第43節 静かな砂漠
「……だそうだが、ルナ、どうする?」
「もちろん師匠の実況を聴きます!」
「俺もだ」
俺はそう言いながらポケットから携帯を取り出してアポカリプスチャンネルを開く。コメント欄には滝のように呟きが流れてきている。全体的にみるとやはりシオンの実況を聴きたいという生徒が多数を占めているようだ。
「アゼン先輩、ここに打ち込めばいいんですか?」
「そのはずだ」
俺たちはコメント欄に同じタイミングで『シオンの実況』と呟いた。次の瞬間、慌ただしい放送室の音が耳に響く。
《ひーーー!!キリがないよーーー!!》
《だから無茶だって言ったじゃないですか》
《そうは言ってもさ、公平に正確に、そして面白くが放送部のモットーだし……あ!皆さん!僕たちを選んでくれてありがとうございます!もう少しで仕分けが終わるので引き続きシオンさんの応援をよろしくお願いします!》
ガリエルの捲し立てるような放送が耳元で流れてルナは思わず頭を一瞬横に振った。
「うわ!びっくりした〜〜!先輩!耳に直接声が響いてますよ!」
「それがガリエルの"能力"だからな。あいつは聴かせたい音や声を個人単位で特定して耳に流すことができるんだ」
「へぇ〜〜すごいですね!それは幻素の力なんですか?」
「多分そうだと思うが、具体的な方法は『企業秘密!!』らしいぞ」
「あは、なんですかその声」
「……あいつの真似をしただけだ。……おい、そのお茶目ですねと言いたげな顔はやめろ。恥ずかしくなってくる」
「私はそんな顔してませんよー。それより師匠の試合を見ましょう!何か進展があるかもしれません!」
歳下であるはずのルナに舐められているような気がするが、まあ今に始まったことではないので気にしないことにする。
それよりも放送云々のせいでシオンの方を見れていなかったので、シオンが今どのような状況にあるのかイマイチ把握しきれない。
俺は砂嵐が舞う台の何処にシオンがいるかを目を凝らして探す。試合が終わっていない以上、シオンがまだ戦える状態にあることは確かだが、透明な壁越しでも聞こえてくる砂嵐の吹き荒れる音は、その渦中にいるあらゆる生命の鼓動をかき消すようだった。
やがて砂嵐は徐々に消えていき、台の中が見えるようになってきた。観客はシオンがどこにいるのかを探しているが、その中でシオンが吹き飛ばされていないか心配している者はいないだろう。皆シオンがどうやってあの砂嵐を耐え切ったのかだけに期待している。俺はそんな奴らとは違うと思いつつ、シオンがやられているとは微塵も考えていなかった。
《砂嵐がようやく消え去りました!シオンさんは果たして無事なのでしょうか!?まだ砂が舞っていてしっかりと確認はできません!……あ!あれは!》
放送室の方もひと段落ついたようだ。ガリエルが再び放送を始めている。それに、どうやら何かを見つけたらしい。
《皆さん!先程までシオンさんがいた場所に、木の根でできた球体が出現しております!》
《恐らく、シオンさんはあの中にいますね。砂嵐の勢いは相当なものだったはずですが、それを防ぎきるなんて、流石期待の新星ですね》
《そうですね!……おや?砂嵐が消え去ったのにまだ球体には何の変化もありません。シオンさんは出る気がないのでしょうか?守りを固めているだけではサンドームには勝てませんよ!》
「確かに、実況の言うとおりこのままじゃまた攻撃されるだけです!どうして師匠は外に出ないんですか?」
「俺に聞かれても困る。だけどまぁ、シオンなら何か考えがあるだろ」
「先輩は楽観的すぎますよ!もしかしたら師匠の身に何か起きているかもしれないじゃないですか!」
「……シオンのことをそんなに心配しているんだな」
「当たり前です!師匠は師匠でもあり、友達でもあるんです!友達のことを心配するのは当然です!」
ルナは真面目な顔で俺に言い放った。
(……俺はまた、同じ過ちを繰り返すところだった)
「……どうしたんですか先輩、黙りこくっちゃって」
「いや、ルナは俺より歳下なのにしっかりしてるなと思っただけだ」
「なんですかいきなり……褒めても何も出てきませんよ?」
ルナは不思議そうに首を傾げる。俺はそんなルナを横目に依然として動きがない台を見つめる。
あの巨大な蛇がいるとは思えないほど砂漠は静寂に包まれていた。それなのにシオンは木の根で覆われた球体から出てこようとしない。周りの観客も不思議に思っているのか、口々に『なにやってるの?』『どうして出てこないの?』と疑問の言葉を呟いている。
———ザザザ
どうやらサンドームが痺れを切らしたようだ。平坦な砂漠に山を作り上げるようにサンドームがシオンに向かって移動していく。それでもシオンが出てくることはない。砂の山が球体の少し前で途切れた。
———ドドドド
《……?皆さん、耳を澄ましてください!何か音が聞こえてきます!》
耳の良いガリエルが何かを聞き取ったようだ。シオンの台を観戦する観客は皆、その音を聞こうと耳を傾ける。
———ドドドドドドド
だんだんと、だんだんと、聞き覚えのある音が聞こえてくる。すると球体の下の砂が微かに動いた。
———ドン!
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで、サンドームが砂ごと球体を丸呑みにした。




