。アオも心配そうにルナの様子を伺っている。


「先輩お腹空きました早く食べましょう」


 感傷的になっている俺たちを放っておいて、シオンは柵の近くに置かれたベンチでそそくさと定食の入った弁当の蓋を開けている。流石は花より団子のシオン様だ。


「……ふふ、あはは!師匠、食い意地が張りすぎですよ!」


 そんなシオンの姿を見てルナは腹を抱えて笑っている。俺はルナが元気になって一安心しながら、シオンの横に座った。


 ベンチは境目の下にあったので、全員座ったらルナだけ夜側の所になってしまった。


「ちょっと!なんで私だけこんな暗いんですか!」


「ふふ、ルナ、顔見えないよ?」


「アオちゃん笑わないでよ!先輩!まだそこ詰めれますよね!?」


 そう言ってルナは強引に昼側の方に入ってきたので、俺たちはぎゅうぎゅうの状態で食べることになった。


(やばいよ!俺こんなに女子に近づかれたことないんだけど!?)


 隣にいるシオンの髪の毛が俺の肩に乗っていてほのかに良い香りがする。ドギマギする俺の心中を察することなくシオンはフレンチの料理をパクパク口に運んでいる。


 俺も気を紛らすためにフレンチの弁当を開ける。弁当の中身は若鶏のローストを主菜としたローゼン風な料理になっていた。ひと口食べると若鶏がホロホロと口の中で溶けていく。


(フレンチのやつ、腕を上げたな)


 アオとルナも満足そうに弁当を食べている。


 にしても、こうやってまたここでご飯を食べていると、やっぱりどうしても昔のことを思い出してしまう。あの頃もよく昼側か夜側かでベンチの取り合いをしたものだ。


 ふと左を向くと、夜側のベンチに、"あいつら"が昔のようにじゃれ合っている姿が見えた気がした。


(……ええい!なに感傷的になっているんだ俺は!)


 自分を誤魔化すために、俺は弁当を勢いよく掻き込んだ。



 ▲▽▲▽▲



「そう言えば、どうやって戻るんですか?扉はもう消えてしまってますし」


 みんなが食べ終えた頃、ルナが不思議そうに質問する。


「もう一度"合言葉"を言えばいいんだ」


 俺はそう言って、扉が現れても問題なさそうな場所を探す。丁度良い場所があったのでそこに手をかざして合言葉を言う。



「"あの日、あの場所で"」



 そう言うと、その場所に突如として扉が現れた。


「それじゃあお前ら、頑張ってこいよ」


「はい!」


「はい」


 試合が控えているルナとアオは扉をぬけると小走りで訓練場へと向かっていった。


 俺も扉をぬけようとした瞬間、背後に異様な気配を感じた。


「———!」


「……?なんですか先輩、はやく進んでください」 


 だがそこにいたのはキョトンとした顔のシオンだけだった。


「……いや、なんでも無い」


(なんだったんだ……?)


 俺は不思議に思いつつも、シオンに背中を押されながら扉をくぐり抜ける。振り返ると、そこには『立ち入り禁止』と書かれた扉があるだけだった。



 "あの日、あの場所で、私たちは再会する"



「……?シオン、何か言ったか?」


「いえ、何も」


 ベンチでの幻視に、扉に入る直前の異様な気配、さらにはシオンの幻聴まで聞こえてしまっている。


(俺、最近疲れてるのかな……今度どこか旅行にでも行くか)


 そんなことを考えながら、誰もいない校舎の廊下を、シオンと共に歩き始めた。



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